MIN-022「魔法の道具はたくさんある」
異世界に渡った私が居候しているお店、雑貨屋プレケース。
元冒険者だというアルトさん、そして奥さんであるベリーナさん。
仲良しの2人が私を受け入れてくれ、そこに家族が1人増えた。
アルトさんたちの子供である、男の子だ。
「何を見てるんでしょうねえ」
「さあ……子供の内は、大人に見えないものが見えるっていうし……」
開店前、居住区側で朝早くから男の子は元気に泣いていた。
子育ては大変だって、知ってるつもりで知らなかったなあという感じ。
若い分、私もお手伝いをしようと、頑張るには頑張ってるのだけど、なかなかつらい。
「そういえば、名前は決まったんですか?」
「それが、まだなのよね。アルトったら、迷いっぱなしで」
意外なことに、名づけは難航しているらしい。
2人の事だから、事前に決めるぐらいしてると思ったのだけど。
「元気に育つのがいいですよね」
「ええ、そうね。いっそのこと、ユキにお願いしようかしら」
「私、ですか?」
名前というのは人の一生を左右する。
そんな大事なことを、私が決めていいんだろうか?
その後、アルトさんが起きてきたら同じことを言われた。
「名前……男の子の、名前」
ちょっと考えます、と告げて1人お店に。
今日からしばらくは、ベリーナさんはお店に出ない。
来客から病気を拾っちゃまずいからね。
「いけない、つい漢字で考えちゃうな」
名付けなんて、初めての事。
いろんな名前が、浮かんでは消える。
祝福されて、喜ばれてる男の子の名前……。
「希望、意志……うん、ウィル……どうかな」
忘れないうちにと、木板に書き出しておく。
羊皮紙はもったいないし、植物紙もまだ高い。
「やり過ぎると、はげ山になるもんね」
一応、和紙の類ならこの辺でも作れると思う。
でも、本格的にやるとあっという間にはげ山だ。
「売ってるってことは、どこかで作ってると思うんだよねえ」
行商の人が、目玉商品として売ってる植物紙は、かなり出来が荒い。
万年筆みたいなのだと、絶対破れるなって感じ。
「もっと勉強しておけばよかったかなー。あ、いらっしゃいませー」
そうこうしてるうちに、お客さん。
近くにあるらしい遺跡に潜る冒険者さんがほとんどだ。
荷物を持ち帰るための籠なんかを買って、最初のお客さんは去っていく。
それから何度かお客さんをさばいていると、買取の依頼だ。
「ただの絨毯に見えるんだけど、ウチの魔法使いがそうじゃないっていうから」
「お預かりしますね……確かに、魔法の道具みたいですね。でも、攻撃に使うようなのじゃないみたいです」
力を籠めると、出てきたのはムササビみたいなやつ。
ちょこちょこ歩いては、ぴょんっと飛んでテーブルの間を行き来してる。
伝わるイメージは、地面から浮くという物。
「買い取りできるか?」
「出来ますけど、攻撃用以外は一律ですよ」
この世界には、たくさんの魔法の道具がある。
その種類、使い道もとてもたくさん。
中には、役に立ちそうにないのも多くあるのだ。
(面白そうでは、あるよね)
冒険には役立たないけど、日常生活では面白そう。
というわけで、自分に与えられた権限で買い取りだ。
「ありがとうございましたー」
お客さんを見送り、さっそく私は補修を開始する。
ほつれがあったりして、思ったように動けない、そう精霊から感じたのだ。
道具箱から裁縫道具を取り出し、近い糸を使って縫い付ける。
応急処置だけど、何もしないよりはいいだろうからね。
「よしよし。ご飯だよ」
精霊自身にも、魔力をご飯にあげて、治す。
結果、勢いよく飛び回るムササビが誕生した。
「どれどれ……おおお?」
絨毯は、大よそ一畳ほど。
力を籠めると、浮くというより……ホバー?
片足で乗っかり、もう片足で床を蹴ると滑るように動き出した。
不思議なことに、折りたたんで椅子に敷くと椅子ごと浮いた。
これをうまく使えば……スムーズな車椅子もどきが?
「もうちょっと早く、君に出会いたかったな」
ベリーナさんが身重なうちなら、もっと便利に使えたかも。
そう思いつつ、赤ちゃんの寝る籠とかに使えるかな?等と考えるのだ。
「ひとまずは、棚卸とかする時に移動に使おうかな」
どのぐらいの重量が浮かせられるかはわからないけど、少なくとも使えそうではある。
重い物も多いし、例えばポーションひと箱分を移動させるのでも十分だ。
絨毯をたたみ、次の来客に備える。
「ユキ、問題ない?」
「あ、大丈夫ですよ。赤ちゃん、眠ったんですね」
お腹の引っ込んだベリーナさんが、ゆっくりと歩いてくる。
産後の具合は、命にかかわるというけれど、この世界では癒しの魔法がある。
確保しておいた魔法の道具で、贅沢に治療だ。
「ええ、癒しの魔法は便利ね。本当は遺跡とかで怪我を治すのに使う物なのに……」
「妊娠出産は大事件、大怪我と同じですよ」
医療技術の発達している地球、日本ですら少なくない妊婦さん、赤ちゃんが命の危機に落ちるのだ。
赤ちゃんは助かってもお母さんは、なんてのもゼロじゃない。
だからこそ、私は無茶をしてしまったのだからってこれは言い訳だね。
「そう言ってもらえると助かるわ。あら、いらっしゃい」
「産まれたんだって? おめでとう」
次のお客さんは、知り合いのおじ様だった。
ベテランの冒険者で、アルトさんの後輩らしい。
と、今日はその手にちょっと似つかわしくないものが……竹ぼうき?
「煙突掃除でも始めたの?」
「いんや。買い取り希望だ。遺跡で出て来たから、ただのほうきじゃなさそうだなとね。見ての通り、ぽっきり折れてるが」
確かに、ちょうど持つ側が半分ぐらいで折れている。
軽い気持ちで、竹ぼうきを受け取ってちょっと力を……!?
「っとと……馬……でも羽根が?」
「ユキ、毛並みは白い?」
「いいえ、茶色いです。翼も茶色」
私の言葉に、ほっとするベリーナさん。
白馬で羽根……いわゆる天馬だと厄介なのかな。
「飛行用の道具ね。アルトが戻って来てからじっくり鑑定しましょう」
後で聞いた話によると、飛行用の道具は軒並み高級品らしい。
でも、竹ぼうきだよね……ってことは、うん。
「いろんなのが、あるんですねえ……」
そんなつぶやきが、静かにお店に響くのだった。