MIN-001「小さくたって」
「うわぁ……! 綺麗……」
「だろう? ここからの眺めは、俺もお気に入りなんだ」
この土地の領主と、その配下だと紹介された私。
王子様っぽいイケメンは、おじ様と何事か喋った後、どっかにいってしまう。
残された私は、おじ様と女の子に連れられて、道を歩く。
太陽の輝きは、こっちでも変わらない、そんなことを思ってしまった。
テクテクと歩きながら自己紹介、それが終わったころに登った丘。
ほんとに、スニーカーでよかったって思ったころだ。
視界には、大きな湖と、湖畔の町。
ゲームで見るような、自然がそばにある西洋の町並みって感じ。
家は、木造と石造どっちもある感じかな?
まだ遠いから、詳細はわからないけど……。
「ここは湖から海に出られるだけで、まだ田舎な方。退屈よ?」
「そうなの? ルーナは自分の町が好きじゃないの?」
森から出てくると、よくわかる彼女の綺麗さ。
というか、動くお人形って感じ。
日焼けしないかが心配な白い肌に、長い銀髪。
森の中にいるには不釣り合いな、高そうな格好だ。
なぜか、名前以外教えてくれなかったけど……うーん、ミステリアス。
詳細がわからないところが、不思議な置物みたいでなんだか気になるけど、そこがいい、みたいな。
「別に……好きとか嫌いとか言えるわけじゃ……なんでもないわ」
「それよりユキ。どうだ、何か思い出したか?」
優しい声で、心配そうに私を見つめてくるおじ様、アルトさん。
まるで登山家のような、重装備。
背負ってるのは……剣? ゲームやアニメでしか見たことがない。
私からすると、見上げるぐらいで……すごく背が高い、とまではいかないのに、迫力がある。
どうも、口調や態度を作ってる感じがする。
私があまり緊張しないように、かな?
「何も……どうしてあそこにいたのか、さっぱりです。別の場所で働いてたのは覚えてるんですけど」
「そうか。うーん、ユキみたいな子が、1人旅ってことはないだろうからなあ」
ぽんっと、子供にするように頭を撫でられた。
そう、今の私はどうも縮んでいるらしい。
幸い、歩けないほどじゃないし、背伸びして大きいのを買ったかな?程度。
たまたまルーナが持ってた手鏡で見せてもらった感じだと、ぎり10代かな?
若返りだひゃっほう!って喜べる状況に無いのが、問題である。
明らかにあれだ、トリップ、異世界転移ってやつだ。
「じゃ、私はこれで」
町にたどり着く直前、ルーナはそんなことを言って歩き出してしまった。
アルトさんとは家族ってわけじゃないのはわかってたけど……。
彼女が向かう先には、大きな建物があるだけで……。
「気にするな。たぶん、また会える」
「そう、なんですか? って、私はどこに……」
誘われるままについてきてしまったけど、行くあてはない。
元の世界に戻れるのか、それもわからない。
困惑のまま、連れられた先は、一軒のお家。
「おーい、ベリーナ」
「お帰りなさい! って、あら?」
元気な声で迎えに出てきたのは、赤毛が跳ねる女性だった。
エプロンを身に着けて、いかにもって感じの店員さん。
大人の女性って感じで、アルトさんよりはだいぶ年下っぽい。
それに……。
「森で拾った。森にいつのまにかいたらしい」
「そんな犬猫みたいに……あ、アルトさんに助けてもらいました。ユキって言います」
とりあえずは頭を下げる。
第一印象ってのは大事だし、何より、ベリーナさんはどうみても妊婦さんだ。
変な負担をかけないように気を付けないと。
「あの、座られた方が?」
「今日は大丈夫よ。調子はいいし。ふーん……アルト、どう見てるの?」
「落とし子(おとしご)だろうな」
笑顔で、私を上から下まで見つめるベリーナさん。
アルトさんの浮気を疑ってるでもなく、不審者扱いされるでもなく……うーん?
と、急に真面目な口調でつぶやいた彼女に、アルトさんも真面目な声。
落とし……子?
「あの」
「ああ、急に訳が分からないわよね? ひとまず、お腹に何かいれましょ。空腹じゃ何も進まないわ」
結局、勢いに押されて、食事に招かれた。
扉をくぐった先は、色々な物が棚に置かれた、倉庫のような場所だった。
値札らしきものは無いけど、雑貨屋……かな?
興味を持って見ていると、お腹が鳴ってしまった。
どうやら、混乱でわかってないだけで空腹だったらしい。
考えてみれば、結構歩いたよね。
「ふふふ。さ、こっちよ」
「お邪魔します」
鼻をくすぐる、良い匂い。手早く食事が私の前に並べられる。
ちなみに、硬いパンに良く煮込まれたスープ兼煮物だった。
正直、パンは硬いけど、2人を見るとスープにつけて食べるのが当たり前っぽい。
「ごちそうさまです」
「いいのよ、簡単なのでごめんなさいね」
申し訳なさそうに言うベリーナさんに、首をぶんぶんと振ってこたえる。
実際、温かい食事というのはとても素晴らしい物だと感じた。
使われてる食器や、小物も色々と興味深い。
「そうそう。落とし子って何?よね。私たちも詳しくはわからないのだけど、どこからかやってきてしまう人の事を言うの。主に別の大陸の人なのだけど、稀に全然どこのことだかわからない人もいるのよ」
「ユキの格好は、大陸が別っていう枠に収まる物じゃない。それに、そんなものは見たことがないからな」
アルトさんが指さすのは、持っていた荷物。
リュックと、それに一番わかりやすいのはスマホだ。
電源はオフにしてあるけど、人力で加工できるようなものじゃないのは一目でわかる。
「それでね、ユキちゃん。貴女さえよかったら、ウチで働かない?」
「働……く? 私に出来るでしょうか」
どこで、とは言わない。
さっきの雑貨屋さんみたいな場所は、やっぱりお店だったんだろう。
「俺からも頼む、ベリーナはその……身重だから」
「そういうことよ。ね、お願い」
「そんな、私がお願いする側ですよ……私なんかでよければ、ぜひ」
そう返事した時の、ベリーナさんの笑顔と、安心した様子のアルトさんを見て、私は思った。
この2人に、恩返しがしたい、と。
そうして、私の異世界生活が始まったのだ。