MIN-002「ふわふわもこもこ」
「じゃあ、行ってくる」
「アルト、いってらっしゃい」
「お気をつけて」
まだ朝も早い頃、私はベリーナさんと一緒にアルトさんをお見送り。
なんでも、お店の在庫はアルトさんが仕入れてるんだとか。
買取もやってるらしいけど、自分の目で見て見たい、と。
(そのおかげで私は……ああ、いや。あの時はどう見ても狩りな姿だったよね?)
買い出しに向かう姿には見えなかったし、何よりルーナも一緒だった。
口調とかは、今日のようなものが本当のアルトさんなんだろう。
となると……まあいいか。今の私は、雑貨屋プレケースの店員さんなのだ。
「基本は、埃落としとかの店内の掃除、そして店番ってことですね」
「ええ。テーブルごとに値段は違うわ。高額品は値札がついてるから参考にしてちょうだい」
歩いて説明しようとするベリーナさんを押しとどめ、椅子に座ってもらいながら指示を受ける。
その時の椅子や家具、店内の在庫を改めて見ると……うーん、どきどきする。
地球だったら、全部引き取りたいと思うようなものばかりだ。
(異国情緒、とは少し違うかな?)
「銅貨1000枚で、銀貨1枚。銀貨が1000枚で金貨1枚……金貨1000枚で白金貨……ってことはこのお皿1枚で……」
「ユキは計算が早いわね。楽できそうだわ」
「任せてくださいよ。一宿一飯の恩じゃすまなそうですし、こういうの好きなんですよね」
お店を開けるまでは、まだ時間がある。
今のうちに何があるか、出来るだけ見て回らないと。
店内にはお皿やコップ、籠や小物入れ、少ないながらも衣服やハンカチみたいなのまである。
そして、武器も。
「その辺は、おまけみたいなものよ。見た目の通りにしか使えない物ばかり。精霊が弱まってしまった物だけだもの」
「精霊、ですか?」
初めて聞く単語だ。
こう、なんとなく意味は分かるのだが。
その……魔法に関連している、と。
「ユキのいた場所には、魔法がなかったのよね? そうね……不思議なことを起こせる力、それが魔法。強い人だと、火を出したり、風を産んだり。怪物をそれで退治する人もいるのよ。そして、そんな魔法の力が込められた道具たちも、存在するの」
「魔法の、道具……すごそうです」
雑貨屋で売ってるってことは、地球で言えば家電になるんだろうか?
まさか、万全なら怪物をどうにかするようなものが、中古の見切り品のように売ってはいまい。
触ってもいいって言われたから、適当に鞘に入ったナイフを手にする。
パンを切るのに使えそうな、ちょうどいい大きさだ。
「……ん?」
ちらりと、ナイフの裏側に何か見えた気がした。
ひっくり返すけど、何もいない。
あれえ?と何度も表裏を見てしまう。
「刃物が気になるの?」
「え? ああ、そういうわけじゃ。作りが面白いなあと」
危ない危ない、刃物好きなんて思われたら今後の生活に支障が出るところだった。
咄嗟に口にしたのも嘘じゃあない。鞘も綺麗だし、ナイフの中央には何やら文字が刻まれている。
これはあれか、魔法の呪文みたいなものなんだろう。
それからも、しばらく在庫確認の雑談をしながら時間を過ごし、どこからか鶏のような声がした。
朝の活動時間の合図だと知らされ、お店の鍵を開ける。
さて、お客は来るんだろうか?
お話ばかりで過ごすのかな?
「そう、思ってた時が私にもありました……と」
「さすがに疲れたかしら?」
心配そうなベリーナさんに、慌てて首を振る。
疲れてはいない。ただ予想よりお客さんが多かっただけだ。
日本の接客業経験は、ここでも存分に威力を発揮した。
日常的に雑貨が売れるのかという疑問は、一気に吹き飛ばされた。
やって来たお客さんは、近所にいそうなおばさまたち……だけではない。
マッチョなお兄さんとか、線の細いイケメンも来たりした。
彼らの目的は、お店に入ってすぐに置かれている小物たちだったのだ。
その内訳は、携帯食料や虫よけになるらしいポプリみたいなものなど。
要は、冒険に必要なこまごまとしたものということ。
「冒険に行く人、結構いるんですね」
「そうね。ウチの人も、冒険者だったのよ?」
「だった? ってことは、引退されてるんですか……」
森で助けてくれた時には、そんなことを感じない格好良さというか、決まってたけどな。
喋りながら、売り上げであるお金を決まった枚数ごとに袋に詰めていく。
中の枚数の保証がない形だけど、今のところそういった詐欺は無いらしい。
(人がいいのか、平和なのか……うーん?)
「結構前に、大怪我をしてね。利き腕にあまり力が入らないようなの。だから、それが命取りになると現役は、ね。そこらの怪物や荒くれじゃ、相手にはならないようだけども」
「確かに、アルトさん強そうですもんね!」
話の流れから行くと、ベリーナさんはこういうお店の店員で、出会ったとかそういうのかな?
気になって話を振ったら、その通りと返ってきた。
なるほど、だから冒険者向けのあれこれが雑貨屋に混ざってるわけだ。
「ユキが行くことはないと思うけど、遺跡とかからは、色々と出てくるの。良い物だと、魔法の道具とかかしら? ほら、そっちの区画はそう言うのの買い取った販売品なのよ」
言われて視線を向ければ、雑貨屋の中でやや異彩……というか少しごたごたした箇所。
さすがに鎧とかはないけど、雑貨屋としてはどうなんだろうね?
「こういうの、武器屋さんとか鍛冶屋さんで扱うんじゃないんです?」
「うーん、あの人たちは、自分の物に責任がある感じかしらね。主に扱うのはギルドかしら」
ギルド、また知らないけど何かで聞いたことがある単語だ。
どうやら、私が思ってる以上にファンタジーな世界であるようだ。
逆に考えると、私が元の世界に帰る方法も、見つかるかもと思わせてくれる。
「もうすぐ日暮れね。アルトも帰ってくるだろうし、食事の準備をしましょうか」
「あ、じゃあ私も手伝います! 今日からはお客さんじゃなくて、一緒に暮らすわけですし……」
慌ててそう告げると、ベリーナさんは微笑んでくれた。
なぜか、売り物のはずのナイフも持ってくるように言われたけれども。
魔法の力がほぼ失われた、安売りのナイフ。
でも、ナイフとしては問題ないらしいから調理に使おうとのこと。
「かたーいパンを切ったり、ナイフに慣れておくと便利だから、ね」
「そういうことですか。わかりました!」
時計は無いらしい世界、厳密な営業時間はないそうでたまーに夜でもお客さんは来るらしい。
その時には、扉は開かずにまず声掛けを、と言われながらキッチンへ。
ちなみに、ナイフは特に何も起きなかった。
ベリーナさんと一緒に夕食を作っていると、アルトさんが帰宅。
前日のように、3人で夕食を食べ……与えられた部屋へ。
子供部屋のつもりだったらしく、まさに間借りだ。
私も、出来ればここを2人のお子さんが使い始める頃には帰還するか、自立はしたい。
「今日も色々あったなあ……」
お風呂がないのは、この先不安だけどお湯で体が拭けた。
昔の人が、香水とかをよく使ってた理由がすごくわかる。
お手伝いついでに、色々と自分のためにも作りたいところだ。
「まずは、日々の生活……よね?」
窓からの月明り。
なんとなく、貰った形になったナイフを鞘から抜いて、月明かりに照らす。
とてもきれいで、気持ちが落ち着いて……んん?
「なんだろう、この子」
ぐにょんというか、しみ出すようにナイフから何かが出て来た。
手のひらサイズで半透明の、マスコットみたいな犬。
顔つきとか、牙な感じからすると狼かな?
「元気ないね、お前」
なぜか、恐怖はなく、驚いて叫ぶこともしなかった。
不思議と、可哀想だな、と思ったのだ。
全身ぐったりで、毛並みもへたってる。
思わず、指先で撫でるようにしてやると、枕元で指にじゃれついてきた。
ふわふわで、もこもこで。
これで元気な状態なら、どれだけ気持ちいいか、楽しみなぐらいだ。
残念ながら、今は時々ゴワゴワした感じが伝わってくる。
「ふふふ。狼じゃなくて、ワンコだったかな?」
私も面白くなって、そのまま撫でたり、つついたりと構い倒す。
そうしてるうちに、なぜか指先をぺろぺろと舐められた。
「お腹空いたの? でも君みたいなのが食べられるものはないなあ」
ごめんね、と撫でてやると、代わりに狼は指先に吸いついた。
あれ?と思ってるとちゅーちゅーと何か吸われる感覚。
「なんだろう……すごく、眠い」
かじられてるわけじゃないし、まあいいか。
そんな風に思って、眠気に逆らわずにそのまま寝てしまうのだった。