MIN-010「2人との距離」
その日、私は文明を懐かしんでいた。
「大げさ……でもないんだよねえ……」
一人きりのキッチンで、弱音がこぼれる。
アルトさんたちには、私が手料理を振る舞いたいと言ったら、それだけで喜んでくれた。
なんと、昼ぐらいにはアルトさんは帰宅、その後はずっとアルトさんが店番だ。
私は、気合を入れてキッチンに陣取ったわけ。
「材料はある。作るメニューも問題ない。だけど……薪は大変だなあ」
盲点だった、というのにはどうかと思う問題。
それは、ガスがないからというひどく単純な物だった。
ツマミをひねるだけで火力調整が出来て、しかも一定!
いかに、地球というか日本のキッチンが便利だったかわかる一幕だ。
「ま、やれるだけやらないとね」
作るのは、パスタと煮物、後は鳥を焼いた物、ぐらいだ。
雑貨が好きな私だけど、同時にそれに似合う料理も練習していた。
お菓子もその1つで、どこで役立つかわからないものだね。
「パスタ生地は昨日から寝かせてあるし……問題は、煮物だなあ」
レシピ自体は、オリジナルというのもどうかと思う我流。
隠し味に、後半でチーズを少々入れるぐらいだ。
幸いというべきか、香辛料の類はそう高くない。
(火力が欲しいけど、薪がもったいないなあ)
問題は、一度火力をあげると、薪の消費も激しいうえ、燃えるまで小さくならないことだ。
さて、どうしようかと思った時、気配を感じた。
「ん? ワンちゃん、どうしたの」
腰をひねった時に、少し緩んだのか、ナイフのワンコがテーブルに出てきていた。
ちなみに精霊自体は、汚れるとかはないので衛生的には問題ない。
鼻先をつついてあげると、喜ぶ姿は和む。
「お前は何も食べないんだね。って魔力は食べるのか。そうしてあんなに熱く……熱く!?」
はっとして、小さいワンコを持ち上げる。
ハテナと首をかしげる姿が、余計に可愛らしいってそうじゃなくて。
「もふもふな君の力、借りるよ」
ワンって吠えられた気がした。
そのまま、赤熱ナイフをしっかり洗い、お鍋に刃先を入れて……おお。
「すごい、グツグツいってる。それに、やっぱり熱くない」
普通に考えたら、こんな状態で手を近づけたら熱い。
けれども、赤熱ナイフの力は、ただ熱くなった刃で切れるというだけじゃない。
長く使っても、使用者が熱くならないようにと持っている手の部分が何かでコーティングされるのだ。
なんていうのだろう、ゲームとかでいうと、耐熱能力みたいな?
ともあれ、ナイフを持っている左手は全然熱くない。
もうすぐパスタを作らないといけないけど、今は煮物に集中することにした。
「うん。上手く煮崩れてる。じゃあ次はっと……」
最後に一煮立ちさせるところで、ナイフを取り出しておく。
悩んだ時間は、思ってなかったものにより短縮できた。
後は生パスタとして切っていくのと、鳥を焼くだけ。
食事を担当するなら、もっと手際よくやらないとなあと思う瞬間だった。
「これでよしっと」
窓からの陽光も、傾き始めた。
早いところなら、もう夜の食事の時間だ。
「お待たせしました!」
「あら、もういいのね」
「おお、なんだかいい香りだな」
お店の方へ行き、2人を呼ぶ。
ちょうど2人も、閉店作業をしているところだった。
2人がやってくる間に、盛り付けの準備とパスタソースの仕上げ。
と言っても、煮物と鳥の細かい部分を合わせて整えるだけだ。
違う味でもよかったんだけど、私が好きなものを作らせてもらった。
「立派な物じゃない。素敵ね」
「じゃあ、頂こう」
「はい、召し上がれ!」
どきどきの食事会が始まり、私も一緒に食べ始める。
うん、思ったより良い感じ。
計量もできないから、記憶頼りにやったけど外れてない。
それに、色んな素材が地球の時とは違うなと感じる。
新鮮さというのか、濃いのだ。
「どう、ですか?」
「驚いたわ。食べたことのない味だけど、なんだか懐かしさもあるわね」
「ああ。落ち着く味だ。晴れの舞台に一度きりというのじゃなく、日々食べていたい感じのする味だな」
2人の感想に、私の表情が緩むのを感じる。
贅沢な食事、ではなく家庭の味を目指したのでその通りに出来たようだ。
「よかった。煮物は、先に煮崩してあるので見た目より野菜が多いんですよ」
「そういうことね。あら、その割には薪が減ってないようだけど?」
「……そうか。ナイフを使ったんだな」
さすがのアルトさん。
たぶん、ナイフの力が少し減ってるのを感じ取ったのかな?
頷いて、調理を説明すると、2人は呆れたような顔になる。
「ユキぐらいなものよ、そうやれるのは。普通は、もったいなくて魔法の道具を使えないわ」
「ウチならいいんじゃないか? 精霊も、出番があって嬉しいだろう」
言われてみればその通りなので、反省である。
同時に、確かにワンコが喜んでいたのも事実だったので、今後もお世話になろうと思った。
「明日から、お手伝いもしますよ。その……もっと一緒に暮らしたいです」
「あら……そう、よろしくね」
「随分大きな娘が出来たな」
お客さんじゃなく、同居してる親戚ぐらいの付き合いにはなりたい、そう思っていた私。
その気持ちは、2人に伝わったみたい。
漠然とした、戻る手段は見つからないかもしれないという恐怖が、少し薄れた気がした。