MIN-033「取り戻した日常」
第一章完、というところで、もう少し続きます。
「鱗の1枚でも、なんとか剥ぎ取っておきゃよかったなあ!」
「ばーか。お前じゃ踏みつぶされて終わりだよ」
怪物たちの襲撃からしばらく。
すっかり、春の気配がこの土地にやってきている。
復興の始まった町、その酒場では同じような話があちこちでされていた。
修復依頼を受け、それを届けに来た私の耳にも、こうやって入ってくるぐらいだからね。
「杖が2本に、靴が1つですね」
「本当に治ったか、使ってみるまでわからんのがお互いに悩ましいな、嬢ちゃん」
嬢ちゃんはやめてくださいよ、とつぶやきつつも頷くしかない。
アルトさんや、ルーナみたいな力の持ち主ならともかく、普通の人は魔法の道具を鑑定できないのだ。
結果、アルトさんが保証するなら……という威を借りた狐状態。
回数をこなして、徐々に私自身の信頼を積み重ねて来てはいると思うけど、悩ましい。
「あはは。さすがに攻撃用は……ちょっと」
足が速くなるとか、癒しの魔法が再現できるみたいなのなら別だけどね。
町中で、火の球を打ち出すわけにもいかないから、しょうがない。
「そりゃそうだな。お代はこっちだ。確認してくれ」
「はい、確かに」
重さは、あまりない。
でも、中身の硬貨を、その色を見たら目の色が変わる人はいると思う。
魔法の道具を治す、それには少なくないお金がかかるということになっているからだ。
「そろそろ領主様に預けたほうがいいのかな……」
つぶやきが、風に溶ける。
少々、一般人がため込むには怖い金額になってきたように思う。
アルトさんのネームバリューや、小さい町だから手を出せばどうなるかは誰もが知っている。
でも、馬鹿をやる時は馬鹿をやるのが人間なのだ。
それに、ベリーナさんやウィルくんが巻き込まれてしまうことは、回避したい。
「ぱーっと、使っちゃおうかな。こう、研究開発に」
口にして、それが良いかなと思うのだった。
どうせ、どうせだ……地球に帰れるとしても、こっちのお金は地金以上の価値はない。
売りさばくのが大変なのを考えれば、帰るのにため込む理由も、無い。
「後は、恩返しだよねー」
帰り道、パン屋さんに寄る。
いつも毎朝、保存食になるパンを届けてくれるお得意様だ。
今は、別の意味でも良く顔を合わせる。
「お邪魔しまーす」
「おお、ユキちゃん」
出会った時より、少しやせたけど元気いっぱいなパン屋の店主。
店内に並んでいるパンも、まだ朝だというのに結構売れているように見える。
「順調みたいですね」
「おかげさんでな。菓子パンって言ったか? あの案は、大当たりだよ。干し肉だとかが、パンの水気を吸っていい感じになる……面白い」
そう、小麦を使った白パンは大量生産が難しい土地柄。
どうにかしようと思った私は、パン屋さんに作成を依頼したのだ。
表向きは、片手で食事ができるといいよね、という形で。
近場の冒険にも、荷物が減るとかで結構好評らしい。
「試食は手伝いますよ。あ、これとこれください」
「はいよ。ぜひ頼むよ」
おやつ代わりに、いくつか買い込んでまた歩き出す。
道には雪は残っていない。建物の影とかには、さすがにまだ残っているけども。
少し風が吹き、帽子を押さえると、湖が視界に入った。
くじらさんのいない、湖。
あの日、ドラゴンを巻き込んで飛んでいったくじらの精霊は、そのまま戻ってこなかった。
(冬の終わりの使者……かな?)
案外、季節が変わる時に自然とやってきてはいなくなる奴だったのかもしれない。
くじらの精霊がいることで、湖周辺に魔力が満たされたらしく、豊漁らしいことは聞こえてくる。
来年も、来るといいなと思ったりもする。
「でも、私がいるかどうかは……」
戻りたい……その気持ちはまだある。
でも、この世界でも居場所があるんだなとも感じる。
「どっちも、大事だよね」
外国で暮らすのも、異世界で暮らすのもそう変わらない!
……変わらない、よね?
誰に言ってるんだが、自分でもわからない言い訳を心でつぶやく。
そう簡単には戻れない、それはどこにいても一緒なのだ。
「戻りました!」
「お帰りなさい、ユキ」
「だー!」
ベリーナさんの腕の中で、元気よく声を上げるウィルくんの姿に、微笑む。
少なくとも、この笑顔が守れるような自分でいたい、そう思うのだ。
「帰ったか、ユキ。見てほしい道具があるんだが」
「はい! 魔法の道具、治しますよ!」
今は、今を精一杯生きる。
それはきっと、悪い事じゃないし、つまらない事じゃない。
だから、全力で生きよう。
戻るか戻らないか、選ぶ日に後悔しないように!