02
「レスティア?」
森の湖畔、意味のわからない魔法陣に巻き込まれ、飛ばされた先で俺の目の前にいたのは今は亡き、異世界の勇者レスティアの姿であった。
「……成功だわ!」
すると、目の前にいたレスティアが突然嬉しそうに声をあげた。
「ははは……俺はもう死んでいたのか」
しかしカナタの耳にはそんな嬉声は入ってこない。
「まさか天国のような場所があるとは。てっきり世界は輪廻転生によって絶えず廻っているものだと思ってた。それにまさか天国で彼女に会えるなんて……不幸中の幸いか……」
カナタは一人、この非現実的な現象について考察する。
「やった!成功だ!」
「これで我々は救われる!」
だがこちらもまた、そんな俺を他所に、周りにいた人々があちらこちらで歓声を上げていた。
「まさかこんな高位の人型使い魔を召喚できるなんて。この陣は本当に凄いものだったわ、お爺様……」
目の前にいたレスティアは手を組み祈るように呟く。
「おいレスティア、どうしたんだ?お前は孤児だったはずだろ?それに使い魔って?」
だが唯一耳に入るレスティアのその不可解な呟きに、カナタはふとレスティアに疑問を抱く。
「そういえば紹介がまだだった……」
レスティアはそのカナタの疑問に、そう何かを思い出したように呟くと、一度自身の身なりを軽く整える……そして──
「私はレスティア・クルーゼンシュテルン。このエストニアの魔女にして最後の魔女、そして使い魔であるあなたのご主人様よ」
「あはは…使い魔でご主人様って冗談きついよレスティア……それに君は魔女じゃなくて勇者だろ?」
そんな冗談めいたことをいう目の前にいるレスティアに、カナタは弱々しいものの笑顔で答える……しかし──
「それにエストニアって……」
だがそんな愛想笑いも束の間、俺はふとレスティアの言った言葉の可笑しさに気づく。
「エストニアって確か地球にあった国の名じゃ……」
「おーい」
その名前は、どこか聞き覚えのあるものだった。
「嘘だろ……。なあ、冗談だよな?」
「もしもーし、聞こえてる?」
漏れる独り言。
「それに俺は地球では一度死んだんだ……」
「こちらレスティアこちらレスティア、応答願います。どうぞ〜……」
横から……いや、厳密に言えば前からであるが、何か聞こえてくる声を思考からシャットアウトし、カナタは一人、ブツブツと小さな声を漏らしながら徐々に、次々と彼へと齎される理不尽な混乱を整理していく。
「レスティア……いくつか質問があるんだがいいか?」
「え……ええどうぞ。あなたも知らない場所に召喚されて混乱してるだろうし、使い魔とのコミュニケーションは大事だって書いてあったからね」
そしてようやく、頭の中の混乱の大部分を仮に整理し終えたカナタは不足し過ぎている状況を把握するため、目の前にいるレスティアへと質問を投げかける。
「俺は生きてるのか?」
「?当たり前じゃない。私はゴーストの使い魔なんて嫌だし、陣の説明にはちゃんと召喚対象は生物に限定するものだって書いてあったから間違いないわ」
レスティアはそのカナタの意味不明な当然の質問に眉をひそめながらも答える。
「そ、そうか……。じゃあ次の質問を……」
しかし、そういったカナタは突如口をつぐみ、直ぐには質問をしなかった。
「どうしたの?ほら、なんでも聞いて?……あ、スリーサイズとかはダメよ!」
そして突如口を噤んで話さなくなったカナタに「なんでも聞いて」と言い胸を張りながらも、最後に言った自分の言葉を思い出し顔を赤くするレスティア。
『もしYesと言われると思うとこの質問はしたくないが……しかし……』
「なあレスティア……ここは地球という星か……?」
「そうよ?……なんで知ってるの?」
「……」
しかし返ってはこない返事にレスティアはふと懐から古びた一つの本を取り出し「意思交換効果はあるって書いてあったけどこの世界の情報を付与するなんて効果あったっけ?」と眉間に皺を寄せながら、その古びた本と睨めっこをしていた。
「俺は生きている」
「そしてここは地球……」
『ここにはもう二度と帰ってこないと思っていた。あんな死に方をして、裏切られたんだ……異世界でもそれは変わらなかったが、あっちではこっちよりも大切な人たちができたんだ……!』
葛藤……
カナタはその事実に葛藤する。
「悪夢だ……」
決して受け入れたくはない現実が今、直に起こっている。
『夢じゃないのか?』
確かに先ほど体験した現象は、魔法とはいえ、幾ら何でも非現実的なものだった。
しかしカナタはこちらに来て最初、状態異常回復魔法である《リフレッシュ》の魔法を唱えている。この魔法はあらゆる状態異常を治す。それは悪夢も例外ではない。そのことから、これが少なくとも並大抵の幻覚や夢の類ではないことを悟る。
「本当に、戻ってきたのか……」
周りでは未だ、大部屋にいる人々は喜びに湧き、おそらくこれまでの情報から、召喚者であろうレスティアはその古びた本を読むのに夢中だ。
「恨むぞ……神様……」
そしてその小さな……本当に小さな呟きは、おそらく誰にも聞こえなかったであろう。