MIN-027「精霊と魔物の違い・後」
「蛇の脱皮のようなものか?」
「かも、しれませんね」
「小さい頃の怪我が治らず、いっそのことそこをそぎ落とせれば、か。迷惑な話ね」
3人で木陰から見上げるくじら。
精霊とも、魔物とも感じるらしい大きな相手だ。
大きなビルを横にした感じ。
そんな相手が、少し浮きながら山に口をこすりつけているというか、齧っている。
「討伐は容易ではなさそうだ。対話ができるという可能性を信じるしかないな」
「放置したら、ウチまで埋もれてしまうもの」
今回のメンバーの中で、精霊を感じられる3人が、結果的に対応できるメンバーだ。
意を決して、木陰から出る。
相手からしたら、とても小さい存在のはずなのに……すぐに私たちをくじらが見た。
視線を感じたと思ったら、力ある圧迫感。
精霊が教えてくれた、魔力の会話だ!
「いきます!」
お腹に力を入れて、こちらも魔法にならないように魔力を高める。
地球にいたころは、使ったこともない力……。
それが今は、体中をめぐる何かとして認識できている。
腕をつかんでくれるルーナの助けを借りて、敵意がないことをなんとか魔力に乗せて放出。
吹雪未満の風の中を、それが伝わっていくのを感じた。
「風が、止まった……」
「はい、そうです。雪で埋もれてしまうから、どうにかできるなら助けたいんです」
周囲を警戒するアルトさんの声を聞きつつ、精霊たちが教えてくれた方法で会話のようなものを試みる。
一方的に伝え合うだけの、会話とは言いにくいものだけれども。
口にしてつぶやくことで、明確に魔力に乗せることができる……らしい?
と、そんな時だ。
「つっ! ルーナ、感じた?」
「ええ。口の中が、痛いって見えたわ」
思ったより話せるというか、言葉が通じるというのか。
だからと言って、簡単な話かという問題は残るわけで。
想像してみてほしい。
ビルのような大きさの生き物みたいな相手の、口の中を見てみよう!
誰が、喜んでいくというのか。
「でも、いかないとなあ……」
「最悪、ユキだけでも帰すつもりだ」
それはそれで、ベリーナさんが泣いちゃいますよ、と心でつぶやいてしまう私。
くじらに、なんとかするから口を開けてと感情を送る。
なんとか通じたようで、くじらはこちらを向いてその大きな口を開いた。
「さぶっ」
「まるで氷の王国ってところね」
くじらの口の中は、外よりかなり冷たいようだった。
周囲に、明らかに冷気が漂ってくる。
余り熱いのも嫌がると思い、ローズの力も最小限。
(後で、しっかりあっためてもらうからね)
頑張りたいローズを抑えつつ、ゆっくりと口元へ。
そうして近づくと、色の違う物が見えて来た。
「何か刺さってますね」
「剣……いや、槍か? ふむう……」
「昔、討伐されかかったってことじゃないかしら」
なるほど、と思う。
確かにこんなのが刺さったままでは、治る物も治らない。
それに、こすりつけていてはさらに食い込むだけだ。
「いい? 抜くから、ちょっと痛いかもしれないけど、すぐ済むから。閉じたらだめだよ?」
どこかのコントのように、駄目だよ?を連呼しながらゆっくりその現場に。
アルトさんはいざとなれば、すぐに私を抱えて飛べるようにしてるけど、間に合うのかな。
刺さっていたのは、槍。
見事な装飾で、それだけでもかなりの値打ち物に見える。
ルーナには無理そうだし、私……かな?
「ふっ!」
ぐっと力を入れ、槍を掴む。
予想に反して、それはゆっくりと、動き始める。
その度に、くじらとしては痛いのだろう。
痛みに思わず動くような気配が感じられた。
長引かせるのもどうかと思い、ひと声かけてから一気に抜き放った。
「閉じっ……ない。我慢してくれたか」
一瞬、明るさが減って口が閉じたかと思ったけど、ぎりぎりとどまってくれたみたい。
再び、開いた口の外から明るい陽射し。
ぽっかりと空いた、槍の刺さっていた場所。
「効くのかな……」
「抱えて帰るから心配はしないでいい」
「道具以外にも効くのか、楽しみね」
かわいそうだなと思った私は、同行者2人の許可をもらい、治すことを試みる。
近くに手を添えて、癒しを祈る。
ぐぐっと魔力が動いていく気配。
大きさに対して、私の魔力は不足していそうに思ったけど、案外ゆっくり……おおおお?
「ちょ、待って。そんなに持ってったらダメっ」
くじらからの吸い取りにも近いものは、かなり強引だった。
慌てて力を抑え、調節してもらう。
短時間でも、かなり効果はあったみたいで傷がかなりふさがっていた。
「こうしてみると、生き物よね」
「うん。だけど、うっすら向こう側が見えるから……普通じゃない」
「そろそろ出るとしようか」
濁りのある体の向こうに、景色が見えていることが、とても不思議だった。
しばらくそうしていたいけど、危ない物は危ない。
そのまま3人で外に出ると、ほっとした。
やっぱり何かの口の中というのは、妙な気分だよね。
そのまま、兵士達のいる場所まで戻り、振り返る。
くじらが、優しい瞳でこちらを見ているような気がする。
「調子はどうー?」
何気なく、問いかけたのがまずかった。
元気いっぱいの、くじらが歓喜に吠えた。
「ローズっ! お願いっ!!」
咄嗟の熱気バリア。
ルーナにアルトさん、そして兵士達も包んだバリアがなんとか吹雪を防ぎ……。
ぎりぎりで、耐えたようだけど私はそのまま魔力切れで気絶したのだった。