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プロローグ

 四方を山に囲まれて、一番近い隣国は、東西南北のどの方向に行っても馬車で半日かかるほど離れている。

国としては小さく、国であるかも怪しいマショワル王国は、自給自足で日々の暮らしを乗り切る旨味のない国だ。

王族でも春になれば鍬を持って田畑を耕し、冬が近づけば暖炉にくべる薪を割る。

そんな貧乏の象徴のような生活をしている城では、新しい命が産まれていた。


 貧乏子沢山とはよく言ったもので、王は、王妃以外に側室を七人娶っており、後宮は賑やかだった。

新しく産まれたのは、第七側室が産んだ女の子で、王の子では、十九番目の第八王女だ。


「陛下」


「うん?」


「第七側室の方が王女をお産みになりました」


「そうか」


「はい、母子ともに健康であるということです」


 後継の男子の数に困っていないため王女が産まれたことに喜びは少ない。

一番上の王女が適齢期になっているため嫁ぎ先に王は、頭を抱えていた。


「また金がかかるな」


「そうですな。もうすでに第六王女のときには、支出が収入を上回るという試算が出ております」


「はぁ。金が湧き出て来んもんか?」


「そんな神がかり的な“加護”があれば良いのですがね」


 この世界では、神から贈られるという“加護”が存在する。

“加護”の強さによって受けられる恩恵は様々だが、“水の加護”があれば新しい水脈を見つけたり、“土の加護”だと野菜が育ちやすかったりする。


 その中で最も役に立たないと言われているのが“石の加護”だ。

畑を耕せば石が出てきて、大根を抜けば芸術的な二股三股を作り、山を歩けば落石に遭う。

ただ世界共通で役に立たないと知られているが“石の加護”を持つ者は、壊滅的に少ない。

百年に一人、どこかの国で産まれたと話が巡る程度だ。

それほどに少ないため、役に立たない人のことを『石の加護持ち』と言う。


「第七王女の“加護”に期待だな」


「陛下、第八王女です」


「子どもが多いと数が分からなくなるな」


「陛下、名前はいかがいたしましょう?」


「アンジーは、どうだ?」


「それは、第五王女の名前です」


 すでに名前を把握していなかった王は、王族を記した家系図を見て名前が被らないように考える。

白紙の紙には名前の候補を書いては消すを繰り返した。


「よし、セシルにしよう」


「その名は、第二王女につけていますよ」


「・・・なら、セシーラはどうだ?」


「まぁ似てはいますが・・・」


「誰とも被っていないなら良いだろう。子沢山なのも考えものだな」


「・・・えぇまぁそうでございますね」


 かなり適当で投げやりなところはあるが、第八王女はセシーラと名付けられた。

可愛らしく、目の大きな手のかからないセシーラは、乳母たちの愛情を受けて育った。


 神から与えられた“加護”がはっきりと分かるのは、三歳から五歳と言われており、セシーラもその片鱗を見せている。

庭で追いかけっこをすれば、鬼役の侍従の足元に石が現れて転ぶ。

“加護”は自分の意志では、どうにもできないもので時として困ったことになる。

セシーラが走り回った庭は石だらけになり、他の王子や王女が遊ぶには危険ということでセシーラ専用になった。


「はぁまたよりにもよって“石の加護”とは、もっと他のものがあったであろうに」


「こればかりは神の気まぐれ、思し召しですから人の身では何とも出来ぬことです。受け入れましょう」


「しかも庭を一つダメにしたというではないか。いいか、絶対に畑に近づけるなよ。今年はそれでなくとも不作の年になりそうだというのに」


「仕方ありません。陛下の二十番目のお子に期待しましょう」


「うむ、今度こそ金が湧き出る“加護”を持つ子が生まれるように祈ろう」


「そんな都合のいい“加護”があれば、諸外国から誘拐に遭いますよ」


 セシーラが五歳になり、教会から正式に“加護”の判定が下り、間違いなく“石の加護”であることが証明された。

もっとも役に立たない“加護”を持つ王女は、周りからも忘れられて、ひっそりと過ごしていた。

マナー教育をされることもなく、畑仕事に駆り出されることもなく、城の離れたところで平穏に過ごす。

一つだけ救いとも言えるのは、セシーラがいる庭からは上質な大理石が採れるため、城の修繕には困らないということだ。

反対に、石は重すぎて、曲がりくねった山道を運んでも利益にならないため、大理石の輸出は諦めた。


「・・・何とか第一王女を、ルカント王国の第五王子の第四側室の身分に嫁がせることができました」


「ご苦労だった」


「なかなかに大変でした。第一王女は、陛下の最初の王女ということで周りも王女として扱っていましたから、第五王子の第四側室という身分が、ご不満だったようで、まとまるまで二年もかかりました」


 どれだけ小さな国でも第一王女である自分は、第一王子に嫁げると思っていたところ話が来たのは、第五王子でしかも第四側室という下の地位だ。

納得できないという第一王女を宥めるのに二年もかかり、ルカント王国では来ても来なくてもどちらでも良いという書状が届いた。

この縁談を逃せば、ただの穀潰しに成り下がる第一王女のわがままを許すつもりはない。

他の王女と違い、鍬を持って畑を耕す代わりに、冬を越すためのセーターを編むのが仕事だったが、集中力が無く、飽き性でもあったため身につかなかった。


「それで、どうやって説得したのだ? えっと、アレの名は、メリーだ」


「メアリーです。綴りは一緒ですけどね。まぁこの国に死ぬまでいたところで、結婚相手はいないし、食事も質素なままだということをお話ししたところ、快く嫁いでくださいました」


「そうだな。いくら第四側室と言っても、うちとは比べ物にならん好待遇だろうからな」


 しみじみと言う王に、宰相という肩書を持つ家臣は力いっぱい頷いた。

身の回りの世話をする者も最低限で、着替えも自分でするような国と比較すれば、どこでも好待遇だろう。

気位だけは大国の王女並みに育ってしまった第一王女メアリーは、妹たちを見下しながら嫁いでいった。

日がな一日、本を読んだり、刺繍をしたりと飽き性であるから、やることを次々にして片づけは一切しないというメアリーがいなくなったことに、安堵して涙すら浮かべながら妹姫は見送った。


「それを考えますと、第二王女は素晴らしかったですな」


「そうだな。自分の“加護”を商品にルカント王国に売り込みよったからな」


「えぇルカント王国は雨が降らない地域が多くありますから“水の加護”は喉から手が出るほど欲しかったようです」


 第二王女セシルは“水の加護”で雨を降らせることができる。

幸いにしてマショワル王国は王族の人数が多いため“水の加護”を持つ者は何人かいるため、一人いなくなっても困らない。

それを見越してセシルは、ルカント王国に売り込み、王権を望んでいないことを示すために辺境伯を嫁ぎ先に選んだ。

一番焦ったのは指名された辺境伯で、王都からも遠いため社交界に参加することも出来ず、有事の際には前線になるため日々の蓄えが欠かせず贅沢ができないという理由で、やんわりと断った。


 それでもセシルは、自国での生活も似たようなものだと押し切り、水が欲しいルカント王国の足元を見て、多額の支度金をせしめ、嫁いだころは金の亡者や金食いの悪女と言われていたが、雨を降らせるようになってからは女神のように敬われるようになった。

今では、ルカント王国がマショワル王国に支払った金額以上の経済利益がセシルの雨によって出ている。


「セシルのお陰で、メアリーが嫁ぐのを渋っても待ってもらえたからな」


「ルカント王国には頭が上がりませんな」


「うむ、一番近い南の国ということで、長年王女を嫁がせてもらっていることも、有難い」


「えぇえぇ財政部からは、持参金なしというのが一番有難いということです」


 ルカント王国は王籍から離れなければ、直系から傍系の順で王位継承権が与えられるため、王族だけでも凄い数になる。

王位に就けるのは男子のみだが、王籍の王女が産んだ子が男子の場合は、継承権が与えられるため離れる王女もいなかった。

王女もしくは王子と結婚した者は、準王族の扱いを受けて、王族よりは下、貴族よりは上という分かりづらい身分になる。

準王族扱いにならないのは、王妃のみで、それ以外の外から入った者は準王族となる。


「残りの王女を全て引き取ってはくれんもんかの?」


「それは、可能でしょうけど・・・“石の加護”持ちのセシーラ王女は難しいのでは?」


「そうか、そうだった。あやつがおった」


「まぁ他の国にも声はかけてみますが、望みは薄いですな」


「何だってこんなに子がおるんだ。わしは兄弟がいないんだぞ」


 それは、先代の王の妻が王妃だけで、貴方には王妃に側室が七人もいて毎晩後宮に通っているからだということは、口が裂けても言えない宰相は、同意するに留めた。

何代にも渡って王族の結婚問題は浮上するので、マショワル王国の貴族は上位下位に関わらず、王族を娶ったことがある。

つまりは全員が王家と縁戚関係にあるということだ。


「次は、第一王子の伴侶探しですな」


「また、わしが貴族に頭を下げにゃならんのか」


「仕方ありません。十五人と顔合わせをして、全員からビンタもしくは、往復ビンタされて破談になっておりますからな」


「頭が痛くなるようなことばかりだの。ほれ、紙を寄越せ」


 貴族と言っても限られているから手紙を書く枚数も限られている。

何とか第一王子に嫁ぎ、支えてくれる者をと願い、王は手紙を書いた。

この調子でしばらくは、子どもたちの伴侶探しに奔走することになった。

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