MIN-031「やるならば最後まで・前」
春の足音が、聞こえるようになった。
朝の寒さは少し和らいで、雪の隙間からは草花の芽吹きが。
「だからと言って、風邪を引いちゃいけないもんね」
地球の……お母さんが聞いたら、立派になってとか言ってくれるだろうか?
それとも、お湯を使うなんてと怒るだろうか?
赤熱のナイフ、ローズの力を借りて洗濯桶の水は湯気を立てている。
町で共同利用している井戸の1つのそばで、私以外のおばさまたちも洗濯中だ。
「ユキちゃんがいる時は、楽でいいわあ」
「本当ね。この時期、あかぎれが痛いもの」
もちろん、恩恵は自分で一人占め、なんてことはしない。
みんなの桶にもナイフを突っ込み、力を解放だ。
汚れも、冷たいよりは温いお湯ぐらいのほうが落ちやすいからこれでいい。
それに、井戸端会議は基本的には有用なのだ。
「最近、羽振りの良い冒険者が増えたかねえ?」
「みたいだね。お酒の注文も、多めのようだし」
酔っ払いのもめごとは嫌だけど、町が潤っているのはいいことだ。
うわさ話や、おばさまたちの話をまとめていくと、町のことがよくわかる。
洗濯も終わりというところで、気になる話を聞けた。
─遺跡が1つ潰された、と。
「らしいな。そっちには言っていなかったし、この町から距離があるらしい」
お店に戻り、今日の見回りを終えたアルトさんに聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
少なくとも、自分が最近いったことがない場所だということだ。
「大丈夫なのかしら? 遺跡……ダンジョンは潰さないのが基本なのでしょう?」
「ああ。潰せば、それで枯れる。次があればいいが、無いまま平和な土地に戻ることも多い」
「良い事なんじゃない……ですか?」
そこまで言って、気が付いた。
自分が今いるのは、雑貨屋プレケース。
でも、ただ雑貨を売っているわけじゃない。
冒険者なんかの、荒事をする人たち向けの物も多く売っているのだ。
どちらかと言えば、最近はそちらに傾いている。
売り上げで言えば、確実だろう。
「そうか……平和になるんだ」
「その通り。冒険者どもは他の遺跡を求めて去っていくだろう。遺跡やダンジョンは危険もあるが、それだけ可能性もある。それこそ、魔法の道具も出てくるわけだからな」
「それにね、1つ心配事があるの」
ウィルくんを寝かしつけながらの会話。
それにしては、やや重い内容なのだろうか?
ベリーナさんの表情は暗く、アルトさんも真顔。
「時々、稀にというぐらいだけど、一時的に蓋を閉じただけの場合がある。そうなると、見た目は枯れた遺跡だけど、そのうちに溜まった力が、あふれるように怪物があふれてくる」
「私は見たことないけれど、一番奥には核となる物があるらしくて、それが半端に砕かれると起きるそうよ」
事が起きるまで、それがわからないのが怖い、のだそうだ。
2人から話を聞いた私は、何事もなければいいですけどと言いながら、1つの提案をした。
それは、その氾濫に備えること。
腐る物じゃないし、と2人は快諾してくれた。
それとなく、ルーナやユリウス様にも話が伝わるように、そばに駐在している兵士さんにも伝える。
「平和が、いいんだけどな」
そんなつぶやきが、冬と春の境目の空に、溶けた。
私たちが準備をし始めてから2週間は、平和だった。
見回りを増やし、矢等の備蓄を増やし、何か変なことがあればすぐ報告するなんて依頼も増えつつ。
このまま春が……どこかでそう思っていた。
「パルナ様が、まだ次の町にたどり着いていないらしいのよ。連絡が来ないの」
「そういう道具が、あるんだ?」
新しい料理のレシピを教えに、領主の館というか砦に来ていた私。
付き添いのルーナから、そんな話を聞いた。
雪解けだし、道が悪いのかな?
そう思っていたのだけど、向かっているという町の事を聞いて固まる。
遺跡が潰されたという町と、同じ方向。
ルーナも同じ考えのようで、心配した様子だ。
と、そんなとき。
「今の……」
遠くで、地面が揺れるような感覚があった。
実際には地震なんて起きていない。
でも、感じた。
「こちらは任せて。ユキは行きなさい」
頷いて、全力でプレケースへと駆け戻る。
「アルトさん!」
「ユキ! どうも、嫌な予感がする」
外に出ていたアルトさんと合流。
そのままウィルくんとベリーナさんをお店に残し、2人で町に出る。
何人かの人は、同じのを感じたようで外に出てきていた。
その日は、何も起きなかった。
でも数日後、街道に異物が見えてくる。
まだ残る雪をかき分けるように迫る、異形。
「ユキは下がっていろ!」
「はいっ!」
人間じゃない、怪物たち!
町を守る兵士、そして冒険者たちが集まり始めた。
何かの時に聞いたことがある。
怪物は、獣よりも人を襲うのだと。
だから、外にいる怪物は自然と集落を目指すらしい。
「魔法の道具は治します! だから、頑張って!」
自分に出来ることは、限られる。
だから精一杯、声をあげようと思った。
春を前に、寒さをはねのけるような事件の、始まりだった。