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餅は餅屋

 療養しているはずのセシーラが何故、北の外れの塔に居たのかという疑問があり報告を聞いたローバートはすぐにセシーラの下へ向かった。

セシーラも騒ぎの場にいたということとポーシャからの誘拐事件の自作自演疑惑があるということで側近は話は自分たちで聞くと進言したがローバートは聞き流す。


「セシーラ、何があった」


「陛下・・・申し訳ございません」


「謝って欲しいわけじゃない」


「・・・話を聞いたのです。北の外れの塔にポーシャが監禁されている、と」


「誰からだ?」


「分かりません。部屋の外で侍女らしき方々が話しているのを耳にしただけですから」


 それが本当ならローバートからポーシャの処遇を聞くはずだし、ニールやジューンとジョーナが知らないはずなかった。

その話の真偽を確かめようと部屋を出たところ次の話が聞こえてくる。

北の塔からポーシャが飛び降りたという話だ。

真偽を確かめるためのローバートを探す時間は無いと思い本調子ではない体で塔へと急いだ。


「塔の周りにはポーシャの姿はありませんでした。それで塔の上まで登り、ポーシャがいないことを確かめてから戻ろうとしたところにポーシャが来て、罪を認めろと言いました。わたくしには何が何だか分かりませんでした。そのうちにポーシャが短剣を取り出し、揉み合いになっている間に、ミーツェ嬢の顔に・・・」


「そうか。まだ話を聞くと思う。今日は休め」


「ありがとうございます」


 何があったのかポーシャとミーツェにも同じく聞かれているだろうが、そちらは時間がかかっているようだった。

ローバートがセシーラから簡単に話を聞いて終わったのは時間をかけると廊下で待っている重鎮たちが入って来かねないからだ。

今はセシーラを批判する言葉を慎んではいるが最初から反対している連中だ。

ポーシャの発言を笠に着て好きなようにしようとするだろう。


「陛下」


「マシューか」


「向こうの聴取は終わっていませんが、およそのところは分かりましたよ」


「そうか」


 執務室に入り、人払いを命じる。

この騒ぎをきっかけにセシーラを追い出そうと考えた重鎮たちは肩を落として引き下がる。


「まずは、ポーシャ嬢ですが、ある侍女から北の塔が公には裁けない要人に懺悔させる場所だと聞いて、セシーラ様に悔い改めさせようとしたとのことです」


「・・・北の塔か」


「それと、ある侍女ですが、彼女たちの食事配膳係だったのですが、当の本人は二週間前から実家に里帰りをしていました。誰かが侍女の名を騙ったということになり、手引きしたと思われます。こちらは調査中です」


「問題だな」


「えぇ、問題です。ミーツェ嬢は、ポーシャ嬢の言葉を信じて見届け人になっていただけで、短剣のことは知らなかったと証言しています。重大なのは顔の傷です。傷の深さは浅く痕も残らないと言われていたのですが、短剣に毒が塗られていたようで、そちらの後遺症によって皮膚が変色し、半分ほどが痣のようになっています」


 体に痣があることを高位貴族は嫌う。

それが服を着れば隠れるところならば家の繋がりを欲した者が受け入れる可能性があるが、顔となると問題のある相手にしか嫁げず、今回の醜聞によって貴族としては死んだも同然になる。

ポーシャは異母姉であるセシーラに罪を認めさせるためだと正義を主張しているが、后妃に短剣を向けたことは事実であるため国に強制的に送り帰されることが決まっていた。


「今回の騒ぎは、セシーラの暗殺が目的だったのだろうな」


「そうでしょうね。城の警備が手薄になるように城下で騒ぎを起こす。用意周到な人物のようですから証拠は残っていないでしょう」


「城下で捕まえた連中は騒ぎを起こしただけだからな。表面的には普通の罪で裁くしかあるまい」


 城下では酔っ払いが暴れている、泥棒に入られた、火事になっている、などと騒ぎが次々と起き、城下を巡回している兵たちだけでは手が回らず、仕方なく城内の警備を担当している兵も出動した。

一度に要請があれば怪しんだが、何度も数人程度の要請が重なり気づくと廊下に兵がいないというところまで手薄になっていた。

そのためにセシーラたちが誰にも見つからずに北の塔に辿り着けた。


「今宵のことは仕組まれたとして調査が必要ですね」


「しても黒幕すら分からないだろうな」


 暴れた者たちは一様にして隣の奴が殴り掛かってきたから応戦したというのだが、その隣の奴に該当する者が一人もいない。

騒ぎのきっかけを作り、あとは勝手に大きくなるに任せて立ち去っている。


「これでセシーラ様の后妃存続は難しいのではありませんか?」


「お前までそう言うのか?」


「セシーラ様の民からの支持は厚いです。ナルキエンス帝国の領土になった敗戦国の民ですら支持しています。ただ異母妹から命を狙われる疑惑の后妃では足元を掬われると懸念しております」


「それでもセシーラを手放せそうにない」


「では、そのように」


 ポーシャが意図ぜずにセシーラを殺そうとした罪でマショワル王国に強制送還されることが決まり、その護衛にはニールが加わった。

まだ成人しておらずあどけない顔ではあるが、見目が良いため年若い兵の何人かがポーシャの甘言に惑わされていた。

ポーシャがマショワル王国からナルキエンス帝国に来れたのは出入りの商人の好意を利用したからだ。


「大人しく帰ってくれるといいのだがな」


 ミーツェの処遇は貴族籍の剥奪および修道院行きと決まった。

直接、手を下したわけではないがポーシャの行動を諫めずに助長させたこととセシーラが怪しい男たちと密談しているところを黙っていたことが罪となった。

実際は密談ではなく誘拐されるところだったのだが、それを両親に言わずに判断したことが原因だった。


 貴族として残っても顔の傷のせいで社交界からは爪弾きにされるだろうということで修道院行きは両親も納得していた。

そして子どもの監督ができなかったとして侯爵位を返上し、一代限りの地方貴族になることを望んだ。

事件は収束を迎え、残るはセシーラの処遇のみとなったが簡単には結論はでなかった。


セシーラの功績を鑑みると簡単に別れるのは民への影響が大きいという主張と危険な異母妹がいる国の出身ではいつ皇帝の命が狙われるか分からないという主張で平行線を辿った。


「陛下は、どのようにお考えで? いくら王女であっても国であるかすら怪しいマショワル国など気に掛ける必要はないでしょう」


「何を言う。セシーラ妃が帝国中を回って鉱脈を見つけてくださったから民は働き口があり、輸出も安定しているのですぞ」


「私は陛下に聞いておる。ぬしは黙っておれ」


「何を・・・」


「セシーラは・・・」


 ローバートの声が聞こえると一応に口を閉ざした。

若造だと心では侮っていても皇帝という地位にいる以上は立てなければならない。


「セシーラは私のたった一人の妻だ。誘拐も騒ぎ無辜の民に危害が及ばないようにと黙ってついて行ったそうだ」


「陛下・・・それは、誰から」


「うん? セシーラを誘拐した犯人からだ。さきほど捕まえたと宰相から連絡があった。だが、依頼主が誰かは分からないそうだ」


「そのような無頼者の言うことを信じるのでございますか?」


「あぁ、もちろんだ」


 ローバートが信じたのはセシーラを誘拐した犯人がセシーラの裏の顔を知っていたからだ。

受けてしまった仕事だからとセシーラを誘拐するときに自分とセシーラの力量の差をまざまざと見せつけられた。

犯人を見つけたのはジョーナで、簀巻きにされて広場に放置して見回りの兵に発見させた。


「陛下・・・なぜでございますか?」


「セシーラだからな」


「理由になっておりませんぞ、陛下」


「俺だけが分かっていれば良い。それにいくら小国であっても一年で離縁は私の地位が危ぶまれないか? 帝国の税収が安定したから妃を切り捨てたと冷血漢のように言われはしないか、心配だな」


 わざとらしい理由ではぐらかしたローバートに返す言葉がなく、仕方なしにセシーラを后妃として扱うことが決まった。

誘拐されたこともセシーラの“石の加護”を欲した誰かの仕業だという説が濃厚で、自作自演だという説はポーシャが実力行使に出たことで薄れた。


 ポーシャをマショワル王国に届けたニールは、一年ちょっとで国が様変わりしていることに驚きを隠せなかった。

慎ましくも農業を営んでいたはずの民は、やせ細り覇気を失っていた。

反対に城に近づくと外見は変わっていないはずなのに内装だけは帝国に引けを取らない装飾品で溢れている。

むしろ節操なく並べているから価値だけで言えば上回るかもしれない。


「ポーシャ王女の身柄をお渡しください」


「あぁ」


「では、ご苦労様でした」


 城を護衛しているという兵たちの装備も上質なもので、自分がいるところが一瞬どこか分からなくなった。

身柄の引き渡しが終わればニールの仕事は終わりだ。

立ち寄る先々で見目の良い男の同情を買って逃げ出そうとしていたポーシャのお守りから解放されるのだから喜ぶべきことだった。

だが、城内と城下の貧富の差を見たニールは、顔見知りの兵に声をかける。


「いったい、これはどうなったんだ?」


「・・・大きな声で言うなよ。陛下がセシーラ様が見つけて保管されていた宝石を全部売り払ったんだよ」


「全部!?」


「ばか! 声が大きい。そんでナルキエンス帝国と縁戚になったのだから他国からの客人に舐められるわけにはいかないって装飾品を買い漁って、そんで盗賊が入らないようにって他国から傭兵を雇ったんだよ」


 セシーラが持っていた宝石を全部売ったとなると国庫には財源は残っていないだろう。

そして国内の税率を上げ、ただでさえ慎ましく生きて来たのに日々食べる分すら税として納めれば一年での様変わりも納得ができる。

今は宝石を売った金が残っているかもしれないが、近いうちに破綻する。


「なぁニール」


「なんだ?」


「セシーラ様のところに戻るんだろ? 悪いけどさ。民を助けてもらえるように伝言頼むわ」


「あぁ」


 いくら母国であっても一国を助けるほどの財源を動かせるだけの力がないことは言った本人も分かっている。

それでもと願ってしまうほど王族と民との生活の格差は酷い。


「・・・あれじゃ、ろくな裁きは期待でないな」


 一泊してから出立するつもりだったが、国の状況を見ると一刻も早く帝国に戻った方が良かった。

一緒について来ていた帝国兵も貧しい国だと聞いていたが想像以上だったことから出立することに異議はなかった。

ポーシャという旅に慣れていない王女がいなくなった分、帰りは早い。


 戻ったニールから報告を受けたローバートは、ポーシャが自国に戻ったところで無罪放免になることと財政が逼迫していることで支援を求められる可能性があるということに頭を抱えた。

セシーラ自身を特別扱いすることはあってもマショワル王国を特別扱いするつもりはない。


「セシーラは知っているのか?」


「いや、まだ言ってない。言えば助けると言うだろうし、帝国が表立って支援すればマショワル王国はつけあがる。もともと堕落的な王だ。楽ができるならと喜んで甘い蜜を吸うだろうよ」


「面倒だな」


「マショワル王国のことは折を見て陛下からお伝えください」


「あぁ」


「では、失礼します」


 セシーラが連れて来た三人は、立派に家臣として役目を果たしていた。

最初は怪しんでいた者も彼らの働きぶりに次第に警戒を緩めた。


「ニール」


「何ですか?」


「もし・・・もし、お前たちの立場の者が城で務めていたら先の騒ぎを誘導することは可能か?」


「・・・可能ですよ。あの日、姫さんを狙った暗殺者がいたんですよ。これだけならいつものことで終わります。でも城の警護が薄れていたなら少しでも危険が遠いうちに排除を、と思ったんですよ。それが間違いでしたね」


「答えてくれてありがとう」


 誘導することが可能だったと分かったところで裏社会の者が関わっている以上は深追いはできない。

そんなことをすれば自身の持つ暗部も明るみにしなければならない。

都合が良くても自国の利益のために黙っているしかない。


「だが、そう簡単に使えないのも事実だな」


 代々皇帝に仕えている暗部はいるもののローバートを認めていないのか接触すらない。

仕えるにふさわしいと示すことができれば姿を見せるらしいのだが、ローバートは未だ見たことがなかった。


「陛下」


「マシュー」


「書類上の手続きは終わりましたよ。ただ、黒幕は分からず仕舞いです」


「そうか。・・・これを注文してくれないか?」


「髪飾りですか? セシーラ様に贈るなら、この宝石じゃなくても」


「いや、それがいいんだ。驚かせたいからな。秘密裏に頼む」


「かしこまりました」


 紙に描かれた髪飾りのデザインは豪華とは言えず、そして宝石も小さなものだった。

それでもローバートが言うならとマシューはお抱え宝石商に手配を依頼した。



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