MIN-114「白狼」
「まずは井戸……うん、大丈夫」
「ユキ様、あまり覗き込むと落ちてしまいますよ?」
自分が代わりに覗くといったメイドさんを押しとどめ、私自身が覗き込んだ。
結果としては、問題があるようには見えない。
お腹を壊すこともないようだし、今のところは……大丈夫すぎて、逆に怖いね。
「一つ、聞いてもいいかな」
「はい、なんなりと」
頑張って表情に出さないようにしてると思うんだけど、心配が顔に出ている。
そりゃあ、こういう流れで言われることって無理難題だったりするよね、うん。
ただ、私の考えてることはそうじゃない。
「ここで、あの人たちと混ざって暮らせって言われたらどう思う? もちろん、手出ししたら犯罪とか条件付けでもいいけど」
「ここで……ですか。そうご命令であれば……。出来れば、期間限定の方がありがたいですけれど」
デスヨネー。仮に私が同じ立場だったら、全く同じ考えだ。
先の見えない暮らしは、かなり精神に来る。
ましてや、便利とは程遠い土地での暮らしとなれば、ね。
「そうだよね。ありがとう」
「? は、はい……」
実際問題として、鉱山となるものを見つけるのってかなり大変なんだと思う。
日本でも、昔から銀が出る、金が出るって詐欺師みたいなのがいたとか授業で聞いたことあるし。
今みたいに、地下を掘らずとも確認するような機械もない。
なのに、ここではある意味あっさりと見つかった。
「考えたくないけど、何かあるね……」
ユリウス様に聞きに行くかなというところで、気配。
馴染みのある気配で、誰だかすぐに分かった。
「やあ、ユキ。問題はないかな」
「ユリウス様……問題がないのが問題ではないか、と思うぐらいには」
微笑む彼の顔が、真面目な物になる。
どうやら、向こうでの収穫はあったようだ。
「なるほど。ユキもそう思うかい? ここの開拓は許可は出したけど、正直、期待はしていなかった」
「山なら、どこにでもありますもんね」
そうなのだ。ここと同じような山は、他の場所にもある。
川が通っていて、そこで何か見つかったとかそういう話も聞かない。
なのに、何故?となるわけだ。
「何年か前に、この山に光る狼が落ちたのを見たことがあるそうだ」
「光る狼……」
地球なら、隕石かな?ぐらいに思うところ。
でも、この世界であれば他のことが思い浮かぶ。
精霊、だ。しかも普通の人でも見えるような強いタイプ。
「もしかしてと掘ったら当たり、と。メイドのほかにいないから言うけれど、ここはセレスティアからは少し距離がある。かといって、普通の開拓では追いつかない可能性もあるんだ」
「何が出てくるか、わかりませんもんねえ」
警察みたいなのがないことをいいことに、他所の領地から出張ってくることも考えられる。
下手をすると、隣国が……ああ、そういえば。
「前に見た地図によると、このあたりって隣国に近くないですか?」
「その通り。だから、自分が宣言に来たのさ。領土の主張を兼ねてね」
「ユキ様、私全部聞いてて大丈夫なんですかぁ……」
おっと、すっかり話が危険な方向に進んでいた。
バイトが、社長たちの会議にいるようなもんだよね、怖い怖い。
「大丈夫だよ。私かユリウス様のそばにいれば、守れるから。たぶんね」
たぶん???って顔になってるメイドさんに微笑みつつ、ユリウス様に向き直る。
彼も、私に何かアイデアはないかと期待しているのだろう。
「寝泊りのための住居、そして食事の準備、その上で徴兵というか志願兵を募るか、冒険者に採掘もさせたらどうでしょう」
「怪物を倒すだけが冒険者の仕事ではない、か。なるほど」
人がいないと、よからぬことをしようとする外部の介入を招く。
住んでない空き家に、変な人が入ってくるのと同じ理屈だ。
今のうちに、掘りすぎないように色々定めつつ、募集をかけてみるといいと思うのだ。
「鍛冶関係の職人の招致とかは、難しいでしょうけど……推奨は出来るのでは」
「土地土地の繋がりというのがあるからね。だが、あぶれた人間というのはどこにでもいるものだ」
そんなことを言うユリウス様は、少し悪い顔だ。
私も、そんな顔をしてるのかもしれない。
とにかく、このアイデアを実現させるには、話し合いが必要だ。
山にいるらしい、精霊。狼型ってことは、ローズみたいな?
どんな相手で、話が通じるのかどうなのか。
「みんなで、祠か何か、作りましょうか。信仰の対象に出来るはず」
「それはいい。やはり、わかりやすいのがあったほうがいいね」
ノリ気になったユリウス様がすぐに外に出て、何事かを指示。
すぐに人が動き始め、まずは形だけでも、とログハウス群の一角に祠が。
中には、採れた石を一応鎮座させたようだ。
「ユキ」
「はい、やってみます」
ここに、力を注いで願い、祈りを捧げる。
それでひとまずはなんとかなる……のかな?
祠の前にしゃがみこみ、いつかしたように祈りを捧げる。
力が動く感覚と共に、確かに何かが……。
「ん?」
何かが、ぺろりと私の頬を舐めた気がした。
まさかと思い、ゆっくり目を開くと……そこには、月のような毛並みの狼がいた。




