MIN-025「特別な雪」
「駄目です。おひとり様ひとつ、ですよ! 数がないんですから」
「他の奴に恨まれたくはないな……わかったよ」
とある日、領主なユリウス様に招かれての料理相談。
食事としてのレシピの他、プリンを教えることになった私。
後日、ルーナが押し掛けてきたこともあり、知る人ぞ知るものとなった。
鶏みたいに卵を産む家畜はちゃんといるみたいで、いつの間にかアルトさんが手配してくれたのだった。
「ありがとうございましたー。ぬう、良い事なのか悪い事なのか。雑貨屋の商談スペースがイートインになってる」
「イートインってのはわからないけど、ウィルが人見知りにならなくてよさそうなのはいいことよ」
確かに、普段雑貨屋に来ない人も来たりするし、雑談も増えた。
さすがに、籠とか普段使いの物はあまり売れないけど、消耗品の類はちょこちょこ売れる。
外は雪深く、まさに冬本番。
お酒の類が、飛ぶように売れていくのは微妙なところ。
「匂いとかに、誘われないと良いんですけどね。あ、気付け用のお酒、もうないですよ」
「あら、ほんと? やーねえ、寒さ対策に飲んでんじゃないでしょうね」
最近、これを買っていった人たちを考え……その線が捨てきれない。
気付け用のお酒は、用途が用途なので味は二の次だ。
いわゆる度数は高いから、酔ってしまうのだけど……そこかぁ!
「ありそうですね。というか、酒場は閉じてないですよね?」
冬の夜でも、にぎやかな場所はいくつかある。
そのうちの1つであるのが、酒場。
町の人と、冒険者さんたちが一緒になって騒ぐ場所だ。
「そのはずなんだけど……」
「ちょっと行ってきますね。何かあって、在庫が少ないのかもしれないですし」
酒場で持ち帰りの販売ぐらいはしていたはず。
なのにこっちのが売れるということは、予想外の出来事が?
ついでに、産後に良さそうな軽いものとかも買えれば買うとしよう。
そう告げて外に飛び出し……中に戻る。
「雪深いので、あれで飛んでいきます」
いつもは屋根の雪下ろしに使ってる、竹ぼうきもどき。
雪がある間だけ、と言い訳を自分にして、もう一度外へ。
ふわりと、浮き上がる。
「ええっと、酒場は……あれ?」
空に浮かび、偶然気が付いた。
町、そしてその外側までで、雪深さの違うラインがある。
特定の場所から先は、妙に雪が深い。
こっち側は、予想通りの雪深さ……なんだけど。
「風の都合かな……でもこんなにはっきり?」
つぶやきが白い煙となって消えていく。
私以外には、屋根の鳥以外いない高さをふわりふわり。
きょろきょろとしていると、元気に遊ぶ子供に歓声をあげられたりした。
「そうだ。酒場はっと……おおう」
空からだと、少々わかりにくくなっていた。
雪に埋もれた中に、酒場はあったのだ。
利用客と酒場の人が、出入りするからできただろう細い道。
それ以外の場所は、なんというか雪壁って感じ。
雪は綺麗な物で、排ガスなんかもないからそのまま食べられそう。
「あはっ、お腹壊すよ?」
竹ぼうきの天馬が、ひょこっと顔を出したら雪に突っ込み始めた。
草を食べるように、口を動かしている。
「雪捨て場がないのかな?」
ゆっくりとぎりぎり空いた場所に降りていく。
何人かは知り合いの冒険者さんだったので、挨拶をしながら酒場へ。
扉を開くと、暖炉の熱気と独特の空気が混ざった物が外に噴き出した。
慌てて閉めると、静かになる。
「いらっしゃい。ん? プレケースんとこの……」
「ユキです。外、大変そうですね」
そうなんだよなあと頭をかく酒場のマスター。
アルトさんほどじゃないけど、良い感じに老けてるおじ様である。
雑談として話題を振ると、雪かきが追いついてないし、外まで捨てに行くのも大変、とのこと。
確かに、地球で言う側溝みたいなのは整備されてないし、川があるわけじゃないから……。
「湖に捨てるぐらいですよね」
「ああ。そっちもあんまりやると、船が出せなくなるからな。というか、海からの吹雪がひどいんだ」
痛しかゆしってやつだろうか。
溶かすだけならまあ、出来なくはないのだけど。
吹雪……気になるような、たまたまなような。
「魔法使いの連中に頼もうにも、探索前に力尽きるわけにはいかんだろうからなあ」
「確かに、生命線ですもんね」
魔法、魔法か……。
あれ、待てよ……?
ふと思い立ち、タダでいいよと出されたホットワインに視線を落とす。
カウンターの上を走る天馬を、ぬいぐるみみたいに掴んで手元に。
不思議そうに見る天馬の前にカップを持っていくも、当然飲まない。
けど、敢えて魔力を籠めたら?
見事に、匂いを嗅いだ後に舐め始めた。
そうだ、精霊は普通の物を食べない!
だというのに、外の雪を天馬はかじっていた!
「これ……普通の雪じゃないかも」
「どういうことだ?」
今起きたことを、ざっくり説明するとマスターの顔色も変わってくる。
自然現象なら、待つか耐えるしかない。
けど、何かおかしいとなれば?
「手の空いてる奴……いや、雪に慣れてる地元の奴じゃないとだめか。ちっ、アルトのやつが現役なら」
「呼んだか?」
外からの冷たい風と共に、逆光を背景に従えたアルトさん。
その背中には、気絶した様子の男の人が背負われている。
「おお、女神のご加護をってやつだな! アルト、仕事がある」
「現役じゃないっていうのに……ユキ、こいつを適当に壁際に。で、何があった?」
こちらも話を聞くと、外でこけていたらしい。
怪我はないようなので連れて来たそうだ。
まだ何にもわかってないけれどもと前置きし、解説。
実際にほうきごと外に出て、天馬が食べてるのを見てもらうと……当たりだ。
「ユキ、君のことは俺が守る。よかったらついてきてくれないか?」
「私、ですか? 行きます!」
何人か集められる中、アルトさんに熱烈な勧誘を受けてしまう。
やれることがある、そのことが嬉しくて、即承諾。
でも、何ができるんだろうか?
アルトさんがあれこれをマスターに告げている間、そんなことを考える私だった。