MIN-003「特別な、力」
「ユキ、ユキ!」
「はっ!? 寝てないですよっ……あれ?」
慌てて飛び起きて、周囲を見て……思い出す。
自分が地球じゃない世界にいて、親切な人たちに助けられたこと。
居候のような形で、働き始めたこと。
「おはよう、ございます?」
「ふふふ。まだ寝ぼけてるのかしら? よく眠れたみたいね」
ぼんやりした頭が、妊婦であるベリーナさんに迷惑をかけたということを導き出す。
謝りながら、着替えようとしたらそっと手が添えられた。
「女の子はバタバタしないものよ? 慣れない服だろうし、ゆっくり着替えなさい」
「ベリーナさんっ」
あまりの優しさに、泣きそうになる。
きっと、起きてこない私を心配してくれたのだ。
「古着でごめんなさいね?」
「いえっ、素敵だと思います」
本心からそういって、袖を通すのはベリーナさんのお古。
自分の若い頃のだけどと言われ、私服をいくつかいただいたのだ。
これも、手縫いだと感じさせるとてもアンティークな感じがする。
「なんだか、家族になれたみたいで、嬉しいです」
「そう言ってもらえると助かるわ。あら、ナイフを枕元において寝たの?」
「あ、そうなんですよ。きれいだなあって……あっ、今もいる」
鞘から出したままのナイフが、枕元で陽光に光っていた。
そのそばに、やっぱりオレンジ色の狼、もといワンコ。
毛並みは戻ってきているようで、元気もある。
私が手を差し出すと、指先にじゃれついてきた。
くすぐったさと、もふもふ具合が心地よくて指先で撫でてやる。
「これ、魔法のナイフだったんですね。このワンちゃんが精霊なんですか?……ベリーナさん?」
「ユキ……貴女、こちらに落ちる時に祝福されたのね」
祝福? 何のことだろうか?
ベリーナさんの表情を見る限り、悪い事ではなさそうだ。
でも、単純な話でもなさそう。
状況的に、このワンコが精霊という物なのは間違いない。
けれど、誰でも見えるという訳じゃない?
「ベリーナさんには、見えない?」
「ええ、そうよ。何かいるっていうのは感じるけれど、これも長年の経験でようやく、ね」
手のひらの上で、ワンコがごろごろしている。
大きさが少し小さくなったけど、これはどう見ても手のひらで遊びたいからだ。
開いている方の手でナイフを掴み、置いたままの鞘に入れていく。
すると、ワンコも消えた。
「あ、あれ?」
「このナイフ、鞘とセットだからかしらね。赤熱のナイフ、本当は石を焼き切るぐらい、すごいナイフだったのよ。力が失われて、ただのナイフになった……はずなのだけど」
こっちに持ってらっしゃいと誘われて、大人しくついていく。
向かう先は、お店の方。
今日は、アルトさんがお店にいる日のようだ。
仕入れたらしいものを、どこに置こうかと悩んでいる様子。
「アルト、ちょっといいかしら」
「どうした、ベリーナ。おお、おはようユキ」
アルトさんは今日もイケおじである。
外に出かけないからか、ややゆったりした服装だけど腕の筋肉なんかが良く見るとすごい。
これで利き腕を怪我してるというのだから、何とも言えない。
「これ、見てちょうだい」
「ん? ああ、使い切った赤熱のナイフじゃないか。これがどうし……どういうことだ。かなりの力を感じる」
ベリーナさんに促され、手渡したナイフ。
それを受け取ったアルトさんが、急に真顔になる。
しげしげとナイフを見つめ、ベリーナさんを見て、そして私を。
「ユキは、精霊が見えるみたい。それだけじゃなさそうなのだけど、ね」
「見える人はたまにいるが……ユキ、話を聞かせてくれるか? 出来れば、精霊と出会った時から」
頷いて、お店でつかんだときに違和感があったこと、部屋で寝るときに弱った精霊と遊んだことを話す。
2人は、私が寝てしまった時の話を聞くと、表情を変えた。
「まさか、精霊の力は使い切り、減ったらそのままだ。だから皆、買い替えるし、大事に使う」
「ねえ、アルト」
ナイフと私を、交互に見ながらアルトさんの声色が段々熱を帯びてきた。
少し怖くなった私を感じたのか、ベリーナさんのささやきが私とアルトさんの間を通り過ぎる。
それだけで、はっとなったようにアルトさんの表情が優しい物に戻ったのがわかる。
「そうだ、な。気が早い話だ。ユキ、その力は、すごく大事なものになる。むやみに使わず、大事にしなさい」
「よくわかりませんけど、わかりました」
どうやら、私のしたことはだいぶ大事になるっぽい。
なんとなく、騒動になるだろうなというのはわかる。
魔法の道具が、使い捨てのようなものなのは、既に知っている。
それが、復活したとなれば……。
「このナイフは、ユキが持ってなさい」
「ふふふ。さっそくパン切りに使ってみましょ。全然違うわよ」
「楽しみです!」
秘密を解明して、商売にしようとは、2人とも言わなかった。
よくわかってない私ですら、思いついたのだから2人がわからないはずがないのだ。
でも、それを言い出さない。
2人の優しさを感じ、私は出来ることならこの力も含めて、恩返しをしたいなと思うのだった。




