MIN-018「変わる環境」
─ 魔法の道具、預かります
そんな手書きの看板が、カウンターに置かれた。
治します、とはいきなりは言わないのだ。
わかる人には、わかるという看板。
「はい。短剣をお預かりですね? 明日の同じ時間に来てください」
紙は貴重だ。
仕方なく、急遽用意したのは木板。
これを半分に切って漢数字を彫りこんだ。
「見たことのない文字だな」
「わかるように、自分で作ったんですよ」
もし、私以外の落とし子が近くにいたら、わかるかもしれないという思いもあった。
町の人とも仲良くなってきたけど、まだまだ、よそからの人、というのが抜けない。
それ自体は、悲しむことではないけれど、ね。
お客さんを見送り、一息。
一人で自宅側で寝てるのは寂しい、ということでベリーナさんはカウンター裏にいる。
最近は、私が地球で覚えていた編み物を、楽しそうにこなしている。
「色々、出来るようになってきたわね」
「なんとか、ですよ。それより、使い勝手はどうですか」
問いかけに、かなり長くなったマフラーだろう物で答えてくれるベリーナさん。
編み棒とかも、地球で見たことがあるのもあれば、足りないのもあったのだ。
町の職人さんにお願いしたら、すぐに加工してくれた。
(どこで広まったのか、町中のお母さま方が、出入りするようになったけれどね)
もうすぐすると、家事が一通り終わった人たちがベリーナさんの元にやってくるだろう。
冬も深まり、内職ということなのか、最近はお店の一角で編み物教室みたいになっている。
「おっと、短剣の具合を見ないと……」
魔法の道具かどうかは、預かる時に確認している。
魔力を通して、精霊の反応があれば当たり。なければ、ただの道具だ。
さすがの私の能力も、完全に反応がない物はどうしようもないらしい。
今日見るのは、刃が半分ほどで折れてしまった短剣。
もう役目を終えたに等しい状態だ。
鋳つぶすにも、大きさが……ね。
「新たなる出会いを、今」
詠唱と共に、魔力が指先から動き、短剣の柄に流れ込むのを感じる。
魔法自体は私は使えない……道具の補助がいる。
まずは精霊を呼び出す魔法、それをこうして新しい呪文として自分に刻むのだ。
厳密な物じゃなく、使いやすくするためって感じだけどね。
「あれ、ワンコだ。剣とか短剣は犬型が多いのかな?」
茶色い、狼みたいな姿のワンコが、にゅるんって感じで出て来た。
精霊だから、変な出てき方をするのはわかってても、ちょっとびっくり。
これで触るとふわもこだったりするから、余計にわからない。
「何が出来たのかなあ? ふんふん……」
最初は、単に治したり、力の補給しかできなかった。
私自身、力はそう言う能力なんだと考えていた。
でも、ちょっと違ったのだ。
今では、精霊とお話ではないけど、イメージを伝え合うことができるようになっていた。
「へー。岩も切れるんだ。それは、すごいねえ」
今回の短剣は、魔力と引き換えに岩にも突き刺さる力を持ってるらしい。
これなら、硬い相手にも何とかなるってやつだね。
(鎧ごと……? ちょっと怖いかな)
思い浮かんだ別の使い方は、出来るだけ考えないようにする。
「じゃあ、試してみよっか」
精霊に問いかけつつ、治すための素材、ガラクタたちから同じような金属片を手袋をして掴む。
鍛冶職人さんが見たら、怒られそうな方法で治すのだ。
「ううーん……とぅっ」
我ながら、気の抜けるような掛け声。
でも、他に気の利いたセリフもなかなか浮かばない。
なにせ、ハンマーを持って叩くでもなく、機械を使うでもない修復。
元の道具と、素材をくっつけて、魔力を精霊に食べさせるだけなのだから。
ゆっくりと、指先で撫でるようにしていくと素材が溶け、短剣に混ざっていく。
飴細工が伸びるかのように、段々とそれが伸び……短剣の切っ先が見えて来た。
「ふう……よかった。魔力が間に合った」
こうしてる間は、ずっと私は魔力を消費する。
しかも、魔法の道具が強力なほど、消耗が激しいのだ。
出来れば治しきっておきたいから、最後まで頑張りがちなのは自覚している。
「ほら、ご飯だよ」
物が治れば、次は精霊だ。
既に毛並みは良くなってるけど、足りない分を指先から魔力でご飯。
どこかの、顔をお食べではないけど、近いぐらいの消耗なのだ。
「はい、おしまい。戻っててね」
こういう場合、鞘なんかがないことが多い。
そこで、雑貨屋としての在庫の出番だ。
高くても精々銀貨なところで、サービスでつけている。
「金貨……2枚、いえ3枚かしら。中央だったら、金の卵を産む鳥としてすごいことになるわね」
「私はここでこうしてるのがいいですよ。大金持ちより、小金持ちです」
平和に暮らしたい。
そう思うのは、誰もが一緒。
自分には、その平和を揺さぶる力がある。
だからといって、あきらめることもしない。
隠し続けるのが無理なら、味方を増やす。
「ええ、そうね。最近、アルトも早めに帰ってこれるようになったし。切り札に魔法の道具は1つぐらい、もっておくものだなんて考えるのはこの土地ぐらいなものよ」
「安全がお金で買えるなら、それが一番ですよ」
雪深い冬。
僻地であるこの土地で、少しずつ変化が出ていることを、私は肌で感じて……ううん。
当事者として、はっきりと感じていた。