第5話アイドリングは済んだ、ロボ発進!
作業服の女がハンドルを回し、背中の円盤が再び回転を始める。
僕は足元のペダルを右から順番に踏んでみて、感覚を確かめた。
2番目のペダル、コクッ、コクッという少し軽い踏み心地。間違いない、これがクラッチだ。
先ほどロボット始動の時に感じた衝撃は、間違いない! あれは“エンスト”だ。
マニュアルミッション車を運転する人ならば必ず経験するアレだ。
円盤が再び最高速に達した時、サリィがレバーを蹴る。
「ポンティアック!!」
さっきと車種が違うじゃねーか!
心の中でツッコミつつクラッチを思い切り踏んだ。
ガッ! グォォォォーン!
高速回転する円盤がロボットの背中に押し付けられ、シートに振動が伝わってくる。
アクセルを少し踏み込む。
バリッ! バリッ! ババババッ!
エンジンがかかった!
目の前のメーターの針が動来出す。どうやら回転計みたいだ。
だけど参考にならない。僕はもともとタコメーターなんてちゃんと見たこともない。
エンジン音を聞きながらアクセルを踏み、ゆっくりとクラッチを上げていく。
エンジンの回転が機体に伝わり、鉄の巨人の足がゆっくりと動き出す。
「ああぅ! フウガ様、だめですよ! チョークを払わないと!」
サリィの悲鳴が上がるが、構わずアクセルを踏み込む。
ロボットは左右のタワーを押しのけて前に進みだす。
ガガガガガッ!
鉄骨やがらくたを引きずってロボットは倉庫の出口を目指す。
前に2本生えている大きなレバー、おそらくは操縦桿を両手で握り、動かしてみる。
ガガガガ!
ロボットの腕がだいたい思い通りに動く!
それを確認すると目の前に迫った格納庫のシャッターを引きちぎって外に飛び出す。
東に目を向けると空が少し明るくなってきている。
数キロ続く野原の彼方に森が見える。あそこに逃げ込むのが良さそうだ。
当然、サイレンの音がけたたましく響き渡った。どうやら脱走が発覚したようだ。
とにかくこの基地だか要塞だかから遠ざかろう。
自動車と違って目線が高くて違和感がすごい。
初めての感覚だけど、重機とかの乗り心地がこんな感覚だろうか?
それにしても2足歩行の乗り心地はひどい!
左右に揺れながら進むこの不安定な感覚は初体験なので平地を慎重に進む。
遮るものが無い場所は目立ってしまうが、逆に言えば追手を見つけるのも早いということだ。
振り返ると早速8機のランサーが追ってくるのが見えた。
そのうちの2機は白い塗装が施された機体でもう1機は青い塗装だ。
誰が乗っているのかは近づかなくても分かった。
追手と反対方向に進路を変えて進む。相手もそれほど早くない、色による性能の差は本当に無いみたいだ。
しばらく逃げていると前方に障害物が現れた。
「しまった! 塀だ」
ロボットの腰の高さぐらいだろうか、石製の塀が行く手をふさいでいた。
操縦を始めて1時間に満たないキャリアの僕ではジャンプで飛び越すのは無理な話だ。
方向転換して塀と平行に進む。何とか切れ目を探して脱出しなければ。
当然、追手も進路を変えて僕の頭を押さえようとする。
ようやく数十メートル先に門が見えた時、8機のランサーに追い付かれてしまった。
パイロット達の顔が判別できるほどの近距離だ。
8名のうち2名は女で、やはりあの青と白の鎧の女だった。
確か、カリーナとプリメラという名前だった。
「あなた、ロボの操縦ができたんですね。どうして出来ないなんて言ったのですか?」
白い鎧の女プリメラが微笑みながら聞いてくる。
「でも、見たところフラフラして下手くそな操縦だったぜ。あの程度じゃ生かしておく価値はねえなあ」
赤い鎧の女カリーナが笑いながら言う。
他の兵士達もジリシリと動いて僕を囲もうとしている。
何とかすり抜けて門まで走れるか?
「神官様方、相手はフウガ将軍ですぞ! こんなことをして大丈夫なのですか?」
一番端の兵士に一瞬隙ができた。
僕はアクセルを踏み込み、兵士の脇をすり抜けていく。
「あっ、待ちやがれ! 逃げられると思うなよ」
当然、奴らは追ってきた。
門を出て、やっと基地の敷地から脱出できたが、追手はすぐ後ろに迫っている。
ブオォォォォーン!
エンジンの回転数が上昇し爆音が響きわたる。
僕は操縦席を見渡し操縦桿の横から斜めに生えているレバーに目を止める。
シフトレバーはこれかっ!
昨日運転したおんぼろワゴン車に似た、コラムシフトというやつだ。
アクセルから足を離し、素早くクラッチを踏むとギヤを切り替える。
再びアクセルを踏むとシートに身体が押し付けられるように機体が加速した。
「あっ! 待て!」
背後で驚く声がするが、かまわずシフトアップして加速を続ける。
バックミラーが無いので自分で振り向いて後方を確認すると、なぜか追手は加速せずにノロノロと進み、僕との距離は開いていった。
「基地から離れるのは危険と判断したのかな?」
僕も不安になったが、ここに残ったって確実に殺されるだけだと思い、このまま逃げ出すことにした。