MIN-032「やるならば最後まで・後」
「門は閉めろ! 女子供は、集まって避難だ!」
似たような叫びが、町のあちこちから聞こえる。
街道に現れた怪物たち。
それらが、目指しているのはここだ。
「ベリーナさん!」
「ユキ! 貴女も一緒に……」
本心から言ってくれたであろう言葉に、首を振る。
送り出してくれた時とは、状況は違う。
確かな脅威が、すぐそばにあるのだ。
私自身は、戦う術を多く持たないけれど、やれることはある。
「ウィルくんに、未来をプレゼントです」
「……ありがとう」
知り合いのおばさんにベリーナさん達を託し、私は先行したアルトさんたちの元に向かう。
怪物たちは、一方からまとめてきているらしい。
魔法の道具を治すよと宣言した以上、あまり離れた場所にいるのもわかりにくい。
そんなことを考えていると、顔なじみの兵士2人に手招きされた。
そこは、町の門からすぐの場所にある見張り所だった。
「ここなら、建物も丈夫だから、使えるはずだ」
そう告げて、兵士2人も、前線へ。
私にできることは、建物の前に立って、戻ってくる人を迎えることだけだ。
怪物との戦いが始まってしばらく。
数名が駆け戻ってくる。
「そっちは矢を補充に! お嬢ちゃん、本当に治せるのか?」
「やってみます!」
手渡されたのは、短剣。
赤熱のナイフとは違う、少し細長いタイプだ。
「効果は「火の矢を出す奴ですね」お、おう」
幸い、力が減ってるだけみたいなので指先に魔力を意識する。
体の中を回るように巡った力が、指先から、注がれた。
刀身に絡むようにしていた赤い蛇が、チロリと私の手を舐める。
「これで、どうでしょう」
「すごいな、確かに見つけた時のような力を感じる」
お代は後でまとめて、と冗談めいて告げて、一休み。
たくさんきたら、うまく調整しないとだ。
ふと、湖の方角を見る。
(くじらさん、元気かな)
感情が嵐となる、巨大なくじらの精霊。
治療をした後は、何か気に入ったのか湖に住み着いている。
凍り付くようなことはなく、もうすぐ春ということでいなくなるだろうとの予測だ。
「そういえば、あの時……」
くじらを治す時、力が不思議な動き方をしていたのを思い出す。
吸い取るようにして、私の力を持って行った感覚。
その時、私以外の……周囲からも持って行っていたような?
「ユキ!」
「アルトさん」
次に戻ってきたのは、他でもないアルトさんだった。
何本かの長剣を背負い、まるでハリネズミだ。
「頼めるか?」
「わかりました!」
渡すのももどかしいと、地面に突き刺さった剣3本。
驚くことに、どれも同じ精霊が宿っていて効果も同じ。
風をかまいたちのように飛ばす、物騒な剣だ。
まずは1本、と思い手を伸ばし……考えた。
まとめて面倒見てしまおう、と。
「すうううううぅぅぅ」
大きく息を吸い、集中する。
あちこちにある力を、招くようにして捕まえる。
そして、自分の中を通して……一気に!
「できたっ」
今までは、小さいホースで注いでいたような力が、一気に動いた。
3本とも、元気になったのが見える。
凛々しい顔をした、もふもふした毛並みの狼たち。
満足した気持ちを胸に、アルトさんに頷いた。
「よしっ」
剣を手に、駆け出すアルトさんを見送り、次に備えた。
元々、遺跡やダンジョンから魔法の道具が結構出てくる世の中。
使い捨てだからこそ、みんな使うのを遠慮していたわけで。
全部じゃなくても、治せるとなれば……大盤振る舞いだ。
話を聞く限り、これまでに経験したことがない怪物の量だけど、討伐も順調だそう。
「終わったら、報酬は期待しておいて構わない」
「ほどほどで、いいですよ」
話を聞きつけたのか、護衛の兵士と一緒にやってきたユリウス様にそう答え、道具に集中する。
折れた杖、これは木材がいる……まあ、材料はたくさんあるのだけど。
周囲には、武器を交換した人たちの捨てた形になるものが積みあがっている。
そこから少し拝借し、治すのだ。
「ご武運を」
「ああ、もちろん」
そして、領主様が自ら戦いに赴いていく。
時間にして、数時間。
長いような、短いような時間は私にとっては何日にも感じられた。
このまま、うまく行けば……きっと誰もがそう思っていたと思う。
持ち込まれた道具を治していた私も、それを感じた。
「何か……」
道具を手に、外に出る。
怪物たちが来ていた方向に、何かがいる。
そう感じ、それは見えた。
遺跡から出てきたというには、大きすぎる相手。
ファンタジーの王道……ドラゴンだ。
地面を走る感じの、四つ脚。
ここからでも、その大きさはわかるし、激闘ってやつだ。
「避難の準備を!」
誰かが叫ぶ。
だけど、どこへ?
「誰か……助けてっ」
両手を握りしめ、そう叫んでしまった。
何も起きない、はずだった。
上空を、何かが通る。
「え……?」
それは、誰でも見えるわけじゃなかった。
私と、他に魔法使いたちが上を向いた。
そこにいたのは、空を飛ぶくじら!
甲高い鳴き声が聞こえ、力が集まってきた。
ドラゴンも、それを感じたのか、上空に吠えた。
前線にいただろうアルトさんたちも、気が付いたようで間合いを取る。
そして……くじらが鳴き、吹雪が竜巻となってドラゴンに襲い掛かった。
空飛ぶくじらも、徐々にドラゴンに近づき……空に舞い上がる。
「ありがとう……またね!」
くじらがやろうとしていることを感じ取った私は、そう声をあげていた。
聞こえたかはわからないけど、くじらの鳴き声が響き、そのままどこかにくじらとドラゴンは飛んでいった。
凍えたか、窒息したか、それはわからないけどドラゴンからの力は、感じられなくなっていた。
突然の襲撃は、不思議なことが起こって……静かな時間が戻ってきたのだった。