MIN-012「二人きりの……・後編」
「魔法の道具を、治す」
「ええ、そうなの。駄目かしら」
ベリーナさんに困った視線を向けると、柔らかい表情のまま、頷かれた。
そうだ、既に話し合いは済んでいる。
いつかどこかで、話は漏れる。
だったら、売りつけるタイミングがあるのだと。
女性騎士に、私のことばばれてしまう訳だけど……ここで断るのもね。
「試すぐらいは、いいけど」
「ああ、この子は口が堅いわ。といっても不安は不安よね?」
その言葉に、無言で首を振る。
そんなことを言ったら、私の方がこの土地でよそ者なのだ。
第一、誰が信用出来る、出来ないというのがわかるほどの付き合いはまだない。
「確認しながら、何があったか聞いてもいい?」
「兄が、亜人の討伐に出ることになったわ。冬が本番になる前に、削るようにと中央から、ね」
「ふん。中央の言いそうなことだ。大方、冬の間にたくわえを増やしてほしくないんだろう。ここは遺跡も近い。真冬でも、活動できるからな。そうか、そういうことか」
何かに納得した様子のアルトさんの解説に、私もなるほどと心で頷く。
なんとなく、参勤交代みたいなものかなと思うことにした。
やらないわけにはいかないことで、余力を削るのだ。
「そうはいっても、辺境だもの。出せても数十人というところかしら。普段なら問題ないのだけど、どうも嫌な予感がするのよ」
「私には、それが少ないのか多いのかはわからないけど……どれを優先して試す?」
袋から出していくのは、武具に、装飾品。
マントみたいなのもあるし、巻物もある。
空いたテーブルに並べていくと、まるでコスプレ道具の見本市みたいだね。
じっと見つめていくと、精霊がみんな宿っているのはわかる。
でも、まだ元気な子、あんまり元気がない子等様々だ。
「ダメもとで持てるだけ持ってきたから……どれがいいかしら?」
「本当にであるならば、雷撃の杖と、煙幕の扇あたりかと」
ずっと立ったままの女性騎士が、ルーナに促されて指さしたのは2つ。
うんうん、私の事を疑ってるね。それでこそ、だよね。
ここで、ルーナが言うなら信じるって動きだったら、困るところだ。
「ひとまず、呼び出して見よっと」
これまでに、魔法の道具を治した時にはすごく眠くなった。
正確には、好きなだけ力を食べさせたから、なんだろうけど。
まずは杖というかステッキみたいなのを手に取る。
痛んでいる箇所がないか、確認していくとにょろりとした何か。
黄色い、蛇だ。
「お腹空いてる? ううん、違うのかな」
指先を向けてみると、長い舌でぺろりと舐めるけどそれだけ。
どうも、力が尽きたというだけじゃないみたい。
じっくり見ていくと、途中に何かで少し切られたような部分があった。
「ここかな? アルトさん、このガラクタ、やすりで削ってください。穴埋めします」
「ほほう。任せろ」
どうしようもない状態のガラクタから、同じ素材っぽい木でできた物を取り出し、アルトさんに作業してもらう。
木くずを、指先で傷部分に押し込み、ぎゅっぎゅっと押し固める。
もちろん、それだけだと何の修復にもならないと思う。
普通なら、ね。
「ほーらほら、頑張って」
魔力という物を意識して、ステッキの傷跡に流すと蛇がそこを舐め始めた。
しばらくすると、木くずが入り込んだ箇所が滑らかになってくる。
「信じられない……」
「だから言ったでしょう。試す価値はあるって」
2人の声を聞きながら、頑張った蛇さんを撫でてやる。
爬虫類は嫌いじゃないから、精霊じゃなくても平気だ。
不思議と、しっとりすべすべしていた。
蛇さんも、私の魔力を食べることはできるようだった。
しばらく指先を甘噛みした後、ステッキの中に消えていく。
(ん、まだ大丈夫かな。力の使い方に少しは慣れたっぽい)
眠さもまだ大丈夫。そう思ってアルトさんに一度ステッキを渡す。
「ふむ。問題なさそうだ。大抵の亜人相手なら、十分手数になりそうだな」
「よかった。じゃあ次が……おお、羊さんだよ」
地球で言う扇子みたいな扇を手にすると、小さなゆで卵ぐらいの羊が浮かんできた。
こっちは、逆にとにかく元気がない。
「アルトさん、ベリーナさん。この子はひたすら力が無くなってるみたいです。治すと、多分」
「ええ、任せなさい。ユキがやりたいように頑張るのよ」
「どうせ俺も呼びに来たのだろう? だったら、言いようはある」
私が寝ちゃうから、臨時休業にしよう、その考えは伝わったらしい。
頷いて、ルーナたちも見守る中、羊さんのもこもこ具合を楽しむ。
お水をひたすら飲むかのように、延々と羊さんは私の手のひらから力を飲んでいく。
「ありがとう、ユキ。兄はたった二人きりの、家族なの」
「お礼は終わってからでいいよ。それより、あとでまた魔法を教えてね」
椅子に座りながらそう告げると、ルーナが優しく微笑んだ。
うんうん。女の子はそうやって笑ってるのが一番かわいいよね。
寝不足と貧血を合わせたような、ひたすらの眠気。
残りの魔法の道具も、一度預けておくというルーナに頷いたところで、力を与え終えた。
「ルーナを、よろしくお願いします」
「任された。では、行こうか」
アルトさんとルーナたちが外に出ていくのを見送りながら、そのまま私はひとまず仮眠することにした。
お店を臨時休業にしたベリーナさんが、私の頭を撫でるのを感じながら意識が落ちていく。