MIN-037「網編みあみ?」
「遊んじゃ駄目だよ。おもちゃじゃないから」
口では注意するけれど、精霊……ランタンから出て来た灰色毛並みの猫ちゃんは止まらない。
ため息1つ、余ってる切れ端を揺らしてやれば、猫ちゃんは飛びついてきた。
そのまま手を放してやれば、勝手に自分だけで遊び始めた猫の精霊。
動物と変わらないなあと思いつつ、仕上げに取り掛かる。
「思ったより早くできるのね」
「一応、あっちでも作ってたので」
一緒に店番のベリーナさんの見つめる先には、半分ほどできあがった編み籠。
後はひたすら、組んでいくだけだ。
仕入れた材料、竹みたいな植物を切った物で、編み籠を作っているのだった。
クラフトバンドとか呼ぶ奴で、これが意外と丈夫なのだ。
「そうだ。暖かくなったら、ユキも他のことをしてみる?」
「他のこと、ですか?」
今でも、不定期の料理教室とか、結構好きにやらせてもらっている。
個人的には、こうして毎日雑貨に囲まれ、もふもふと接しながらのお店は天国だ。
ああ……窯元みたいなところにいって、焼き物を見学するのはいいかもなあ。
「そうですねえ。焼き物、こういうのを作ってるところには興味あります」
「女の子にはきついところよ? 煤で汚れるし」
やっぱり、やり方そのものは地球のそれと大きくは違わないようだった。
見学は良いと思うけど、手伝うのはやめておいた方がいいと言われてしまう。
実際、素人が手を出せる物じゃないだろうし、精々魔法の道具で補助するぐらいだろう。
「こういう苦労があって、どうにか出来るといいなってのが解決したら、素敵ですよね」
「それはそうね。売れない道具も、案外そういう場所で役立つかもしれないわね」
そんな会話のところに、お客さん。
ベリーナさんも、産後の調子はいいようで最近では体を少し絞らないとと動いている。
地球の感覚でいうと、もっとゆっくりしていていいと思うのだけど……。
(異世界の薬、恐るべし。まさにファンタジー)
水薬、ポーション。怪我を治し、命を救う薬。
そう呼べるものにより、ベリーナさんは産後のピンチを乗り越えている。
ちょっとした贅沢であり、前から準備をしていたからともいえるのかな。
息子であるウィルくんは、温かい暖炉の部屋でお休み中だ。
「ありがとうございましたっ」
ロープや、背負い籠を買っていった若者を見送る。
雪解けも進み、気の早い外からの冒険者がやってきているようだった。
ルーナも、時々謁見みたいなことをしているとこの前、聞いたんだよね。
なぜ彼女が、と言えば最近は……。
「ユリウス様、外出が多いんですかね?」
「詳しいことはウチの人も聞いていないけど……真冬よりは、出歩いてるようね」
偉い人には、偉い人のやることがあるからそうなるのかな?
そのうちのいくらかは、私が関係していそうだ。
魔法の道具を、治してしまう不思議な力。
ゲームのように言えば、使用回数がMAXまで復活するのだ。
そりゃあ、下手に話題になれば厄介事が舞い込んでくるに違いない。
「私も外では、力の使い方に気を付けないとですね」
「ええ、そうね。使うなとは言わないわ。大事な力ですもの」
下手に使えば、変な宗教だって作れそう。
自分が一番、その怖さはわかっているのだ。
「そもそも、魔法の道具ってどうして遺跡から出てくるんでしょうね」
「どうだったかしら……理由はわからないのよね。確か、魔力の強い場所だと出てきやすいと聞くわ」
ベリーナさんの話を聞きながら、勝手に推測していく。
強い魔力に当たってると、力を持つのかな?
磁石にくっついてる鉄が弱い磁石になるように……あれ、そうなると?
ふと、手元の編み籠を見る。
例えばそう、これに魔力を流したら?
「おおっと……」
最初は変化がなかった。
やっぱりそんな簡単な話はないかと思った時だ。
それは籠の完成の瞬間。
何か力が抜けたと思ったら、ほのかに籠が光り……半透明のリスが出てきたのだ。
「キミ、どこの子?」
最初、近くにある魔法の道具から遊びに来ていたのかと思った。
でも、それが違うと感じてしまったのだ。
この子……籠から出て来た!
「ベリーナさん、どうしよう……私、精霊を産んじゃった……」
「……? えっと……どういう……なるほど」
混乱した声をあげる私だけど、どこか落ち着いた様子のベリーナさんの姿を見て腰を下ろす。
そうだ、慌てたって何かが変わるわけじゃない。
「体調はどう? ふらついたりしない?」
「言われてみれば、さっきも立ってられなくて座ったような……」
そう、混乱から落ち着くために座ったんじゃなく、力が抜けたのだ。
だんだんと、体全体がだるくなる。
それを実感したら、もうだめだ。
丸一日働いた後みたいな脱力感に、全身が襲われた。
「ユキ、しっかり。暖炉前のソファに寝てると良いわ」
「すいません……」
結局、そのまま私はソファに沈み込んだまま半分意識を飛ばしていた。
最初に魔法の道具を治した時にも似た、不思議な疲れだった。
「無事か、ユキ」
「アルトさん……ご迷惑おかけします」
気が付けば、目の前にはアルトさん。
早く帰ってきたのか、私がそれだけ弱っているのか。
たぶん、両方かな?
「まずは、意識的にその力を封印しよう。正確には、使うのに手順を決めようということだが」
「手順? はい、やり方を教えてください」
だいぶすっきりしてきたから、話ぐらいは出来そうだ。
教わるままに、自分自身に言い聞かせる。
力を注ぐときには、呪文を使う。
そうじゃないときは、力が発動しない、そういう思い込みだ。
「明日から、しっかり特訓しよう」
「わかりました」
春が目の前、けれど私の心は曇り模様なのだった。




