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第1話 崖の下は異世界でした

 煽られてる。

 走り屋じゃないのに峠ですごい煽られてる。

 こんなの聞いてないよ! 学生課で紹介してもらった座ったままでOKのバイトだって言ったのに……。

 それが真夜中の宅配だなんて。もしかしたら積荷のブツはなんかヤバイものじゃないだろうか。

 配達用の車は自前で用意しろなんて言うのも初耳だよ。

 うちにあるのは親父の廃車寸前のポンコツワゴン車だけなんだよ。

 全く聞いてないよ! 配送先がこんな山奥だなんて……。

 実家が豆腐屋で、時々配達を手伝うから車の運転にはそれなりに自信はあるけど、公道バトルは未経験だよ。

 なんで僕をあおる必要があるんだろう? 生まれながらのいじめられっ子オーラが車外にまであふれ出てるのだろうか?


 道は暗い。視界は最悪だ。

 少し前から雪が降ってきたのか、フロントガラスに雪の粒が付着するのが分かる。


 後ろには白いハチロクGR。凶悪な顔のフロントが迫っている。

 僕の運転するワゴン車の何が気に障ったのか、バンパーに当たっているんじゃないかと思うくらいぴったりと付いてくる。

 勘弁してください。一般人なんです。時速40Kmで今にも横転しそうなんです。

 つづら折りの山道を何度か横転しそうになりながらも懸命に逃げる。


 もう限界!

 4コーナー目でタイヤがグリップを失う絶望的な感覚を尻に感じながら意識が飛んでいく。

 コントロールを失ったポンコツワゴン車はガードレールを目指して一直線に跳んでいった。


 --------------------


 一瞬気を失っていたのだろうか、意識を取り戻した僕は何故か自分が立っていることに気が付いた。しかも目を閉じている。

 ゆっくりと瞼を上げると、目の前にあったのは青白い少女の顔だった。

 10代半ばくらいだろうか、華奢な体を騎士のような赤い鎧のようなもので包み、編み込んだ金色の髪を銀色の兜が覆っている。

 美少女だ。


 僕が立っている場所は6畳ほどの狭い部屋で、大理石を敷き詰めた神殿のような白い部屋だった。

 足元に目をやると、大きな円と、その中に複雑な図形が描かれていて、それが青い光を発している。

 僕はちょうどその円の中心にいて、図形はまるで僕の立ち位置を指定しているように見える。


 部屋には僕の正面に立つ娘のほかに2人の少女が立っていて、鎧の色は違うが、みんな同じような中世の騎士みたいな恰好をしている。

 目の前の少女は僕の顔をまっすぐに見つめている。ルビーのようなその赤い瞳はいっぱいに見開かれているが、驚いているというより別の感情がこもっているように見えた。

 そう、それは“絶望”。

 僕には彼女が絶望しているように見えた。


「わ、私のせいだ……」


 顔を歪め、絞り出すように声を発した少女は、踵を返すと逃げるように駆け出し、部屋の外に出て行ってしまった。

 残されたのは呆然と立ち尽くす僕と、気まずそうに目をそらす2人の少女だった。


「セフィの奴、だからフウガのことは考えるなと、あれほど言ったのに……」


 青い鎧の少女が忌々し気に吐き捨てる。

 気の強そうな鋭い目つき、青い瞳の視線の先が、出て行った少女と僕を交互に行き来する。


「今更言っても仕方がないでしょカリーナ、今はこの人をどうするかでしょ。本当にただの無能か確かめないと」


 白い鎧の女がそう言って僕の方を見る。

 優しそうな声と表情。ただし、その灰色の瞳の冷たい光は隠せない。


 歓迎されていないのはなんとなく分かる。もっとも19年間の僕の人生の中で歓迎された記憶なんてほとんどないのだが……。


 僕のいるこの部屋は3方向に窓とバルコニーがあり、硝子ははまっていない。

 吹きっさらしだが、風は冷たくないので寒くはない。春の気候だ。

 気を失う前までは冬の夜中だったので、ギャップの激しさが現実感を失わせる。


 窓から見える風景は都会ではなく森みたいだ。見えている木の感じから高い所にある部屋みたいだ。

 多分、塔みたいな建物の高層階の方だろう。

 どう考えても事故にあった人間を運び込むには不自然な場所に見える。


「君たち、ここはどこだ! 病院じゃないのか、どうやってここに……ヒッ!」


 いきなり僕の喉元に刃物が突き付けられた。青い鎧の女が剣を抜いたのだ。

 太くまっすぐな刀身がどういう仕組みなのか薄緑色の光を放っている。


 ゴトッ!


 女が剣から手を放し、床に落ちた剣が少し異様に感じるほど低い音を立てた。


「拾え」


 青い鎧の女の声は冷たい。

 恐る恐る、ゆっくりと剣に手を伸ばす。

 重い! 重すぎる。見た目に反して馬鹿みたいに重い。


「プリメラ、こいつやっぱりダメだ、剣が持ち上がらない、剣士の力がない!」


「魔力も全く感じないわ。もしかしたら、もしかしたら騎士の力だけがあるのかも知れないわ、本当にもしかしたらだけど……」


 それを聞いた青い鎧の女は床でへばっている僕の襟首を掴むと、バルコニーに向かって引きずって行く。


「うわっ! こら、やめろ」


 見たところそんなに太くもない腕なのになんて力だ!

 このままだと下に投げ落とされるかもしれないと思い、ジタバタと手足を振り回して抵抗するが容易く引きずられていく。

 放り投げられた僕は腰の高さ程しかないバルコニーの手すりに両手でしがみついた。


「あれが何か分かるか」


 青い鎧の女が指をさす方向を薄目を開けて恐る恐る見下ろす。

 土煙を上げて数人の太った人影がゆっくりとした動きで行進をしている。

 槍のような物を抱えているので兵隊のようだ。

 兵隊の足元を小さな物体が動き回っている。犬か何か動物だろうか。それにしては形が少し変だ。

 瞬きをしてよく見返してみると、その小さな物体は人の形をしていた。

 そして、いままで兵士だと思っていた人型は、実際には人の3倍の大きさはあるであろう巨人だった。

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