MIN-020「物は使いよう」
「はい、ではこちらが銀貨のおつりです」
「ありがとう。この前のブーツ、役立ってるよ」
お昼の休憩直前のお客様は、見覚えのある冒険者さん。
確か、底が抜けた魔物の革製なブーツを持ち込んだ人だ。
イノシシみたいな精霊が宿っていて、勢いよく突進やジャンプができる力が宿っていた。
(試した時、5メートルぐらい飛んだもんね、すごいすごい)
一緒に、イノシシがジャンプしてるのが面白かった。
そのまま、雪の中に突っ込んでいったのは笑ったけど。
もし、精霊がぶつかったりできるようになれば、それはそれで面白い。
ワンコの声とか、便利だもんね。
立ち去っていく冒険者。その足元にいるイノシシ姿の精霊。
やや硬めの手触りだったもふもふを思い出しながら、手を振る私。
「魔法の道具じゃなく、単純に精霊さんをたくさんお世話出来たら面白いかなあ」
「ふふ。そう思うのはユキぐらいかもね。一般的には、精霊はある意味恐れられているのよ」
独り言を聞かれ、恥ずかしくなりつつももうすぐ予定日っぽいベリーナさんを見る。
「精霊は、何も道具に宿るだけじゃないの。時に、土地に宿る。嵐に精霊が宿ったこともあったそうよ」
精霊がどういう扱いなのか、聞いたところで妙に納得してしまった。
例えになった話は、多分すごい強い台風みたいなことだと思うけど。
要は、どうしようもない自然現象にも精霊が宿っていると信じられている。
地球の日本で暮らしていた私には、なんとなくわかる話だ。
「じゃあ、頑張ってお願いしたら豊作とかにしてもらえるかもですね」
「ええ、そうね。そういうのが出来たら、一番いいわね」
接客の間に、こうしてお話するのにもなれたものだ。
気が付けば、この世界に来てから何か月も経っている。
(向こうじゃ、行方不明扱いなのかな……)
気にならないと言えば、嘘だ。
親とは何年も会っていないけど……。
「ユキ? 冷えるなら薪を足すわよ」
「あ、大丈夫です」
いけない、心配させてしまう。
これだけ優しくしてもらってるのに、ここで心配をかけてしまうのも、ね。
気を取り直して、店内の掃除兼陳列調整。
こうしてると、色々欲しくなるのが難点だけど、その分目の保養だ。
まるで機械で作り出したかのように、綺麗にできた木の器とかは見ていてうっとりする。
「こういうのって、やっぱり木こりさんが冬の間にやったりするんですか?」
「ええ。他にも、職人はいるわね。鉄を扱う人もいるし、他にも色々よ」
また機会があれば、見に行きたいなと思う物ばかり。
気になると言えば、ガラスが少ないことだ。
窓ガラスはあるけれど、ポーション瓶は陶器。
冒険中に割れやすい、というのは陶器もガラスもあまり変わらなさそう。
中身がわかるという点では、陶器よりもいいとは思うんだけどね。
「この前、ユキが言っていた化粧品?だったかしら。あれも試してみたいわね」
「他に売り出されてないか、アルトさんに調べてもらってますから、それからですね」
香り付きの石鹸とかは、雑貨屋にもよくある話だ。
ポプリの類とセットで、本当にいい香りだった。
石鹸自体は、あるようなのでどこかが作っているはず。
「問題は、脂……かな。魔物からも脂って取れるんだろうか?」
掃除の手を止め、雪の降る外をガラス越しに眺める。
と、お客さんらしい人が。
「いらっしゃいませ」
「鑑定と、いけそうなら買取を頼みたい」
さっそくのお仕事だ。
鎧というよりは丈夫な服、といった装備の、冒険者さん。
何度か見たことがあるけど、寡黙な人だった記憶がある。
布袋ごと手渡された中身は、装飾品がいくつかと、腕1本ぐらいの棒、宝石といったところ。
「じゃあまずは石の方から」
言いながら、手にするのは自分で買った形のルーペ。
見た目はただの輪っかなのだけど、魔力を通すと拡大してくれる。
ちなみに、宿っている精霊はトンボだった。なんでだろうね?
宝石の鑑定自体は出来ないので、魔法の道具となっているかどうかを見るのだ。
後は、割れていないかといったこと。
「単純に宝石ですね。他で換金をお勧めします。装飾品は……あ、指輪2つは精霊を感じますよ。特に痛んでないので、買取可能です。こっちの棒は……何だろ。ちょっと動かしても?」
許可を取って、棒を握り魔力を通す。
出てきたのは、小さい猫……なのだけど。
ぐるぐると、その場で回り始める。
「回ってる? だけどそれだけか」
棒の半分ぐらいが、モーターで回るかのように回転している。
逆に言うと、それだけだ。
指輪の方は、どちらも鳥さんだった。
こっちは、小さな魔力弾というか、矢を打ち出す物。
「指輪はそのまま使いたいが……棒はどうしようもないな」
「んー、いいですよ。このぐらいでよければ」
私が示したお値段は、戦いや探索に使う魔法の道具とすると格安。
それでも、捨てるしかないかと思っていた相手にとっては、良いお値段。
「そちらがいいのなら」
「はい、ありがとうございます」
鑑定料を貰い、代わりに買い取り代金を支払う。
いくつか買い物をして帰る冒険者さん。
見送った後、手にした棒に力を注ぐと、やはり回転するだけ。
金属っぽくて、大体直径が3センチぐらい。
「どうするの、それ」
「えっとですね。料理に使おうかなと思って」
そう、回転する棒、これ自体をそのまま使うのではない。
ハンドミキサーの動力源として使おうと思うのだ。
ベリーナさんに許可をもらい、近くの鍛冶職人さんの元へ。
「変な注文だが、やってやれないことはない。出来たら持っていく」
「ありがとうございます! 待ってますね」
そうして出来上がるのは、泡だて器のような先端部品。
これを付けて、力を注ぐだけであら不思議!である。
「それにしても、戦いには使えない魔法の道具も、たくさんあるんだなあ」
お客さんたちに、世間話ついでに聞いたところ、案外そういった物が多いそうだ。
戦いに使える物とかは一部で、多くがどうするんだろうというものらしい。
だからこそ、雷を呼ぶステッキや、火球を打ち出す杖なんかは高値。
この前、領主様に売った癒しの杖なんかは、一番高い部類だ。
「使い方を産み出しても、再利用しにくいんじゃ、無理かなあ」
今のところ、私専用という感じである。
お菓子でも作ろうと、泡だて器(仮)を使いながら、そんなことを考える私だった。