MIN-011「二人きりの……・前編」
「寒いわけだ……」
朝晩、そして昼も寒くなってきていた。
異世界での生活も、もう数か月は過ぎている。
テレビとかで見たぐらいだけど、なんとなく北欧っぽいこの土地。
ふと目を覚ました私の目に飛び込んできたのは、窓ガラス越しの……雪だった。
「冬が長いのかな? だとしたら、そうじゃないときに森に出れたのは幸運だったのかな」
着替えながら、仕舞いっぱなしの元の世界の服がある場所を見つめる。
もう、お風呂に毎日入れないことを懐かしむことも減ってきた。
1人で孤独に入るお風呂よりも、2人で会話しながら体をこすり合う方が、楽しくなってきたのだ。
やっぱり、日本での生活は意識しないと人のつながりが減って来たなと変なところで感じてしまう。
「まだ早いけど……よしっと」
以前は、目覚まし時計やアラームに起こされ、睡眠不足で夜更かしするような生活だった私。
電気のないこちらでは、そんな生活は出来ず……とても健康的だ。
まだ外は完全に朝とは言いにくい。
もう少ししたら、明るくなってくるだろうけど、ね。
「ローズ、お願いね」
すっかり火の小さくなった暖炉を前に、つぶやく。
キッチンとリビングが一体となっている部屋の、大きな暖炉。
そこに、赤熱ナイフを突っ込んでいけば一気に赤い光が広がった。
赤い毛並みの、小さな狼というか犬というか、ナイフに住む精霊さん。
いい加減、名前を付けたのである。
「ありがと。精霊も成長するのかな? 少し、毛並みが変わったよね」
尻尾をフリフリ、すり寄ってくる姿はまさに犬だ。
そのもこもこした感触を楽しんでいると、薪に火が回り始めたのか部屋が少し暖かくなってきた。
「豪雪地帯なのかは、良く聞いておかないとなあ。周辺の事情とかも。仕入れる内容もよく相談して……」
最近では、アルトさんとも話すことも増えて来た。
お腹の大きくなってきたベリーナさんの代わりに、町に出ることも増えたからだ。
蓄えはあるらしいから、別にお店を閉じていても暮らすことはできる様子。
(開いてた方が、けが人が減ったり、困った人が助かるからって……人がいいというか)
状況が変われば、まるでブラックな企業のようであるが、今は私がいる。
お店の方は、動く部分を私が担当してればいい。
それに、私にもメリットは多いのだ。
「この小物入れも、素敵だなあ。うう、またお給料から……」
そう、平和、平和なのだ。
そして平和となれば、私の雑貨好きの血が騒いでしまう!
まるでアンティークショップや、海外のショップにいるような雑貨の数々。
その半分は、遺跡から出てくるというのだからよくわからない。
残りは、近くの職人さんが作っている形で、委託販売なのだ。
自給自足の面もあるこの町だと、手編みの類は結構みんな作っている。
ここにあるのは、技術のいる物ばかりとなるってことね。
「お皿もいいなあ……木皿が基本で、陶芸に近いこういうのは……あれ、なんでこんな値段なんだろう」
よく見ると、私としては馴染みがある陶器のお皿は、ひどく安いように感じる。
置き場所も、どちらかというと賑やかしみたいな場所だ。
「ああ、そうか。割れたりするのと、あくまで道具なんだ……」
他にも、このあたりが寒いというのもあるんだろうなと思う。
木工細工自体は、発展してるけど食器を作るのにはかなりの薪がいる。
昔のような土器ぐらいなら別だけど、だったら木皿でいいよね。
「もう少し見た目を工夫して、ルーナの伝手から中央のお金持ちに……うーん、私には焼き物の知識はないからなあ」
焼くための釜に工夫がいるとか、塗る何かが違うとか、土がそもそもとか知ってはいるけど、知らないに等しい。
機会があれば、そういうのを聞いたことがあるような気がする、とか漏らすぐらいだろうなあ。
「おはよう、ユキ。早いな」
「アルトさん、おはようございます。ふふ、名前と同じだから少しワクワクしちゃったかもです」
それもそうだな、なんて笑顔のアルトさんを見ると、私も良い人が欲しくなるのだ。
今のところ、そういう出会いはない。
冒険者さんは、大体独身だけどちょっとね。
「あ、そうだ。ここは冬は長いんですか? 雪の量とか」
「む? ああ、そうだな。そこまでは長くはない。雪かきが仕事になるぐらいには雪深いが」
なんだか、名前を何度も呼ばれているようで、少し気になるけど地球でもいつものことだ。
今日もアルトさんはお出かけ……と思いきや、何やらお店の隅でお片付けだ。
冒険者さんが持ち込んだときにひとまず置いてもらう場所に、木箱。
ちらりと見れば色んな武具や、よくわからない壺等。
壊れてるのもあるし、無事なのもある。
「ああ。最近は街道沿いに出来ていた怪物どもの巣というか集落か、を潰していてな。あるものをひとまずつっこんで持ち帰って来た。夜も遅かったから、鑑定もこれからなんだ」
「お手伝いしますよ。分類ぐらいなら出来ると思いますし」
武器の良し悪しとかはわからないけど、何かぐらいはわかるはず。
念のために手袋をして、箱から1つ1つ取り出していく。
錆びた武器、壊れた防具、なんだろう、光り物が好きだったんだろうか。
袋の中には変な干し肉。これはゴミかな?
そんなことを繰り返していると、いくつかに分類できた。
そのまま使えそうな中古、潰すしかないようなもの、使えないゴミ。
現金や、そのほか……っていうか。
「妙に人間臭い中身ですね。私、もっとこう、蛮族!みたいなものを予想してたんですけど」
「……そうだな、ユキもそう思うか? 俺も、そう思う……これは……そういえば、あいつら妙に……」
思ったままを口にしてみると、アルトさんは考え込み始めた。
私も、改めて物品を眺める。
これはそう、知能がある存在が暮らすために集めている物資、そう感じるのだ。
「おはよう。お茶を持って来たわよ? どうしたの、朝食も取らずに」
起きて来たベリーナさんが、ゆっくりとカウンターにやってくる。
そちらを見た私とアルトさんの後ろで、扉が開いた。
「まだお店はやってな……ルーナ!?」
「朝早くにごめんなさいね」
「頭も服も真っ白じゃない。さ、まずはお茶にしましょ」
ひどく慌てた様子のルーナに、思わず駆け寄るとその体は冷え切っていた。
後ろには、護衛の人だろう女性騎士。
それに、2人とも背負い袋を……なんだろう。
ひとまず、ベリーナさんのいうように体を温めたほうがいいと思った。
お店には、喫茶スペースという訳じゃないけど、4席ほどの場所もある。
そこに座らせると、ルーナたちも明らかにほっとした様子。
「その……ユキに助けてほしいことがあるの。無茶は承知で、本当はこんなことを頼むのは良くないと、気を付けるようにって自分で言ってたくせに……」
「ルーナ?」
「そういうことか。ユキ、君が決めたことなら応援する。話を聞いてやってくれ」
そう告げて、アルトさんは家の方に戻っていった。
それはまるで、何かの準備をするかのような……。
「ユキ、あのね……この魔法の道具たちを治してほしいの。お兄様が、助かるように」
絞り出すような声は、ルーナを小さな、ただの少女のように思わせるのだった。