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昔とった杵柄

 馬車はローバートとセシーラを乗せて国境近くの村に到着した。

途中、休憩を挟んだが、ほとんど馬車に揺られていた。

普通の王女なら文句を言っただろうが、セシーラは多少のことでは動じない。


「今日は、この村に泊まる。戦禍は免れているが、他の村や町から離れているせいか発展させにくい」


「はぁなるほど」


 セシーラの目から見れば、田畑や牧場もあり、冬になれば雪も降るだろうが道が整備されているため陸の孤島にはならないだけでも都会だ。

少し行けば鉱山になりそうな山はあるものの鉱脈が見つけられていないから産業も発展しない。

人員を割いてまで探索すれば、赤字になることは明らかだった。


「ようこそ、おいでくださいました。村長のカジムでございます」


「一泊をすれば次の村に行くため歓待は不要だ。それよりも村の財政などを聞かせてくれ」


「はい。ご用意してございます」


 ローバートが各村を視察に訪れることは有名で、その際の受け入れ方法も事前に通達されている。

ほとんどが一泊か二泊で出発するため本当に視察だけだ。


 取り残されたセシーラは当てもなく村を歩く。

着ているドレスが貴族のものではあるが、セシーラの雰囲気が貴族らしくないため村人も一瞥するもののすぐに仕事に戻ってしまう。

仕事の邪魔をしたいわけではないからセシーラも心置きなく探索する。


「いい村ですね」


「そうね」


 セシーラが目的もなく歩いていると一軒の家からセシーラと変わらない年の男の子が飛び出して来た。

思わずぶつかりそうになるが、持ち前の反射神経と癖でセシーラは避けてしまった。

少年もぶつかりそうになったのは気づいたが、それが身分のある令嬢だとしって驚いた。


「・・・お怪我はございませんか?」


「えぇないわ。ジューン」


「お貴族様がこんなとこ歩いてるなんて思わねぇもん」


「そうね」


 いくら田舎でも貴族にぶつかってーーぶつかりそうになってお咎めなしと楽観的な考えはない。

セシーラは特に何も咎めるつもりはなく、このまま散歩を続けようとした。

そこに少年を追いかけてきた少年の母の怒鳴り声が響く。


「こらっ、薪割りと水くみが終わってないでしょ。遊びに行くのは・・・・・・これは、失礼しました。うちの息子が何かしましたでしょうか? どうぞ、ご慈悲を」


「いたっ」


「ほら、頭下げなさい」


「・・・・・・」


 こんな貴族対応をされたことがないセシーラは困ってジューンに視線を送った。

自国では王族が歩いていても誰も気にしないし、何かあれば用事を言いつけることだってある。

セシーラの困惑が手に取るように分かるジューンは、一歩前に出て母子に頭を上げるように促す。


「姫様は、不問にすると仰せでございます」


「ありがとうございます」


 母親の方は感激のあまり涙まで流していた。

何もなくても処罰されることもあるなか、セシーラの対応は感謝では収まりきらないものだった。

何事もなかったかのようにセシーラは歩き出し、泊まる宿に帰った。

まだ、村長とローバートの話は続いているのか夕食は一人きりだったが、特に不満を持つこともなく黙々と食べる。


 事前の知らせにより食事は普段の民の食事を再現するようにと通達がされているので、フルコースなどではない。

それでも王族を迎えるのだからと豪勢にはなっていた。


「ねぇジューン」


「なんでございましょう」


「お肉が・・・塩漬けじゃないわ」


「このあたりでも塩漬け肉は雪深い年に食べる非常食だそうです」


 塩漬け肉が無ければマショワル王国では肉が食べられない。

自国で作るには限界があるため輸入品の大半は塩漬け肉だ。


 ローバートと顔を合わせることもなく、就寝したセシーラは王国にいたときと同じように日の出とともに目を覚ました。

寝ぼけた頭で井戸に水を汲みに行こうと廊下に出たところで不寝番の兵に驚かれた。


「せ、セシーラ様・・・何かございましたか?」


「何かって?」


「いえ、お部屋に・・・何か・・・・・・その」


「セシーラ様、おはようございます」


 見つめあったまま困ったセシーラと兵に声をかけたのは、顔を洗うための湯を取りに行っていたジューンだった。

セシーラが朝早くに起きて廊下にいる理由に合点がいったジューンは、何事もなかったかのように部屋にセシーラを押し込んだ。

兵も何も見なかったことにするということで平穏を取り戻した。


「姫様」


「そうだったわ。もう朝に水を汲みに行かなくてもいいのよね」


「そうではなく、そもそも朝早く起きる必要もございません。起きたとしても部屋から出てはいけません。そんなことをすればセシーラ様付きに後々なる侍女は休むことができなくなります」


「気を付けるわ」


 長年の習慣というものは抜けず、早起きをして水を汲み、鶏に餌をやり、乳牛から乳を搾り、とすることは山ほどあった。

明日からは起きても外にでないようにしなければいけないが、習慣を直せる気がまったくしなかった。

今日は起きたのだからと気分転換に散歩をすることにした。


 環境が変わり心を落ち着かせるためだと兵には伝えて、ジューンと二人で当てもなく村を歩いた。

朝が早い村人でもまだ起きているのは半数ほどで、その中に昨日、セシーラがぶつかりそうになった少年の家の前を通った。


「えぃ」


 薪割りをしているようだが、やり方が悪いのか斧が薪に刺さりもしない。

削れて木屑ができるばかりで、薪割りには一家言を持っているセシーラは黙っていられなくなった。


「なってないわ!」


「うわぁ、昨日の・・・何だよ、いきなり」


「薪割りの仕方がなってないって言ってるのよ。いいから貸してみなさい」


 問答無用で斧を奪うと、セシーラは簡単に振り下ろし直径二十センチメートルは超える丸太も真っ二つになった。

自分より腕力のないセシーラが割ってみせたことに少年は驚いて固まってしまう。


「いいこと、力任せにしたって割れないのよ。薪割りは全身の力を無駄なく使う高等技術なんだから」


「すげぇ」


「見てなさいよ」


 マショワル王国で下の子に薪割りを教えたこともあるセシーラは調子に乗って薪をどんどん割っていく。

そのうちに最初は割れなかった少年もコツを掴んだのか効率よく割っていく。


「すごいじゃない。こんなに早くできるようになるなんて」


「べつに」


「あっ、そろそろ戻らないと」


「お前、お姫様なんだろう? 何で薪割りができるんだよ」


「どうしてって・・・働かざる者食うべからずよ」


 思ったより指導に熱が入り、太陽はすっかり上っており宿ではローバートも起きているころだ。

勝手にいなくなったわけではないが、個人行動は慎んだ方がいいだろう。

速足で戻ろうと踵を返したときに視界にローバートがいた。


「へ、へいか」


「・・・朝食の時間だ」


「は、はい!」


 朝の散歩に出てから戻っていないという報告を受けたローバートは、視察を兼ねてセシーラを探した。

そこに元気なセシーラの声が聞こえ、薪割りを指導しているという場面に遭遇した。

ジューンはローバートが来たことをセシーラに伝えようとしたが、ローバートに制止されてしまった。


「ずいぶんと手馴れていたな」


「薪割りですか?」


「あぁ。私が軍に入ったときも、あの少年のようになかなか割れずに手こずった」


「私も最初はそうでした。でも割らないと冬を越せずに凍死ですから死に物狂いです」


「死に物狂いか」


 セシーラの言葉にローバートは腹を抱えて笑った。

笑われるようなことを言った覚えはないセシーラはジューンに助けを求めた。

ジューンは小さく首を横に振って、ローバートの笑いが収まるのを待った。


「こんなに笑ったのは久しぶりだな。そうか、そうだな」


「あの、陛下」


「セシーラ」


「は、はい」


「朝食を摂ったら、あの山まで行こうと思う。鉱脈になり得る可能性があるが、調査が進んでいない。“石の加護”で鉱脈を見つけて欲しい」


「お任せください!」


 よく分からないが鉱脈を見つけて欲しいというなら見つけるまでだ。

セシーラの“加護”では見つけるのではなく、作るということもできるが、今回は見つける方がいいだろう。

ろくに整備もされていない山では馬で上ることもできず、徒歩なのだが付き添いの兵があまりの悪路に脱落する中、ローバートとセシーラ、そして、ニールとジューン、ジョーナは平然とした顔で登った。


「このあたりですと、地盤崩落もなく、それでいて長く鉱脈として使えると思いますわ」


「そうか・・・だが、我が国の兵は情けないな」


「重い剣を下げていらしたので、無理もありませんわ」


 セシーラは心からフォローを入れたが、そんなセシーラは山を歩くには不向きなドレスとヒールという装備で涼しい顔をしている。

子どものころからドレスで駆けずり回ることになっていたので、今更、山歩き程度で疲れはしない。

置き去りにされたことで休んだ兵たちは宿に戻ると休む間もなく出発することになった。


 ただ、違うのは馬車に兵が乗り、馬上にローバートとジューンとジョーナ、馭者台にセシーラとニールという組み合わせだった。

馬に乗るだけの体力が回復していない兵を待っていられるほど日程に余裕はない。

渋る兵たちを馬車に押し込んで出発するという前代未聞なことが起きた。


「・・・馬に乗れるのだな」


「はい、発言の許可をいただけますでしょうか」


「許そう」


「王国に繋がる道は辛うじて馬車が通れるほどでございます。有事の際は馬を走らせることができるようにと城勤めの使用人は習うことになっております」


 セシーラも一人で乗ることはできるが、そこは王女であることで馭者台に座ることになった。

一番体力のなさそうなセシーラが一番体力があるということに帝国の兵たちはプライドがへし折られていたことにセシーラは気づいていない。

山の中を暗殺者から逃げ回っていたのだから体力は自然とあった。


「そうか。有事の際とは?」


「・・・お産のときです。ある程度までは国の産婆で事足りますが、難しいお産となると医師にお願いすることがあります。三十五年前ほどに難産のお産があり、ある使用人が医師を背中に括り付けて戻り、無事生まれたということがございました」


「そうか」


 有事の際というのが戦争を思い浮かべたローバートだが、それが出産のこととは思いもよらなかった。

そのときの医師は災難だったとしか言いようがない。

それからは医師を括り付けなければいけないような出産はなく、無事に子どもの数を増やしている。


「・・・陛下」


「あぁ」


「私とジョーナが囮になります」


「しかしだな」


 木々の隙間からこちらを窺う集団が見えた。

人気のない街道であるから山賊だということは分かったが、護衛の兵たちはまだ馬車で屍と化している。

ニールはローバートに声をかけて注意を促し、ジューンとジョーナは囮になることを伝えた。

山賊ごときにジューンとジョーナが遅れをとることはないが、女二人を囮にするというの寝覚めが悪かった。


「馬に乗っておりますゆえ、逃げることはできます」


「陛下、ここは二人に任せた方が、よろしいと思われます。何よりも御身を大切になさってください」


 他に最善の策もないためローバートは馬を走らせた。

その後ろをニールが馬車で猛追する。

その動きに気付いた山賊たちが襲いに来るが、ジューンとジョーナに行く手を阻まれて思うように進めない。


 山賊の規模が小さいことで制圧することは簡単で、あっさりと決着がつくとジューンとジョーナは先に行ったセシーラたちを追いかける。

痺れ薬を塗った吹き矢で山賊たちを動けなくしたり、わざと外すことで行く手を阻んだりと山賊は彼らの敵にはなりえなかった。


「姫様、大丈夫かしら?」


「そうね。ニールが止めてくれていればいいけど」


 命の危険は全く気にしていない。

むしろセシーラが思わず反撃していないかが心配の種だ。

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