第9話 シフトチェンジって聞いたことない?
結局、元の城に戻ってきてしまった。
最初に呼び出された塔の中。 前回と違うのは、きちんと椅子が用意されていることだ。
「貴様ロボを操縦できることを何で言わなかった!」
青い鎧のカリーナがやたら威圧的なのは変わらない。パワハラ体質なんじゃないか?
「知らなかったんだよ、まさか操縦方法が自動車と同じだなんて……」
「知らなかっただと、 適当なことを言うな!」
激高するカリーナを白い鎧のプリメラが手を伸ばして制する。
「あの加速はどうやったんですか?」
「あの加速?」
確かに、こちらが速度を上げたらこいつらはついてこなかったけど……。
「とぼけるな! あたしのランサーの3倍はスピードが出ていたぞ!」
カリーナが声のボリュームを再び上げるが、思い当たるところはない。
僕の乗ったランサーのエンジンは普通と変わらないはずだ。 少なくともサリィはそう言っていた。
「普通にギアチェンジしてアクセルを踏んだだけなんだけどな……」
「確かギアというのは根元に数字の書いてあるシフトレバーのことだな」
正確には違うけど、ある程度自動車用語は知っているようだ。
「そうだ。 それを2に入れるんだよ」
「2に入れたらエンジンが止まってしまうだろう! 1に入れてからクラッチを繋がなければ」
そりゃそうだ。普通はセカンド発進はしない。
クラッチまで知っているのに何故伝わらない?
「最初1に入れて回転数を上げてから2に切り替えるんだよ」
「???」
何故分からない? 教習所の教官よりも優しく指導してやっているのに。
それからいくら説明しても一向に伝わらない。そのうちにカリーナのヒステリーが再発した。
「貴様、表に出ろ!!」
あーあ、殴られるな、と思ったが、別にケンカ売られたわけではなかった。
城に戻されていた赤いランサーを使って実演させられたのだ。
「ほら、ここでセカンド! そしてアクセルをこう!」
赤いランサーは訓練場を疾走する。
プリメラは目をみはり、カリーナは興奮して何度も飛び跳ねた。
そこでカリーナに手取り足取り教えてやることになったのだが……。
「ああっ、くそっ! また止まった」
彼女は絶望的に不器用だった。
クラッチ、シフトレバー、アクセル。一つ一つの操作はできるが、連携させようとすると必ずどれかがお留守になる。
不器用なのはプリメラだけではなかった。
周囲の騎士達も同じように挑戦するが、ことごとく失敗し、訓練場一面がガックン、ガックンとエンストする機体であふれた。
彼らが何度も何度も失敗するのを、最初はアドバイスや声援を送っていたが、進歩に無さに、いい加減飽きてしまった。
エンストを連発する赤いランサーを横目で眺めながら、同じように隣で同僚の悪戦苦闘を観察していたプリメラに話しかける。
「そういえば、この赤い機体の持ち主はどうした?」
この世界に来て最初に目が合った少女。僕を逃がしてくれたけど、ここにはいないようだ。
「セフィは今、独房の中です」
僕の代わりに彼女が牢屋入りってことか。
僕を逃がしてくれた時の少し寂しげな顔を思い出して胸がモヤモヤする。
「僕のせいだよね」
罪状は疑う余地がない。
彼女たちは軍人のようだから罰も厳しいんじゃないだろうか。
「あなたが気に病むことはありません。あくまでも彼女の責任です」
プリメラの言葉から急に感情が消えたような気がして気になった。
「8年前にフウガが召喚されてから、あの子は彼を兄のように慕っていました。あんなガサツな男の何がよかったのかしら?」
親しかった人に似た顔の人間が処刑されるのが忍びなかったという理由らしいが、僕がその人に似ていたのはたまたまで、彼女が自分の気持ちの都合で助けただけで、僕には一切関係のないことだ。
本当にそう思えたらいいのだが……。
「彼女はどうなるんだい?」
「軍機違反は当然、命で償ってもらいます」
プリメラの言葉は明快で、友人に対しての少しの熱も感じられない。
「何も死刑にしなくても……」
僕の言葉にプリメラは不思議そうに首をかしげる。
「我が国の暗黒騎士が死んだという情報は、やがてカロウラ国の知るところとなるでしょう。明日にでも攻め込まれるかもしれない時に貴重な戦力を失うのは厳しいですが、それだけでは彼女を許す理由として十分ではないのです」
その言い分だと、他に理由を足せば助けてやらなくもない、と聴こえる。
「僕が……」
思わず余計なことを口走りそうになる。
「えっ、あなたが刑を執行するつもりですか?」
「違うよ! 僕がこの国に力を貸すのを条件に彼女を助けるのはアリなのかなって、少し思ったんだよ!」
結局、言わないでおこうと飲み込んだ言葉を吐き出してしまった。
「まあ! それならセフィを助ける条件としてギリギリ成立します。 あくまでギリギリですけど」
プリメラの声のトーンが不自然に跳ね上がり、大げさに僕の手を握った。もしかしたら騙されていたのかもしれない。
「あなたはコロナ国の暗黒騎士フウガとして前線に立って下さいね。それでわが軍の士気が大いに上がります」
いつまでこの地獄のような芝居を続けなければいけないのだろうか。
絶望感に視界が暗くなっていくのを感じた。
「それから疑われないためにも、あの加速を使って敵を5機は破壊してくださいね、あくまでギリギリなんですから」
気絶しそうだった。