余波
「ま!魔王様!」
凄まじい勢いで飛び込んだ魔族の秘書が見たものは、寝所でサキュバス達の嬌声を響かせる魔王の姿だった。
しかし秘書が扉を開けた事に気付いたのか魔王はその背中をゆっくりと起こしていった。
そこには強固な角や逞しい翼があり、張り巡らされた鱗は触れるだけで全てを引き裂こうとするように輝いていた。
その鱗でいくらか切ったのか傷だらけで快楽に悶える数多のサキュバスを見て、秘書は腹の奥に深い熱を感じた。
「なんだ?お前も混ざりたいのか?」
「い、いえ違います!王国を監視していた者から尋常ならざる魔力の放出を感じたと報告が」
「どの程度だ?魔法の種類は?やったのは仲間の誰かか?」
魔王は片手で顎のような部分をさすりながらもう片手で力なく倒れたサキュバスを弄んだ。
「規模は王国の魔法研究所の施設が破壊されるほどと……純粋な魔力の放出であり種類はなく、行った魔族の報告もありません」
「つまりうちのはみ出し者か長耳族かの仕業ってことになるなぁ……」
弄ばれていたサキュバスに魔王は魔力を補充して再び嬌声が部屋に響くようになり、秘書は替えの下着について少しばかり考えざるを得なくなった。
「で、ですので早急に対策を……ひっ!」
その時、秘書の眼前は逞しいという言葉では語りつくせない雄の肉体に覆われた。
「それは俺を、この魔王を滅ぼしうる脅威か?」
「あっ……はぁ、はぁ……いえ……そのようなことはこの世にあり得ません」
魔族として究極の美と言える肉体に秘書は息を荒くし、頬を染め上げた。
「じゃあそいつは後回しだ」
「あっ」
このあと魔王の寝所に嬌声が一つ増えた。
「族長様!族長様は居られるか!」
「なんじゃ騒々しい……」
大樹が何本も育つそこに建っている集落の中を一人の長耳族が族長を探して回っている。
すると小屋の中から特別耳が長く目元まで白髪で覆われた髭の長い老人の長耳族が出てきた。
「探しておりました!雲が!雲が大変なのです!」
「だーから!どう大変なんじゃい!」
「そ、それが雲に膨大な魔力が収められており……」
「なんじゃそんなことかい……って膨大とはどんくらいじゃ?」
「それが……私はおろか村中の民が観測できるほどの魔力を持っており……って族長!」
族長はそれを聴き終える前に飛翔魔法で空へと飛んだ。
そこにはかつてないほど水と雷の魔力の奔流が見えた。
「なんじゃ!!あれは雲ではない!魔力そのものが自然現象へと変化しておる!」
「お爺様!」
その時下の方から金髪の長耳族の少女が空に昇ってきた。
「孫や。あれをどう見る」
そう言われた少女の青い目が一層青く輝く。
「あれは王国から流れてきたものです!」
「なるほどう……ワシとお前の力であれを消すことは出来んか?」
「無理だと思います。出来てもこの森からあの雲をそらせるのがせいぜいかあるいは……」
「森林の手前にある土童族の山に降らせるか……安全を考えるなら降らせるのが一番か……しかしそのあと土童族になんと言えばいいやら……」
「そもそもこれは王国の仕業です!後でそう説明してしまえば!」
「なるほど……悪意はしかるべき場所へ、か……では早速取り掛かるとしようかのう!」
「はいっ!お爺様!」
その後二人は集落に戻り事情を説明した。
それからしばらくして土童族の鉱山。
「おーい」
「なんだー?」
「あの雲なんかおかしくねぇかー?」
鉱山の上空にはかつてないほど暗く、そして稲光の音がする雲が流れ着いていた。
「てーへんだー!」
「なんだー?」
「長耳族が教えてくれたんだけど今からこの鉱山に……」
そう言った直後空から雨水が落ちてきた。
「てーへんな事が起きるって……」
「おい雨音で聞こえねー!」
「な、なあこの雨の量はやばくねぇか!?」
「に、逃げろーー!!」
次の瞬間山の山頂から水の奔流が襲ってきた。
多くの土童族の鉱夫が流されかけたが近くまで救助に来てくれた長耳族の協力もあり殆ど被害者は出なかった。
しかし鉱山はその殆どが水没してしまい壊滅的打撃を負ってしまった。
「ど……どうしてこんな事に……俺たちが何をしたっていうんだ!」
「俺たちはただ鉱石を王国に売ってただけだ!山神様を怒らせるようなことは決してしなかったはずだぁ!」
嘆き悲しむ鉱夫やその家族達に長耳族は優しく介抱していた。
そして長耳族と土童族の長同士の会談が行われることになった。
「いやぁ儂等土童族は力に優れていても魔法のことはさっぱりですがね?先ほどの話が事実だってぇとつまり……」
「そうじゃ……王国が何かしらの魔力暴走、あるいはそれに近い何かを起こしたがためにこの山はこんなことになってしまったんじゃ……」
「山神様に聞きてぇところだがうちの娘じゃあまだ山神様の所へは行けやしねぇ……今はあんたらの言うことを信じるしかねぇようだな」
「どうか信じてくだされ……なに、我ら二部族が組めば王国も話を聞かざるを得まいよ」
土童族の出しそびれた手を掴み握りしめる長耳族族長の手には汗が滲んでいた。
魔族は未だ動かず。
しかして二部族は連携し、反目を企んでいる。
この状況に守は風穴をあける事ができるのか?