三人寄れば文殊の知恵
ローバートが話を聞くと約束したためセシーラとポーシャは応接室に案内された。
夜と言っても時間が分からないため面会が終わった旨をローバートに伝えられた。
短時間だと言っても理由をつけてポーシャは居座るのではないかと思っていたが予想とは違っていた。
「・・・ポーシャ嬢、あまり時間がない。手短に話してもらえるか?」
「お義兄さま、分かりましたわ」
「それで罪とは?」
「お姉様は今回の誘拐事件を自作自演いたしましたの」
「はぁ? その根拠は?」
「ある方がお姉様と怪しい方との密談を見たというのです」
セシーラの罪というのが誘拐の自作自演だとポーシャはローバートに告げた。
何を言い出すのかと思いローバートは頭を抱えた。
真面目に情報を持っていると信じてしまったことによる自己嫌悪も含まれる。
「お義兄さま、騙されてはいけませんわ。私はお義兄さまの味方です」
「何を言うのかと思えば・・・話にならないな。帰ってくれ」
「なっ!」
「へ、陛下は自国の民を、貴族の言うことを信じてくださらないのですか!」
「たしか・・・侯爵家のミーツェ嬢だったな」
ローバートの妻にと公爵家のアイーヴィに引っ付いてよく顔は合わせていた。
典型的なわがまま令嬢だという認識であまり顔を合わせたくない一人でもあった。
「いくら陛下の寵愛が自分に無いからと言って国を巻き込んで被害者のふりをするのは后妃にふさわしくないです」
「セシーラがそのようなことをするわけないだろう。もし、見たというなら何故、その貴族は名乗り出ない? 誘拐されたと分かってから一週間以上も経ってから城に報告ではなく一介の令嬢に話す。全くもって信憑性がないな。悪いが失礼する」
言い募ろうとしてもローバートは足早に去って行き、追いかけようとしても護衛の兵に遮られる。
このままだと嘘つき呼ばわりされてしまうと焦ったポーシャはミーツェの手を引いてセシーラのいる部屋まで走った。
普段、走ることのない令嬢が走ったところで鍛えている兵たちが捕まえられないわけはないのだが触れることを躊躇っているうちに逃がしてしまう。
「お姉様!」
「ポーシャ、いったい何が・・・」
「セシーラ様は安静にしなければいけません。ご退出を」
「そんなこと言っている場合じゃないのよ。お姉様の罪を暴かないといけないんだから」
「罪?」
ポーシャが叫ぶもセシーラを看ている医師も侍女も首を傾げてしまう。
その様子に多くの人がセシーラに騙されていると唇を噛んだ。
「そうよ。お姉様は誘拐事件を自作自演したの。その証拠に殺されることなく生きて帰って来たわ。だってそうでしょう? お義兄さまの寵愛を得るための小細工だもの。おあいにく様ね。私の眼は誤魔化せないわ」
「ポーシャ・・・何を言っているの? 自作自演だなんてある訳ないでしょうに。ここはマショワル王国ではないのだから不用意な発言は慎んで・・・」
「そうやって、真実を知っている私たちの口を封じているのよ」
「だから・・・ポーシャ、いい加減になさい」
ポーシャとミーツェの鬼気迫る様子に口出しできずに医師たちは黙って見守る。
セシーラが無事だったのは暗殺術を極めていたことで助かったにすぎない。
だが、ポーシャはセシーラの事情を知らないため助かったのは自作自演だと主張して譲らない。
「お姉様の罪の証拠を見つけるまでは絶対に帰らないから」
「貴女の意思は関係ないわ。ここはナルキエンス帝国・・・勝手が許される道理はないわ」
「絶対に化けの皮を剥いでやるんだから待ってなさい」
騒ぎを聞いた近衛兵がポーシャとミーツェを部屋から連れ出した。
いくら異母妹であると言っても后妃を罪人扱いは問題だった。
詳しい話を聞くためにポーシャとミーツェは軟禁されることとなり、侯爵家には知らせが行く。
「正しいことを言っている私たちが捕まるなんておかしいわ」
「ポーシャのお姉様を悪く言いたくはないけど、真実を明らかにされそうになったから強硬手段はいただけないわ」
「そうよね。何とかしてお姉様の罪の証拠を見つけないと」
セシーラの誘拐は自作自演だと言って見張りの兵に真実を探すように懇願する。
ポーシャの言うことには信憑性も証拠もないのだが、セシーラの人となりもあまり知らない城勤めの者も多い。
巷では聖女のごとく持ち上げられているが、本当は裏の顔があるのではないかと考える者がいてもおかしくない。
それがセシーラの異母妹が言っているというのは戯言だと一蹴するのは難しかった。
「・・・お食事をお持ちしました」
「ねぇ貴女、私たちに手を貸して・・・このままだとお姉様は、ますます罪を重ねるわ」
「失礼いたします!」
全員がセシーラの味方というわけではない。
だが、ローバートがセシーラの自作自演ではないと宣言している以上は表立ってポーシャたちと接触するわけにはいかない。
日に三回、食事が運ばれる。
軟禁されてから一週間したときだった。
「・・・これ」
「ポーシャ」
「お話は本当ですか?って書いてあるわ」
「本当ならカードを二つ折に、違うなら四つ折に」
「本当よ」
「私たちの話を聞いてくれる人が帝国にもいたのね」
迷うことなく二つ折にしたカードをトレイに乗せたポーシャはメッセージの主が現れるのを待った。
それは思っていたよりも早く、寝るための着替えを持って来た侍女だった。
「カードは二つ折になさいますか?」
「えぇもちろんよ」
「今、城では陛下が誘拐は自作自演ではないと宣言されたことで捜査は打ち切りとなっています」
「やっぱり・・・お姉様の思惑に乗ってしまっているのね」
悔しそうにポーシャは唇を強く噛んだ。
ミーツェも悔しそうに顔を顰める。
「そこでひとつご提案があります」
「提案?」
「はい、帝国には罪人の塔と呼ばれる建物が北の外れにございます。そこでは己が罪を夜明けと共に懺悔すると神の光によって裁かれると言い伝えられています」
「そんな御伽噺でどうやってお姉様の罪を裁くのよ」
「そこでは罪人は必ず死を賜ると言われ、表立って処刑できない皇族を裁く場として受け継がれております。現に五代前の皇帝の弟君は幾人もの女性を惨殺する悪人でしたが証拠がなく裁くことができませんでした。ですが、懺悔をしましたところ塔の上より落ちて亡くなったと歴史書に書かれてございます」
「その話・・・本当なのよね」
「本当にございます。帝国の貴族令嬢であるそちらの方は教育の一環としてお聞き及びではありませんか?」
少し青い顔をしてミーツェは何度も頷いた。
話を誇張されているにしてもミーツェが聞いたことがあるなら真実だと信じたポーシャは侍女に話の続きを促した。
「セシーラ様は后妃でありますから皇族に当たります。塔の裁きを受けるに問題なきお方です。夜明けと共に塔の淵に立ち懺悔をするのが習わし。その懺悔を見届ける役はわたくしめが・・・」
「いえ、私がするわ。お姉様が嘘の懺悔をするかもしれないもの」
「ポーシャが行くならわたくしも・・・この国の侯爵令嬢として見過ごせないわ」
「では、セシーラ様を塔に案内する役はわたくしめが・・・また詳しいことはお知らせします」
塔による懺悔でセシーラに罪を認めさせることができると確信したポーシャはミーツェと一緒に決意を固めた。
今までセシーラの誘拐が自作自演だと叫んでいたポーシャが静かになったことで不審がられたが、ポーシャは気にすることなく軟禁生活を過ごす。
接触してきた侍女は一度だけポーシャが起きているときに部屋に来た。
「・・・なに?」
「次の新月の日に決行いたします。三日後です。そして万が一、セシーラ様が偽りを述べられたときに真実を話すように説得していただきたいと思っております。こちらはお守りにございます」
「短剣?」
「神の加護が宿った大切なものにございます。ポーシャ様のお力に必ずやなると思います」
「受け取っておくわ」
「では失礼します」
受け取った短剣はミーツェに言わない方がいいと思ったポーシャは枕の下に隠した。
起きている間はドレスの下に隠し、三日後の新月を待った。
抜け出そうにも見張りの兵がいる。
どうやって抜け出すのか危惧していたが、合図はすぐに分かった。
「・・・廊下が騒がしいわね」
「そうね」
息を潜めていると静かに扉が開いた。
何度かやり取りをした例の侍女だった。
「今です」
「分かったわ。ミーツェ」
「えぇ」
廊下には人気がなく二人が抜け出したことを知られる恐れはなかった。
侍女の案内で塔の入り口まで来るとランタンの明かりを頼りにポーシャとミーツェは階段を上った。
石造りの塔であり階段も石なのだが、絨毯が敷かれていて足音を吸収してくれる。
頂上まで登るとセシーラが塔の淵に立っていた。
夜明けが近かった。
「お姉様!」
「ポーシャ! 貴女・・・」
「いい加減に罪を認めてください。ここがどんな意味の塔か知っているのでしょう。お願いです。これ以上、罪を重ねないで」
「何を言って・・・それよりポーシャ・・・無事だった・・・」
「嘘を吐くのを止めて!」
侍女から預かった短剣を鞘から抜くとポーシャはセシーラに向けた。
どうしてポーシャがそんなものを持っているのかセシーラは疑問に思ったが素人が扱うには危険なものだ。
それにポーシャは勘違いをしているがセシーラに短剣を向けている。
「ポーシャ、落ち着いて」
「落ち着いているわ。お姉様が、ちゃんと罪を認めないからでしょ」
「だから罪って」
「そんなに私たちがお義兄さまに愛されているのが憎いの? だからってしていいことと悪いことがあるわ。もう嘘を吐くのを止めて、お願いだから早く認めてよ」
「認めるも何もわたくしは誘拐事件を起こしてなんていないわ」
セシーラの答えが引き金となりポーシャは短剣を持ったまま走り出した。
正面から向かってくる攻撃を躱せないほどセシーラは鈍くない。
だが、避ければ塔から落ちるのはポーシャだ。
咄嗟にポーシャの手首を掴んで受け止めるも力は全く緩まない。
「ポーシャ!」
「お姉様が悪いんでしょ」
「だから何を言って・・・こんな危ないもの捨てなさい」
「お姉様が真実を話さないからでしょ!」
力いっぱいセシーラはポーシャを押し返した。
ただ転ばせて手から離れた短剣を奪うつもりだった。
ポーシャがよろけた先にミーツェがいて、短剣の刃が顔に触れる。
「きゃ、きゃあぁぁぁ」
「えっ?」
ミーツェは傷口を押さえて叫んだ。
意図せずにミーツェを傷つけてしまったポーシャは短剣を取り落として座り込んだ。
傷口が紫色に変色している。
叫び声を聞いた兵たちが集まり三人は拘束された。
マショワル王国の王女がナルキエンス帝国の侯爵令嬢を傷つけた話は箝口令が敷かれた。




