表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/126

MIN-000「扉を開けて」



「ありがとうございましたー!」


「また来るよ」


 お店に私の声が響き、そしてお客さんは笑顔で帰っていく。

 カランと鳴るベルを聞きながら、店内を見渡した。

 今のお客さん、結構買ってたな……。


 次なるお客さんに備えて、展示品を整える。

 ちょっとしたことだけど、こういうのが大事なのだ。

 びっちし!じゃなくって、ちょっと手にしてみようかなって微妙な具合。


(自分が欲しいかなって思うレイアウトなら、外れはないわよね)


 テーブルの1つ1つに、色々な雑貨が置かれている店内。

 こうして見ていると欲しくなるのは……なんだろう、もう病気みたいなもんだよね。

 今の私は、売る側だというのに。


 いや、前の私も……だったのだが。

 店内にある大きな鏡を見ると、そこに映るのは私。


 肩よりは伸びている黒髪に、少し垂れ目。

 今のところ、自分でも悪くないかなと思う顔立ち。

 それが、映画のような服装に身を包んでいる。


「ユキ、お茶にしましょ」


「ベリーナさん! 動いても大丈夫なんですか?」


 お店の奥、住居側から歩いてきたのは、癖のある赤毛が可愛らしい女性。

 姉と呼ぶには少々年上だけど、おばさんなんて絶対に言えない若々しさで、ゆったりとした服装だ。

 それに、抱えるようにしているお腹は大きい。


「じっとしてるのもダメだって、産婆さんは言う物だから、ね」


「それはそうですけど……あ、お茶は頂きます」


 せめてもと、こちらから駆け寄ってお店に併設されている小さなキッチンへ。

 ストーブで熱せられているお鍋から、お湯をポットへ注ぐ。

 このあたりの作法は、正直我流だけどウケは悪くない。


 雑貨好きが高じて、お茶周りの作法にも詳しくなったなんてのは、本来なら笑い話だ。

 でも、この世界では案外、それが役に立つのだから世の中、わからない。


「ありがと。うん、ユキのお茶は美味しいわね」


「ありがとうございます。夕方でしたよね、アルトさんが買い出しから戻る予定なのは」


 ちらりと見るのは、壁に貼られたコルクボードみたいな板にある、予定表。

 そこには大きく、日程と買い出し!と書かれている。

 書いたのはこの店、そして家の主人であり、目の前の妊婦であるベリーナさんの夫であるアルトさん。


 なかなかのイケメンなおじ様で、昔はそこそこヤンチャだったらしい。

 ベリーナさんは、ずっとそんな彼を見守るようにそばにいて、少し遅めだけどようやく結ばれたんだとか。


「ええ、そうね。怪我もないといいのだけど」


「アルトさん、自分で見ないと納得いかないっていう人ですもんね。まあ、だから私もここで働けると思えば……感謝しかないんですけど」


 お腹にたまる温かさにほっとしつつ、このお店、正確にはこの異世界で働き始めることになった出来事を思い出す。





 それは、確か少ないながら夏のボーナスが出たころだったと思う。

 輸入雑貨を中心にしたお店で、店員として働いてた私。


 20代ももうすぐ折り返し、そろそろ出会いも欲しいなと思いつつ、働く日々。

 趣味と言えば、手芸や小物づくり、そして雑貨屋巡りだ。

 働く先も、それに合わせてるのだから好きな部類なんだと思う。


 その日も、せっかくの休日だからと、日差しに汗をかきながらの街の散策。

 狙いは、いくつかある雑貨屋さん巡りだ。


 そう、このあたりは自分の働く店も含めて、そういうのが集まってる界隈なのだ。


「この前、リニューアル工事してたもんね。何が出来たかなー……ん?」


 普段なら、気にせず通り過ぎるだろう路地。

 そこに、何かを見つけた。


 足を止め、路地を覗き込むと……扉だ。


「こんな場所に扉? って、看板……出会いを貴方に……新しいお店かしら?」


 何故そんなことを思ったのかはわからない。

 暑さにやられていたってことはないと思うのだけど……。

 でも、深く考えずに扉を開いてくぐったのは、正解だったのかどうなのか。


 よくあるベルの音がする。

 なぜか、何かに頭を撫でられた気がした。

 不思議に思いながらくぐった先に広がっていたのは、見知らぬ雑貨屋……ではない。


 私は森の中にいた。


「へ? ええ!? ナニコレ……森、もりぃ!?」


 驚くのも無理はないと思う。

 さっきまで、都会にいたのだ。

 路地裏だから、人気はなかったとはいえ町中だったはず。


 決して、こんな緑の匂いあふれる場所ではなかった。


「冗談じゃない。帰る……扉、ないし……」


 思わず膝をついてしまう私だったが、現実は非情だった。

 手のひらや足は地面の土で汚れるし、よくわからない鳥の声も聞こえる。


 カラスとは違う、不気味に感じる鳴き声がすぐ上でした。

 慌てて顔を上げると、見たことのない鳥が、無言でこちらを見つめている。

 そして、鳴いた。


「っ!! 動こう」


 正直、怖かった。

 その場にいたくなくて、方向なんてわからないけどとにかく移動し始める。


 でもおかしいな。視線が低いような……それに、なんだか体が小さい。

 周りが大きいからそう感じるのかしらね?


 動き始めたことで、頭に血が回ってきたのか少し冷静になってきた。

 荷物は……ほとんどない。財布に、ハンドバックと、持ち帰り用のリュックサック。

 お店巡りは長くなるから、ハイヒールとかじゃなくスニーカーだったのは嬉しい。


 今大事そうなのは、持っている荷物。水とおやつもどきな食料……それに。


「戻るのは、難しいね。うん……」


 物音に、慌てて木陰に隠れた私の視線の先。

 見たことがない毛並みの、鹿だ。

 鹿なら草食だけど、わからない。


 全身青い鹿なんて見たことある? 私はないよ。

 そうっと動き、鹿が歩いて行ったのとは違う方向へ。

 なんとなくのカンだけど、それは正解だった。


「やった、道だ」


 見つけたのは、獣道とは違う、明らかに人の手が入った道。

 自然と足取りは軽くなり、早くなる。

 せめて人里に……そう思いながら歩く私は、確かに油断していたのだ。


「だからって神様っ!」


 恨み言を口にしても、目の前の現実は変わらない。

 出会ったのは、犬。

 痩せこけて、決して友好的には見えない相手。


『グルルル……』


「あは……私、おいしくないよ?」


 じりじりと、下がる。

 でも、こっちは森だ。下がって逃げたところで、逃げ場はない。

 バッグかリュックをかませて、逃げるか?


 視線を外さないよう、犬を向いたままの私。

 後ろから何かが走ってくる音が聞こえた。


 増援、そんな考えが頭をよぎった時、光が走る。


「え?」


『ギャウン!』


 それは犬に突き刺さって、消えた。

 手のひらほどの大きさの、ナイフにも見えたそれは、光っていた。


 犬は、叫びながら逃げていく。 

 後には、呆然とする私だけが残され……いや、結構たくさんの人がいる。


「あら? 一般人?」


「見ない顔だな。お嬢ちゃん、どこの子だ」


 突然の異世界、そして襲われたという衝撃。

 それらは、私から色々な余裕を奪っていた。


 振り返ると、たくさんの馬と、馬に乗った人たち。

 先頭の男女は、馬から降りている。


 外で出会うには、少々きれいすぎる少女と、いかにもな装備に身を包むおじさま。

 馬に乗っているのは、映画のような装備を身につけた人たちに……王子様?

 よくわからない組み合わせが、余裕のなさに拍車をかける。


「故郷は無いわ。雪……ユキって呼んで」


 かろうじてそれだけを告げた私に、2人はきょとんとした顔を返してきた。

 それが、長い付き合いになる人たちとの出会いだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ