MIN-016「怪異の正体」
今日はアルトさんが家で在庫整理をするということで、お休みを貰っている。
どこでそれを聞きつけたのか、朝からルーナがやってきた。
「いつもなら、凍るのはもっと先のはずなのよ」
遊びに来たルーナに誘われ、出かけた先は湖。
「そうなんだ? でも見事に凍ってるね」
「かなり厚みもあるわね。けれど、そこまで寒くはなかったわ」
ここ最近の天候を思い出しながら、頷く私。
確かに、寒いことは寒いけど、こんなに凍り付くとは思えない。
第一、この湖は海につながっているらしいし。
「こういうのも領主のお仕事なの?」
「いえ、そんなことないわ。これは私の趣味みたいなものね。不思議なことは、放っておけないの」
笑いながら言うルーナだけど、ちらりと見た女性騎士は、若干渋い顔。
これはたぶん、止めてたけど駄目だったし、何回も同じ状況になってるな?
とはいえ……。
「ルーナの手も借りたいぐらいには問題で、これまでに何回か同じようなのを解決してるわけね」
「わかる? 湖が使えないと、みんな困るもの。兄は兄で、別口で調査中よ」
つまりは、自分の趣味と言いながら、お兄さんのため、か。
前の時と言い、ルーナはお兄さん思いというか、優しいというのか。
「……何?」
「別に、なんでもないよ。それにしても、風はないのに確かにこのあたりは妙に寒いね」
内心ニヤニヤしていたのがわかったのか、目つきの変わったルーナ。
ごまかしつつ、本来の目的に向き合うことにする。
と言っても、私たちが何かできるとは思えないのだけど……。
「風向きが変わって、山からの冷気が早く来た、ならわかるのだけどね。冬の散歩もいいものよ?」
「ずっとはさすがに遠慮したいかな。うーん、じゃあこうしよう。春の息吹よ、集え」
「精霊? ああ、器用ね。安定して出せるようになったのかしら」
事情を知っている女性騎士がいるのを考え、赤熱のナイフを少しだけ鞘から出した。
すぐにローズが出てきて、私の肩に駆け上がる。
不思議なことに、精霊は何もないところを足場に出来るのだ。
周囲を溶かさないように、抑えた力があたたかな空気を産み出した。
「これは、行軍に便利ですね」
「ユキ以外にはたぶん、難しいわね。精霊を正しく認識して、お願いできないと厳しいと思うわ」
「最初は、すごい夏みたいに暑くなったりしたからね……あれ? 何か反応がある」
見えないシャボン玉で包まれたような感触の中、湖の回りを歩く。
違和感のような、何か引っかかる感覚に足をそちらに向ける。
すると、湖に注ぐ川があり、それまで凍っていることがわかってきた。
流れがある川まで凍る……どういうことだろうか。
さっきも思ったけど、そこまで極寒ではなかったはず。
「ルーナ、こっちって何かある? こう、遺跡とか」
「上流には1つ、あったはずよ。危険度はほとんどなくて、駆け出しぐらいしか行かないと思うけど」
危険はないはずということで、一応警戒しつつ川沿いを上る。
不思議なことに、凍り付いている箇所ははっきり分かれていた。
なんというか、ブロック状になっている。
「凍ってる場所と、そうじゃない場所がこんなにはっきり……」
「普通じゃなさそうね。もう少し連れてくるべきだったかしら」
問題が起きる前に、引き返した方がいいかも……そう思った時に、遺跡らしきものが見えて来た。
寒くないから気が付かなかっただけで、そこそこの距離を歩いてきたようだ。
「あれがそうよ。岩山の前に建てられた小屋、みたいな形で入り口があるの」
「おかしいですね。普段なら少しは人出があるものですが」
「ルーナ、感じない?」
ローズが、吠えている。
ルーナもこちらを見てローズの反応に気が付いたみたい。
アルトさんたちから、念のためにと渡された道具たちに手を伸ばす。
「魔法使いが潜ってる? それにしては、無差別ね」
「ルーナ様、お下がりください」
女性騎士が前に出た途端、変化があった。
小屋から、何かが飛び出して川に飛び込んだのだ。
「もう1つ力が?」
「ルーナ、あれ……精霊だよ。お魚の姿の精霊が飛び出してきた」
飛び込むまでのわずかな時間だったけど、十分だ。
イワシとかサンマみたいな姿の魚。
全身真っ青で、まさに文字通り青魚……って私しかわからないよ!
「暴れる感じはなさそうね。出来れば大元を見ておきたいわ」
「了解。じゃあローズの力を使うよ」
「なんとも、贅沢なことですね」
さっきまでよりも、強くローズにお願いして魔力を注ぐ。
ナイフが赤く光り、温かさが増した。
そのまま近づいていくと、力の反応も強くなる。
遺跡のすぐそば、というか入ってすぐ。
どうやら、ゴミ捨て場のようになっている一角だった。
「冒険者は、持ち帰ってもお金にならないものをああやって捨てていくことがあります。本来は、良くないことですが」
「不思議と、そのうち遺跡が飲み込むらしいのよね。私も良く知らないけれど。ああ、感じるわね。でも……こんなのがどうして放置されていたのかしら?」
「うーん、捨てた時にはわかる人がいなかったとか?」
ゆっくりと近づくと、ゴミの山の中に力を感じる。
それは、ぼろぼろのすくい網。
釣りに使うようなよりは、小さいかな。
と、また力の変動を感じた。
すくい網の輪っか部分が光り、そしてまた手のひらサイズの魚が飛び出していった。
「……もしかして、水に帰りたい?」
「そういうものなのかしら?」
近づくと、そのぼろぼろ具合がよくわかる。
網としては破れていて、使いようがない。
道具としても捨てられたのは明らかだ。
それでも私は、見捨てられなくてそっと手を伸ばしてしまったのだ。
「ユキ!?」
後から考えれば、魔法の道具に不用意に触るということをしでかしているわけで。
そりゃあ、ルーナも焦った声を出すわけだ。
結果として、私がすくい網を手にした途端、力の気配が収まった。
「あきらめた? いえ、誰かに拾われたのを認識したのかしら。どういう道具なのかしらね」
「うーん、大体見た通りの使い方をする物だとは思うけど……わぷっ」
すくい網の前に顔を持って行ったのがいけなかった。
なぜか、精霊が飛び出してきて顔にぶつかる。
そのまま精霊は砕け、私は冬なのに顔が水浸し。
幸いなのは、海水っぽくなく、ローズのおかげで温かい状態ということかな。
「ユキは休んでて。少し、気になるわ」
そう告げて、ルーナは他のガラクタらしきゴミたちを見に行くのだった。