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陽の目を見る

 “加護”のせいで忘れられた王女セシーラは、十歳になった。

活動範囲も広がり、城の専用の庭だけでは物足りなく感じ、勝手に抜け出すようになった。

抜け出しても気づかれないことに味を占めて、セシーラは人気のない山を遊び場した。

城は北の端に位置しており、裏手がすぐ山になっている。

田畑を耕すなら日当たりが必要だろうと考え、城は日当たりの悪い北側に建てられるということに決まった。

それでもわずかに日の当たるところには、麦が植えられ、少しだけ体裁のために庭がある。


 急な斜面のお陰で畑にもできず、酪農もできないということで、手入れのされていない山は、歩くだけでも一苦労だった。

そんな山だからこそ、セシーラには新鮮で、全てが楽しい出来事になる。

ドレスを汚して帰っても自分で洗い、破れたら繕うことで気づかれていない。

最近のセシーラのお気に入りは、洞窟探検だ。

キラキラと輝く壁面に、色とりどりのガラスはセシーラの心を癒した。


「そう言えば、お父様がお誕生日だわ。この紫色のガラスを渡したら喜んでくれるかな?」


 手のひらくらいの大きさの深い紫色のガラスをセシーラは選び、ご機嫌に城に帰った。

城から出てはいけないと言われていることを忘れてセシーラは、喜んでくれることだけを考えて、自分の部屋に戻る。

土がついているところは布で拭き取り、小さな紙箱に入れて、リボンを結ぶ。

誰かの誕生日の日は、一緒に食事をしてお祝いの言葉を述べる。

この日だけは、いつもの食事より贅沢なものが出るので、セシーラは楽しみだった。


「ご機嫌でございますね、セシーラ様」


「ドゥラ!」


「どうされたのですか?」


 セシーラが産まれたときからの乳母で、そのまま世話係になっている。

セシーラが手のかからない年齢になったころから城では別の仕事をしているらしく、顔を見ないままということも少なくない。

それでも母のような存在で、実の母よりも頼りになる。


「これよ。今度のお父様の誕生日の贈り物を見つけたの」


「まぁまぁそれはようございました。毎年、何にしようかお悩みでしたものね」


「もう。今年はもう決まったのだからいいでしょ」


「きっと、御父上もお喜びになりますよ」


「ふふ、そうだといいな」


 この誕生日プレゼントが、マショワル王国始まって以来の大騒動になるとは夢にも思っていなかった。

その騒動のきっかけに図らずもなってしまったセシーラは、忘れられた王女から渦中の王女へと変貌を遂げ、騒がしい日々を過ごすようになった。


 その最たるものは、役に立たないと見捨てられていた“石の加護”を自国に欲しいと思った諸外国だ。

それも周辺の四か国だけでなく、遠方の国まで参戦してくるのだから軍隊らしい軍隊を持っていないマショワル王国では太刀打ちできない。

少しでも剣の心得がある者はセシーラの護衛になり、護衛をギルドに依頼するというところにまでなった。


 セシーラが注目されるようになった王の誕生日会では、さまざまな視線がセシーラに向けられた。

ただ単純に驚く者、王に褒められていることに嫉妬する者、取り入ることを考える者と多種多様な中、紫色のガラスを贈られた王は、一際、喜んでいた。


「何と素晴らしい。でかしたぞ! セシーラ、さすが我が娘だ」


「ありがとうございます。お父様」


 手放しで褒められていることに、セシーラより上の兄や姉は、表立って不満を述べるほど子どもではなかった。

だが、セシーラより三つ年下の妹であるポーシャは自分以外が褒められていることに我慢ができずに机を叩いた。

その音に誰もが驚き、ポーシャを見たが宥めるようなことも叱るようなこともせず、ただ無かったことにする。


「これで、我が国も安泰だな。なぁトマス」


「左様でございますな。まさしく金の生る“加護”でございます」


 今まで財政部と資金繰りに奔走していた宰相のトマスは、すぐにこの紫色のガラス――アメジストを販売するための策を考えた。

役に立たないと思っていた”加護”が一夜にして巨万の富を生む”加護”に変貌した瞬間だった。

セシーラが勝手に山に入っていたことにお咎めはなく、これからは毎日のように入るようにと指示される。


「お父様、どうして役立たずのセシーラお姉様が褒められるのです? そんな紫色のガラスの塊を大事にするなんて。私は、金そのものを得られる”加護”を持っているのに、おかしいわ」


「たしかにお前は“土の加護”により川から砂金を得られる。だが、それよりもセシーラの持って来たガラスは、ただ綺麗なだけではない。希少価値が高く、金にも勝る価値を持つ宝石だ」


「ほう、せき? あの物語に出てくる綺麗な石のこと?」


「そうだ。お前の砂金も、王家が冬を越すための食糧を買えた。これは凄いことだ。だが、これは、それ以上の価値を生む。分かるな?」


 ポーシャが川から見つける砂金は一年間で金の延べ棒が一本作れるくらいだ。

それも金細工で有名な西のゴールダ王国に無理を言って買い取ってもらっている。

ゴールダ王国は、金脈も銀脈も豊富に持っている鉱山王国であるから、今更、金の延べ棒を一本買ったところで自国で産出される一日分の百分の一にも満たない。

それでもマショワル王国の状況を知っているから買ってくれていた。

だが、王女もしくは王子を娶ったことは過去に数回しかない。


「・・・はぃ」


「分かってくれて何よりだ。今年の誕生日は、とても良き日になった。では、乾杯」


「乾杯」


 成人した者はワインを、未成年は果実水を手に持ち、唱和した。

だが、末っ子のポーシャだけは王の説明にまだ不満があるという顔をしながら渋々、グラスを掲げた。

水が豊富になるや作物が育ちやすいという間接的ではなく、ポーシャの“加護”は、目に見えて財政を潤す直接的であったことから周りは持て囃した。

王族としての責務とマショワル王国の現状をきちんと教えなかったことで、大変だった第一王女のメアリーで学習したはずだったが、浮かれて忘れてしまった。


 いつもよりたくさんのワインを飲んだ王は酔いが回るのが早く、誕生日会がお開きになるのも早かった。

飲み足りない王子たちは談話室に移動をしてビリヤードを楽しみながらワインを飲むらしい。

セシーラには明日から山を歩いて多くの宝石を見つける役目があるため、体力温存のために寝支度をしようと席を立った。

いつもなら誕生日の贈り物を褒めてくれる父親も、砂金を詰めた袋には見向きもせず、セシーラのアメジストばかり褒めていた。


「ちょっと褒められたからっていい気にならないで!」


「うわっ」


「ふん」


「ポーシャ、何をしているの?」


「アンジーお姉様は、役立たずのセシーラお姉様の味方なのね」


「姉妹に味方も敵もないでしょう? 今ポーシャが何をしたかを問うているのよ」


 腹立ちまぎれにポーシャはセシーラを思い切り突き飛ばした。

押されるとは思っていないセシーラは、その場に倒れこんでしまう。

その行動を咎めた第五王女のアンジーは、ポーシャを叱った。


「怒られるようなことをしていないわ。身の程知らずのセシーラお姉様に教えてあげただけよ」


「そう。ポーシャの教育係は、そう教えたのね」


「えっ?」


「では、王女として人として間違ったことを教える教育係はクビにしなければいけないわね。どう思われます? バートランドお兄様」


「そうだな。父上と相談しておこう」


「待って!」


 砂金を見つければ持て囃されているが、第五王女のアンジーと第二王子のバートランドは、ポーシャに厳しかった。

間違ったことをすれば分かるまで叱られる。

ポーシャに甘い父親も、この時は味方をしてくれない。

二人を苦手にしているポーシャは、不服だということを隠さずにセシーラに謝った。


「ごめんなさい」


「いいわよ」


「って言うわけないでしょ」


 ポーシャは、セシーラをもう一度突き飛ばして、食堂から走って出た。

アンジーはポーシャの名前を呼んで止めようとするが、あっという間にいなくなってしまう。

これ以上、きつく叱ったところでポーシャには伝わらない。


「ポーシャ!」


「仕方ないな。父上には私から話しておくが、あまり効果はないだろうな」


「そうね。セシーラ、怪我はしていないかしら?」


「はい、大丈夫です」


「あの子の“加護”のせいで、どうしても甘くなってしまうのよね」


 ポーシャが見つける金は大切な王国の予算だ。

へそを曲げて探さないと言い出されると死活問題に発展する。

それを本人も分かっているから都合が悪くなると、探さないと言って周りを困らせた。


「でもセシーラの“加護”は、ポーシャより大切にされそうね」


「そうでしょうか?」


「えぇ、だから気を付けなさいね」


 そのアンジーの忠告通り、セシーラは命を狙われるようになったが、周りの山はセシーラにとって目をつぶっても歩けるほど知り尽くしている。

追手を撒くために走り回っているうちに数が増えて、いつしか鬼ごっこのようになった。


「・・・もう、しつこい」


 小さな体を利用して隠れながら走るが、暗殺者も一歩も引かずに追いかける。

走りながらもセシーラは足元の宝石を拾い集める。

そのせいで木の根に足を取られて、豪華に転ぶ。


「きゃぁ」


「うぎゃ」


「いたっ、くない?」


「そうだろうな」


「きゃぁぁぁ」


 転んだ先に潜んでいた暗殺者がいて、下敷きにした。

セシーラの叫び声は、よく響きセシーラを見失っていた暗殺者たちを呼び寄せることになった。


「いたぞ!」


「見つけた」


「おいおい」


 セシーラは拾い集めていた宝石を下敷きにした暗殺者に押し付けた。

その宝石に目を奪われている間に、逃げ出そうとしたが、周りは暗殺者に囲まれている。


「はぁ、面倒なことになったな」


「何を言って」


「適当に依頼を長引かせて終わらせようと思ったのによ。こんなに貰ったら働かないわけにはいかないだろ?」


 セシーラの腰を抱き寄せ、手首から隠しワイヤーを頭上の樹に巻き付けて、飛び上がる。

取り囲んでいた暗殺者から逃げるために次々に樹にワイヤーを巻き付けて振り子の要領で、木から木へと飛び移る。


「ひぃやぁぁぁぁぁ」


「静かにしろよ。居場所がばれるだろ?」


「むりむりむりむり」


「安心しろよ。奴らがお前さんをヤるなんて、へそで茶を沸かすより難しいことだからな」


「ど、どういうことよぉ」


 叫ぶこともできないくらいにセシーラは声を失い、この木から木へと移る逃走劇が終わることを心から祈った。

同じように追いかけて来る暗殺者もいるが、暗闇に距離感を失い大木に激突して脱落するということが繰り返されて、セシーラは見事に逃げ切った。


「な? 言っただろう?」


「わ、私が死ぬわよ」


「安心しろよ。俺がお前さんを守ってやるし、傷ひとつつけないからな」


「どういうことよ」


「これだ。暗殺者を寝返らせるには、依頼主より多額の金を積むのが定石だ。まさか一桁上を提示するとは思わなかったぜ」


 押し付けた宝石が役に立ち、命を救う結果になった。

だが、暗殺者の数は日に日に増えている。

今までは何とか逃げ切れたが、これからも上手く逃げ切れるとは限らない。


「そんな簡単に」


「言っただろ? 寝返らせるには金を積むのが定石だって。まぁ少しくらい護身術を覚えた方がいいのは事実だな」


「護身術」


「まぁアテはあるし、大船に乗ったつもりでいな」


「大船」


「俺は、女子どもは殺さない主義だからな」


 まったく安心できないことを言われたが、今のセシーラは目の前の暗殺者の言うことを信じるしかない。

追いかけてくる暗殺者に見つかっていないだけで、姿を見せれば、またすぐに追いかけっこが始まる。

セシーラを殺すつもりなら、わざわざ逃げるのに手を貸したりしない。


「信じてもいいのですか?」


「まぁ信じるかどうかは任せる。それにアイツらだってプロだからな。そう簡単には諦めないだろうよ」


「どうして、わたくしなのですか?」


「うん? まぁその“加護”だろうよ。自分の国で宝石の鉱脈を見つけさせるつもりで誘拐させる。それが叶わないなら殺せ。国としても怪しいマショワル王国が財力をつけるのが気に食わないんだろうよ」


 そんなことで命を狙われるのは割に合わない。

それでも言ったところで無視される。


「まぁ暗殺者なら俺が蹴散らしてやるよ」


「・・・よろしくお願いします」


「まずは、山から出るか。夜は暗殺者の縄張りだ。いくら俺でも灯りもなしに山を逃げ回りたくないからな」


「はぁどうしてこんなことに」


「嘆いても仕方ない。まずは、生き延びることを考えろ」


 これが、暗殺者のニールとの出会いだった。

それからは、命の危機を何度も助けられた。

アテがあるというニール紹介の双子の女性暗殺者は、セシーラの護衛兼侍女をすることになった。

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