MIN-109「お騒がせな夏の始まり」
「暑いなと思ったら、遠慮なく使ってくださいね」
「ええ、そうさせてもらうわ」
セレスティアの街、雑貨屋プレケース。
そこに戻るついでに、冷房用の魔法の道具を設置に来たのだ。
閉め切ることはせず、ウィルくんに向かって冷たいそよ風をといったところ。
「これがあれば……でも、贅沢な話になってしまうわね。暑いのはみんな一緒だもの」
「そうなんですよね。街に設置となると、結構税金がかかります」
私が頑張るだけだから、大したことがないと考えることもできなくはない。
でもそれは、何かあった時に私が飼い殺しにされることとイコールに近いのだ。
飛び出た力というのは、そういうものだとルーナたちも教えてくれる。
(試作品にも、結構予算つけてくれたもんなあ……)
赤ちゃんベッドに眠るウィルくんは、気持ちよさそうだ。
梅雨みたいなのはなさそうだけど、この時期は寝苦しいよね。
たぶん、なんだかんだと命を落とす赤ちゃんもいるんだと思う。
かといって、母子だけ集まる場所、っていうのも防犯的に微妙だ。
あ、あれなら……?
「向こうには、子供を預かる施設があったんですよね。保育園、幼稚園っていうんですけど」
「専用の人を雇うのは難しいわね。もしやるなら、順番に何人かずつ……うーん」
まあ、ぱっとできるものでもないし、きっかけになればいいかな、ぐらいだ。
たぶん、お金持ちだとメイドさんを雇うとかが一般的なんじゃないかなと思う。
「ウチは、アンナがいてくれてるから助かってるけどね」
「お掃除終わりましたー! あれ、どうしたんですか?」
もう日差しが暑いのに、元気に声を出すアンナ。
私も子供の頃、こんなだったかなあ?と懐かしく思うぐらいだ。
「ううん。アンナが頑張ってくれてるなって」
「お給料もらうんですから、しっかりやりなさいってお母さんが」
「良いお母さまね……」
褒められたのが嬉しいのか、ふふんってしてるアンナも既に汗をかいている。
ウィルくんの寝る場所に置いておいたタオルでふいてあげると、気持ちよさそうだ。
「酒場でも、みーんなぐてーんってしてるって言ってました」
「あー、やっぱりかぁ。この時期、ちょっと問題らしいんだよね」
ダンジョンの中は、比較的涼しいらしい。
洞窟と同じような扱いだからだろうか?
とはいえ、戦っていれば暑くなるし、お水だって必要。
現代知識風に言えば、塩とかだって絶対必要だ。
そうなると、あまり長く潜れない。
「商売の気配……」
「ユキは稼ぐのに積極的よね。良いことだわ」
「ご飯一杯食べたいです!」
ここは、他のお店とかと協力して夏用、いわゆるミネラル補給用の食事を開発しよう。
痛みにくく、消耗に適した奴っていう方向性で。
水分は、どうしようもないから飲んでもらうしかないけども。
「食べ物には、汗と一緒に出て行っちゃう栄養が入ってるんですよね。その辺を上手いところ……」
「言い伝えとかも、馬鹿には出来ないのよね。お客さんも少し少ないし……うーん」
実際、今のところお客さんがいない。
そろそろ来てもいいと思うんだけど……。
「あ、いらっしゃいませー。あれ、どうしたのビエラ」
「ユキ……助けてくれ!」
汗だくで飛び込んできたのは、何度も護衛とかをしてくれる冒険者のビエラだった。
勝気で、色んなことに挑戦してる前向きな女の子だ。
なのに、何かにおびえるように……。
「誰かに脅されたり、乱暴されたの? だったら出るところに出ましょう」
「そうね、私も協力するわよ、ユキ」
「お姉さん、大丈夫ですか?」
三者三様の心配した言葉。
ビエラは嬉しそうな顔をした後、なんだか微妙な表情だ。
「あー……そういうんじゃないんだ。ただその……冒険者を続けられなくなるかもしれない」
「? もしかして……」
偏見混じりだけど、こういう時に女性が今の生活を変えないといけない事柄って限られる。
さっき言ったように、悲しい目にあった場合もそうだけど、他にも……。
「さすがユキだな。そうなんだよ、実はさ、お見合いで結婚しろってうるさくて……」
「あー……親としては、心配してしまうわよねえ。私も、アルトに色々言ったわ」
予想が当たって嬉しいようなそうでないような。
でも、確かに大変なことだ。
というか、私も人ごとではない気がする。
(紐付きにさせたいってきっとユリウス様も思ってるよね)
「続けたい、一緒に潜ろうとか提案したら?」
「それも考えてる。なんでかっていうと、相手も冒険者らしいんだ」
逆に、それでよくお互いの親はお見合いさせようと思ったね、うん。
相手も、だったら同業者と一緒になれって感じだろうか?
「だったらいいんじゃないかな? 会うだけあってみたら?」
「ユキだけは味方してくれると思ったのに!」
そう言われても、困る。
個人的には、結婚にあこがれは当然あるのだ。
今のところ、相手がいないけど、ね。
アルトさんは当然なしとして、候補は……うーん?
一番のいいお相手、はユリウス様だろうか?ってないない。
あこがれはあるけど、ね。
「無理なら無理っていえばいいんだよ。お見合いをしたっていうのが大事だと思うよ」
「そうね、私もそう思うわ」
「アンナにはよくわからないです……」
結局、決めるのはビエラというのも事実なわけで。
私たちとしては、背中を押せるかどうか、だ。
「うう、わかったよ……でもさ、ユキもついてきてくれないか?」
「私? んー、わかったよ」
しおらしい姿でお願いされ、なんだかんだと承諾してしまう私だった。