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寝耳に水

 日の出と共に起き出す王族の生活は、普通の庶民と変わらない。

朝食もそこそこに鍬を持って畑を耕したり、冬のために薪割りをしたりと王族であっても忙しい。

だが、その日は違っていた。

王である父から報告があると言われた。


「今日、ナルキエンス帝国から求婚の申し出があった。“石の加護”を持つセシーラを嫁がせるようにとのことだ」


「お、お父様、それは本当ですの?」


「あぁ本当だ。セシーラ、迎えが来るとのことだが、一刻も早く向かってくれ。以上だ」


 父親がそこまで嫁がせるのを急がせるのは、求婚すれば多額の支援を受けることができるからだ。

近年は、セシーラの見つける宝石で多少は潤ったが、現金の扱いやすさを求めた。


「いえ、迎えは待った方がいいのではありませんか?」


「良いから出発するのだ。どうせ道は一本しかないのだから入れ違いにもならん」


「ですが、ここまで来てくださった方々を労うのも必要なことではないでしょうか?」


「えぇい、ここでグダグダ言っているうちに出発すれば良いだけのことであろう。少人数ならば到着も早い」


 何を言ってもだめだとセシーラは仕方なく出発のための準備をすると言って席を立った。

兄姉たちが同じように父親に進言するが全く聞く耳を持たない。

セシーラは護衛のニールと侍女のジューンとジョーナの三人だけで出発した。


「・・・・・・まさか、今日の今日で出発させられるとは思わなかったわ」


「仕方ありません。陛下は姫様を外に出したくて出したくて機会を狙っていたのですから」


「だからと言って、せめてお母さまとお別れくらい言いたかったわ」


 部屋に戻ると父親付きの侍女が荷物を纏め終わったところで、表に馬車を用意しているから出てくれと言われた。

御者はいないため、ニールが務めることになり、無言の圧力の結果、出発することになった。


「ニールが宝石を見つけても出すのを少しずつにしろって口を酸っぱくして言ってたじゃない? お父様は宝石が欲しかったのよね」


「おそらく今あるものを全て売り払って左団扇で暮らすおつもりかと。王とは名ばかりで民と同じように鍬を持っていることに我慢ならなかったのでしょう」


「宝石だって無尽蔵に出るわけでもないのに」


「おそらく姫様の“加護”だということを忘れていらっしゃるのかと。それよりも姫様、帝国に着かれましたら大人しく、くれぐれも大人しくしてくださいませ」


「大丈夫よ。大人しくするわ」


 暗殺者として鍛えている三人は馬車でずっと移動した程度で疲れるはずもなく、山歩きで足腰の丈夫なセシーラが普通の姫のようにひ弱なわけもなく、順調に馬車は、ナルキエンス帝国とマショワル王国の間にあるワルダナ公国に差し掛かった。

迎えという馬車に出会うことなく来てしまい、このまま進んでも良いものか迷う。

父親は言っていないが、迎えは来年の夏に到着予定だと手紙には書いてあった。

今は、それよりも半年前の冬だ。


「どうされます?」


「ワルダナ公国に入って、お手紙を出してみましょう」


「・・・届くといいですけどね」


 ワルダナ公国は、それぞれの貴族が国家的権限を持っているため、公国内の移動だけでも許可証が必要で、手紙も検閲される。

セシーラは簡単に手紙を出すと言っているが、届く可能性は低かった。

ジューンは優しさから何も言わずにいた。

日も暮れだしたため馬と馬車を預けられる宿を探す。

そんな宿は泊まる代金も高いが、道中にセシーラが換金しやすい大きさの宝石を見つけているため路銀には困らない。


「明日には領主のところに行って通行許可証をいただきましょう。まぁ会ってくださればいいですけど」


「そうね」


「さぁお休みください。疲れた顔では失礼になります」


「うん」


 一応、ジューンとセシーラが同室で、隣にニールとジョーナが泊まっている。

セシーラ以外は三交代で、護衛に当たった。

朝になると、セシーラは持っている服のうちで一番きれいな服を着て領主の屋敷に向かった。

マショワル王国の王女であるという証明書は持っているが簡単に会えるとは思っていない。

案の定、門前払いになり、セシーラは次の手を考えるために街を歩いた。


「やはり簡単にはいきませんね」


「そうですね。姫様が本当に王女であっても国交のない国の姫ですから会う必要はないと思われたのでしょう」


「困りましたね。強行突破は可能ですが・・・」


「絶対にだめですからね」


 どうするか名案がないまま街を歩く。

離れたところにニールとジョーナが周りを警戒している。


 女性の悲鳴が後ろから聞こえてセシーラは振り返った。

身なりのいい女性が持っていた宝石のついた鞄を引っ手繰った男が走ってくる。


「どけぇ」


「・・・ジューン」


「はい、姫様」


 セシーラを庇うように自然に前に出たジューンは、隠し持っていた棒で男を転ばせて、首の後ろを叩いた。

勢い良く転んだ男は、近くの噴水に落ちた。

そのときに持っていた鞄はセシーラの足元に落ちており、それを拾ったセシーラは土を払ってから女性に返す。


「あぁありがとうございます」


「いえ、お怪我がなくて良かったですわ。とてもきれいな宝石ですわね」


「ありがとうございます。お礼をさせていただきたいわ。わたくしは領主の妻のリュシリーと言います」


「わたくしは、マショワル王国のセシーラ第八王女です」


 まさか助けてくれたのが隣国の王女だとは思わずリュシリーは驚いたが、そこは貴族夫人の矜持で自然にセシーラを案内した。

門番は門前払いをした令嬢が夫人とともに帰って来たことに一言言おうと思ったが、タイミングを失い沈黙を選んだ。


「リュシリー、その令嬢は?」


「マショワル王国のセシーラ王女ですわ。わたくしの鞄を取り返してくれたのです」


「マショワル王国のセシーラ第八王女でございます。ジューン」


「領主様、こちらが身元証明書でございます」


 セシーラの合図にジューンは持っていた書状を差し出した。

領主としては妻が鞄を奪われたというだけでも一大事なのに、その助けてくれた相手が隣国の王女で、しかも朝には門前払いをした相手だ。

体裁が悪いことこの上ない。


「・・・歓迎しよう」


「ありがとうございます」


「さぁこちらにいらして、わたくし自慢のサロンがありますの」


「ぜひ見たいですわ」


 リュシリーは王女を接待したという周りの婦人たちに自慢できる話が手に入ってご満悦だった。

セシーラとしては領主に話を通せるリュシリーと知り合えたことは僥倖だ。

夫人の持つ宝石や絵画の自慢話をお茶を飲みながら聞き流す。


「リュシリー様、折り入ってご相談がありますの」


「あら、何かしら?」


「わたくし、ナルキエンス帝国に向かいたいのですが、通行許可証を持っていませんの。それで領主様へのお目通りをリュシリー様からお願いできませんかしら? お近づきになりたいと思っていますの。ジューン」


 領主への取次というところにリュシリーは眉を顰めたが、ジューンが呼びかけで出した宝石を見て顔色を変えた。

リュシリーが持つ最高峰のダイヤモンドよりも大きく、そして透明感の高いダイヤモンドを差し出した。

今やマショワル王国産の宝石は富と象徴のステータスだが、大きなものとなると領主に強請っても買ってもらえない。

そんな宝石が旦那への口利きだけで手に入るのなら安いものだ。


「もちろんですわ。王女様、晩餐にお招きしてもよろしいかしら? まだまだ話足りないわ」


「よろこんで」


「あぁ、あなた、旦那様にお伝えしてちょうだい。王女様が我が家を気に入ってくださり滞在したいとの申し出だと」


 滞在するつもりはないのだが、会えるのなら理由などどうでもいい。

それに夫人はもう目の前のダイヤモンドにしか興味がない。

あとは領主にもいくつか宝石を渡して通行許可証を買い取るというようなことにすればいい。

それでもダメな場合は、奥の手があった。


「・・・セシーラ王女」


「はい」


「妻の鞄を取り返していただき感謝する。それで妻からは何かお礼をしたいと言われた。だが、マショワル王国の王女に宝石を送ったところで失礼にあたる。何か他にありますかな?」


「まぁお礼など・・・当然のことをしただけのことですわ。ですが、少々困っておりますの。わたくしナルキエンス帝国に向かわなければならないのですが、父がうっかり通行許可証の申請を忘れてしまったようですのよ。なかなか外に出られない弱小国ですからうっかりして」


 食後のお茶を飲みながらセシーラは、あくまで困っていることを伝えた。

それに同調したのは、リュシリーだった。


「まぁそれはお困りですわね。普通国内では、領地が変わっても許可証など必要ありませんもの。ねぇ旦那様」


「あっ、あぁ、そうだな」


「ねぇ旦那様、セシーラ様はわたくしの恩人ですわ。通行許可証を出して差し上げることはできませんの?」


「まぁ許可証なら出せるが・・・」


「良かったですわね。セシーラ様」


「えぇありがとうございます、リュシリー様。領主様、お心遣い感謝します」


 押しかけのようなものだが、通行許可証が手に入るなら問題ない。

用意された部屋でセシーラは安堵の溜め息を吐く。


「緊張したわ」


「なかなかの姫様っぷりでした。通行許可証をすんなりと貰えたのは良かったですね」


「上手く行きすぎて怖いわ」


「あとでジョーナを通してお礼の宝石をいくつか渡しておきます」


 マショワル王国産の宝石は女性だけでなく、男性のなかでもステータスになっている。

帽子の留め具などにさりげなく使うのがお洒落だと言われている。


「お願いするわ」


「それと領主の妻がひったくりに遭うくらいですから治安が少々悪いようです。お気をつけください」


「分かったわ」


「本当に分かっていますか? くれぐれも大人しく大人しく、大人しくするんですよ。今日のようなことがあれば、悲鳴を上げて気を失うか、私たちに声をかけてくださいね」


「悲鳴を上げて気を失うのは難しいから声をかけることにするわ」


 宝石の威力は絶大だったのか通行許可証が一夜にして発行されており、しかも夫人からは若かりし頃のドレスまで譲られた。

通行許可証のおかげで領地の通過が簡単になり、ワルダナ公国とナルキエンス帝国が接する最後の領地に到着した。

到着したのは良かったのだが、そこではセシーラを迎えに行くのであろうナルキエンス帝国の一行を見かけた。


「ねぇあれって」


「そうですね。入れ違いになってもしかたありません。声をかけて参ります」


「うん、お願いね」


 迎えに行くはずの当人から会いたいと言われれば困惑するのは当然だ。

急遽、宿の一室でセシーラとナルキエンス側の責任者の宰相と会うことになった。


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