力
月も見えない森林の夜。
大勢の屈強な男達が俺の周りで武器を構えている。
それほど身なりは良くないことから、彼らが盗賊だと少年は感じた。
それぞれ怒号を上げたりこちらを嘲笑ったりしている。
当然だろう。
自分には大勢の仲間。
相手は成人したばかりに見える、武器も持ってないガキ一人。
失敗など万に一つも起きない状況だ。
「あいにくお前さんを殺すように依頼を受けててな。死んでもらうぜ!」
賊の中でもリーダーの様な男が少年に告げる。
「……これなら大丈夫です。本気でも手加減でもないレベルで戦える」
群衆の誰に伝えるでもなく、居もしない誰かに囁く様に呟いた少年の声は周りの怒号にかき消された。
今にも向かってきそうな彼らを前にニヤリと笑う少年。
「やれ!」
リーダーの一声をきっかけになだれ込む様に、山賊どもは少年に攻撃を仕掛けた。
賊のリーダーはしばらくしても終わらない一方的な虐殺に違和感を感じていた。
遅い。
ガキ一人殺すだけなら遊んだってここまで時間はかからないはずだ。
リーダーは耳に聞こえる音にも異常を感じた。
武器を持ってない相手を攻撃しているはずなのに、何かに弾かれて居る様な金属音が延々としている。
それにガキの悲鳴一つ聞こえない。
その時、少年がいた場所を中心に空間が真っ赤に染まった。
リーダーは何が起こったか一瞬理解出来なかったが、その赤が血である事を理解した。
「ひっ!」
「な!なんだこりゃぁああ!」
あまりの事態に呆然としていたリーダーだったが部下どもの悲鳴で瞬時に少年に対する認識を改めた。
「逃げろ!アイツは……」
その直後さらに広範囲が真っ赤に染まる。
リーダーの伸ばした右手がその衝撃の中で消し飛んだ。
「っ!!っがあぁあぁああ!!」
リーダーは失った右手を庇いながら、血染めの泥の上を無様に転げ回った。
もう部下の悲鳴も聞こえない。
全てあの「何か」に吹き飛ばされたに違いない。
痛みに少し慣れ周りをうかがうと、目の前でリーダーを見下ろす様に少年が立っていた。
「ヒッ!……た、頼むっ!命だけはっ!」
「そう言ったやつをお前達が一人も殺して無いのなら助けてやったが……違うよな?」
少年は何も相手に感じさせない様な顔で山賊のリーダーを見下ろしながらそう告げだ。
次の瞬間山賊のリーダーも部下の仲間入りをした。
少年以外の人間はいなくなってしまった。
「しかし体に張った障壁を使うだけで、たやすく人殺せちゃうとかどんだけだよ俺の力……」
少年は宙に浮いて森の中の明かりを探すすると森の奥に僅かな明かりが見えた。
少年はそこに向かって飛んで行った。
「依頼の子は……」
瞬く間に入口の見張りを、それに続いた山賊も全員片付けた後、少年は簡素な建物の中を探って回った。
「……地下か」
生命の気配を地下から感じた少年は、足元をくまなく調べ地下への入り口を見つけた。
蓋を開けた瞬間、汗や汚物の混じったすえた臭いが少年の鼻を襲った。
しばらく進み曲がり角を曲がると。
「あーあー」
「……これは」
そこにはあざや傷、汚れにまみれた全裸の少女が片手を鎖に繋がれていた。
その腹部は若干膨らんでおり、ここでどんな目にあわされてきたのか想像に容易かった。
鎖に繋がれてない方の指をしゃぶりながらどこを見るでもなく目をキョロキョロさせていた。
「あ?あー」
開いた口は全ての歯が抜かれている。
そのとき少女の股から水音がした。
「あっあっ……あー」
少女の心は完全に壊れていた。
しかもそれは彼女一人ではなかった。
何人もの女性が鎖に繋がれていた。
その全員が似た様な状態だった。
少年は全員の安否の確認を終えると、また誰に聞こえるか聞こえないかの声で喋り始めた。
「……様、俺はどうすれば……」
少しの間少年がぼうっとその光景を眺めていると急に少年は驚愕し、また居もしない何かに喋る。
「しかしそれでは!……はい……そう、ですか……
」
少年は少女の頭を撫でた。
いつから洗ってないのか、その髪はごわついていた。
「すまない。俺にはみんなを救う手立てがない」
そう行って立ち上がると少年は目を閉じた。
「大丈夫、一瞬で済ませるから」
少年がそう言って微笑む。
「あー?あー!」
その瞬間、少年は少女が笑った気がした。
それを見届けた直後に地下は真っ赤に染まり少女達の姿はこの世から消え去った。
「……これで、よかった……んですよね?」
誰もいない空間で少年の発した言葉に返答するものはいなかった。