第8話 パオの咆哮
パオのコックピットはランサーよりだいぶ広い。
一回腕を広げて伸びをしてから念のためチョークを何回か引いた。
頬をパチパチと叩いて気合を入れると2本の操縦桿を掴みクラッチペダルをいっぱいまで踏みこんだ。
「よし、回せ、回せー!」
僕の掛け声でシルビィが胴体下のハンドルを回す。
グオーン! グオーン!
始動の為の円盤が回転数を上げてゆくにしたがって音が高くなってゆく。
やがて回転音の高さが変わらなくなった。
「セドリーック!」
合っているか分からないが、一応しきたりに従った掛け声をかけ、クラッチをゆっくり戻す。
ギョギョギョギョー!
不快な音とともにクラッチ版がこすれ合い、エンジンに回転を加える。
キュロキュロキュロキュロ!
エンジンの上げる歯がゆい音に合わせてアクセルを踏んだり戻したりして調整しながら回転を安定させてゆく。
ドドドドドッ!!!
大型の耕運機のような音とともにパオの心臓がが目を覚ます。
「よっしゃーっ!」
ガッツポーズで雄たけびを上げる。足元ではシルビィとサリィがピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。
「はらえー! はらえー!」
サリィの掛け声で、パオの両脇にあった鉄塔が左右に移動し巨体が拘束を解かれる。
「よしっ! 出るぞー」
ギアをローに入れアクセルを踏み込む。
パオの巨大な足がゆっくりと持ち上がり、地響きを上げて踏み下ろされる。
ズシーン! ズシーン! ズシーン!
歩いている! 巨大ロボットが僕の操縦で動き出したんだ!
テンションが上がる。 寒いのに顔が熱く火照る。
四本の巨大な足は地面に転がる岩や氷を踏み砕きながら洞窟の外に出た。
パオの顔の両脇では触手のような無数の腕がうにょうにょと蠢いている。
操縦桿で自由自在に動かせるが、気味が悪いし見た目が悪い。
腕がこれじゃなければもっとカッコイイのに……。
足元では集落の老人たちが指をさして見上げてくる。
「村の守り神が目覚めたー! さすがフウガ様じゃー!」
ゴキゲンだ! 英雄扱い、悪くない。
操縦席に天井にレバーがあったので引いてみる。
「パオォォォォーン!」
パオが咆哮を上げる。最高の気分だ。
でも、浮かれるのもここまでだ。 僕には目的がある。
そう、このままどこかへ逃亡だ!
アクセルを踏み込む。
「ああっ! フウガ様、速すぎます。 もっと慣らしてから……」
シルビィ姉妹が追ってくるが無視だ。
パオのスピードならばこんな小さな集落は一跨ぎだ。
本の数分で街道まで戻ってこれた。
このまま一気に加速して逃げ出そうと思ったその時、前方から十数機のランサーが向かってくるのが見えた。
先頭はもちろん青と白のランサーだ。 なんてしつこい奴らだ。
ランサー達はパオ警戒しているのか、ゆっくり慎重に歩いてくる。
どうする? 反対方向に戻るか?
一瞬迷うが、思い直した。
こちらはランサーの何倍も大きなロボなんだ。 何で逃げる必要がある? 蹴散らしてくれる!
パオの鼻の位置にある砲身を敵に向けるべくアクセルとレバーを微調整する。
首が回らないので照準を合わせるには体ごと移動させないといけないのは非常に不便だ。
かなり手間取りはしたが、敵が接近する前に何とか照準を合わせることが出来た。
そこで我に返った。
あれっ? これであの子達が死んだりしないよね。
殺されない為に殺さないといけないと分かってはいるが、自分にその覚悟はあるのだろうか?
そもそも発射ボタンはどれだろう?
砲弾の装填は必要ないのか?
オロオロと狼狽えているうちに敵のランサーは目前に迫ってしまった。
「こうなったら、踏みつぶしてやる!」
もうどうでもいいや、とアクセルを踏み込もうとしたとき、白いランサーから身を乗り出して叫んでいる人影が目に入った。
「争う気はありません! 降りて来て下さい! こちらは武装しておりません!」