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無理が通ると道理が引っ込む

 薔薇を見るという口実であるから十五分ほどで戻って来たローバートは席に座った。

冷めたお茶を替えようと侍女が近づくが断りを入れる。


「執務があるため今日は失礼する」


「陛下、ありがとうございました。ほら、アイーヴィお見送りを」


「はい、お母様」


「セシーラ、君は楽しんでくれ」


「はい、ありがとうございます」


 セシーラは見送りをアイーヴィに譲り席に座ったまま答えた。

このままアイーヴィが側室になるかどうかはローバートの判断次第だが、セシーラがアイーヴィを拒否していないという体裁は保てた。

だが面白くないのは押しかけて来たミーツェとポーシャだ。

二人は話ができると思っていたのに中座し、さらには執務を理由に帰るのだから一緒に見送りに行こうと席を立ってしまう。


「お義兄さま、今日はアイーヴィとばかりお話をされていて私とお話できなかったでしょう? 明日、一緒にお茶会をしましょう? それにお城の庭ってきれいなんでしょう? お姉様ばかりずるいわ」


「明日は重要な国の会議がある。そうだな。一週間後に城に招待しよう。そのときにお茶会をする」


「絶対よ。そのときはミーツェも誘ってね。アイーヴィに意地悪をされて、お義兄さまと会えないようにされているんですって」


 ポーシャの言葉を鵜呑みにするローバートではないし、アイーヴィが工作めいた意地悪ができるほど賢いとも思っていない。

後ろでセシーラがポーシャの口を物理的に塞ごうかと迷っているのが見えた。


「すまないが、時間が迫っているので失礼する」


「待って、お義兄さま。私もお見送りするわ」


「ポーシャ、待ってわたくしも」


 止めることができずに夫人とセシーラだけが残った。

セシーラは申し訳なさすぎて顔を上げられなかった。


「セシーラ様」


「・・・はい」


「顔をお上げください。セシーラ様のお心は分かっているつもりです」


「異母妹がご迷惑をおかけし申し訳ございません」


「それを言うなら夫の姪もですわ。ただ一つ申し上げることを許されるなら后妃であろうと側室であろうとアイーヴィは器でないということです。良くて血筋だけの愛妾ですわね」


 夫人は長男と長女をしっかりと公爵家に相応しいように教育しようとしていた。

だが、二人につけた教育係は表面的なもので気づいたときには手遅れだった。

貴族の中では評判の良い教育係であったため信用して雇った。


 受ける報告は、いつも素晴らしい出来ですというもので、時折苦手なところも交えた評価は疑いようもなかった。

だが、二人ともろくな教育がなされておらず、すぐに教育係を替えようとしても本人たちにやる気がないため長続きしない。

そんな恥を晒すわけにもいかず評判の良い教育係の功績が偽りのまま増えただけだ。


「夫人、そのようなことをおっしゃらずとも・・・」


「わたくしはセシーラ様が来てくださって良かったと思いますのよ。あの子が后妃教育に耐えられたとは思えませんもの。娘の結婚相手は侯爵家の方が引き受けてくださるようですからご安心ください」


「わたくしからは何も申せませんが、お力落としのありませんように」


「それと、異母妹様は宜しければ拙宅でお預かりしますよ。あの様子ではミーツェも毎日来るようですから」


 ポーシャのあの状態で城に迎え入れるわけにもいかず、さらに事情を知っている夫人ならば多少のことも不問にしてくれるだろう。

だが、そこまで迷惑をかけることはできないとセシーラが断ろうとしたときに見送りが終わったポーシャたちが戻って来た。

話を聞かれるわけにもいかず、セシーラは言葉を飲み込む。


「お姉様、帰りましょう?」


「帰るって・・・」


「だって、お義兄さまも帰ったし、ここにいる必要はないでしょう? それに明日のお茶会の準備だってあるもの。ここでも良かったけど城の庭なら近いし、お義兄さまも途中で帰ることはないでしょう?」


「ポーシャ、貴女が勝手に決めて良いことではないわ」


「勝手じゃないわよ。ちゃんとミーツェに了解を得たもの。それに城にはミーツェも一緒に行くことにしたから部屋を用意してね。名目は私の侍女ってことにしてれば問題ないでしょ?」


 ポーシャが言い募る間に何度も否定の言葉を重ねるセシーラだが、話しているポーシャには届いていない。

言い終わったポーシャは、帰りの挨拶もないままセシーラの手を取ってミーツェが乗って来た馬車に向かう。

腕を振り払おうにも痣ができるほどの力で握られているため叶わない。

ポーシャに言われるがままに馬車を城へと走らせたが、さすがに侯爵家の紋章で申告のない馬車は通してもらえない。


「どうしてよ! お姉様のお戻りなのよ。通しなさいよ」


「規則でございますので、申告のない馬車は確認ができるまでお待ちください」


 申告がなくとも皇帝や后妃ならば通れるのだが、ポーシャの後ろでセシーラは首が取れるのではないかというくらいに横に振っていた。

それを見た門番は意図を汲んで足止めをした。


「もう! お姉様は役立たずなんだから、国でもそうだったじゃない。邪魔になる石ばかり生み出して、こういうときくらい役に立ったらどうなの? だからお父様にも見限られるのよ。そんなお姉様を私がせっかく慕ってあげてるのに、足ばっかり引っ張って」


「・・・何と言っても規則を破ることはできないわ。戻りましょう」


「・・・そうね。お姉様のせいで喉が渇いたわ。戻って」


 御者に合図をすると馬車は公爵家へ戻った。

セシーラが戻って来ると予想していた夫人は客間を整えて待っていた。

思わぬ形で邪魔をされたアイーヴィは不貞腐れて部屋に籠っている。


「戻ったわ。喉が渇いたからお茶を用意して」


「かしこまりました。サロンに用意がございます。宜しければ今夜はお泊りになってはいかがでございましょう?」


「いやよ。どうして王女の私が公爵家に泊まらないといけないの?」


「国に仕える家の者として王女様を持て成す誉れを賜ればと思ってのことでございます」


「そう。いいわよ。あぁでもミーツェも一緒よ。久しぶりに会って話したいことがいっぱいあるもの」


「はい、では、そのように」


 いつも遊びには来るけど泊まらせてくれないことに不満を感じていたミーツェはポーシャと一緒に客間へと向かった。

お茶会用の髪型をしていたため寛げる装いに変えるためだ。

夫人は侍女に指示を出し、夫の弟の家にミーツェが泊まることを連絡するように執事に伝言する。


「夫人、ありがとうございます」


「どうぞ、わたくしのことはイリアナとお呼びください。二人にはお客様用のサロンに案内をするように伝えてあります。今のうちにお戻りください」


「イリアナ様、ご配慮いただきありがとうございます」


 セシーラが帰ったことに気づかないポーシャは母国ではできないドレスの着せ替えをミーツェと一緒に楽しんだ。

ミーツェは侯爵家の令嬢であるから一流のドレスを着ているが、どうしても公爵家よりは質が下がる。

当たり前なのだが従姉のアイーヴィが着ているドレスを強請っても甘い伯父ですら作ってくれない。

それがポーシャの一言でお下がりではあるが着ることができてご満悦だった。


「あら? お姉様は?」


「城にお戻りになられました」


「はぁ? どういうこと? なんで勝手に戻ってんの?」


「申し訳ございません。私では何ともお答えが・・・城よりお迎えがあったということは分かりますが」


「勝手に帰るなんて酷いわ」


「あら、明日にお茶会するのでしょう? だったらここから支度をすればどう? 陛下にお会いするのにお洒落していないなんて恥ずかしくて城を歩けないわ」


「そうね。ミーツェの言う通りだわ。ねぇ貴女、明日には城に行くから準備してちょうだい」


 ポーシャが城に招かれているという話は聞いていないが、ここで何を言っても伝わらないと侍女は黙って頷いた。

どこの晩餐会に出席するつもりだというほどに着飾ったポーシャとミーツェは公爵家の晩餐に出た。

社交界デビューをしたと言っても着飾ったまま食べるということに慣れていない。

する機会すらなかったポーシャに至ってはマナーを学んだのか怪しいくらいに不慣れだ。


 アイーヴィのドレスが食事のソースで汚れたりするが、当主が何も言わないため誰も注意できない。

勝手にドレスを持ち出されているアイーヴィはナイフとフォークを力いっぱい握りしめていた。

晩餐会用のドレスはコルセットで腰を締め上げるため食べられる量が必然的に少なくなる。


「もういいわ。下げて」


「私も」


「そうだ。アイーヴィ」


「何でございましょうか。ポーシャ様」


「明日、城でお茶会をするの。だから貴女が持つ宝石で一番良いのをちょうだい。お義兄さまの前に出るのに中途半場なものは身に着けられないわ。もちろんミーツェにもよ。わかった?」


「・・・・・・かしこまりました」


 城で本当にお茶会をするなら侯爵令嬢のミーツェよりも公爵令嬢たちが呼ばれる。

非公式であってもその力関係を崩すことはあまり好ましくない。

何か特別なつながりがあれば問題ないが今回のはポーシャの完全なわがままだ。


「陛下とお茶会をされるのですか?」


「えぇそうよ。今日はあまりお話できなかったから約束をしたの」


「その席にアイーヴィも同席させていただいてもよろしいですかな?」


「どうして? アイーヴィは今日、お義兄さまを独り占めして私たちが一言も話せないように意地悪をしたのよ。そんな女連れていけないわ。王女である私を差し置いて図々しいったらありゃしないわ」


 ポーシャの言い方に腹を立てるも何も言わずに沈黙を返した。

いつもローバートと会うのを邪魔されているミーツェはポーシャという味方ができて心から喜んでいた。


 宣言通りにポーシャはミーツェと一緒に馬車に乗って城に向かう。

昨日学習した通り門では、お茶会をするためにセシーラの異母妹のポーシャが来たと告げる。

ミーツェはポーシャの付き人という扱いにしておいた。

さすがに昨日はセシーラがいたため追い返せたが今日は仕方なくポーシャの訪問を伝えに行った。


「・・・まず応接室にご案内いたします。陛下よりお茶会の準備をしてると伝言を承っております」


「そう」


 お茶会を開くつもりはないが、このまま断ったところで押し問答になるのは目に見えている。

ポーシャの勝手な行動にセシーラは確認をするためにマショワル王国に手紙を出したが、返信が帰って来るまでに時間がかかる。

強制的に送り返したところで勝手に抜け出して来るのは予想できることだった。


「ねぇ、お義兄・・・じゃなかった。ローバート様はいついらっしゃるの?」


「わたくしはお聞きしておりません」


「なら、聞いて来て? いつまでもこんな部屋にいるなんてできないわ。ほら早く! ぐずぐずしない」


 何を言っても無駄だと悟り侍女は一度、給仕の手を止めて応接室を出る。

そのやり取りは一時間置きに繰り返され、ポーシャとミーツェは待ちくたびれてしまった。

ミーツェに至っては、伯父に当たる公爵家に泊まることは許可できても城に泊まることは許可できない。

すぐに帰るようにと侯爵家から迎えが来てしまう。


「ミーツェお嬢様、どうかお戻りを。旦那様よりのご命令です」


「いやよ。わたくしはポーシャといるの」


「ですから、ポーシャ王女も我が家に滞在していただければと旦那様は仰せでございます。これ以上は陛下にご迷惑になります」


「私たちはローバート様からお茶会に誘われているのよ。迷惑も何もないわ」


「・・・ポーシャ王女、その皇帝陛下より今宵はお茶会を開けないということでお話が通っているはずです。陛下のお言葉に背くということは迷惑という言葉を選んでおりましたが、不敬にあたります」


 侯爵家の執事は丁寧に諭すように言葉を重ねるが普段からミーツェが素直に聞いた試しがないこととポーシャの扱いに困り果てていた。

そんなときに同じく素直に聞くとは思えないが、セシーラがポーシャたちを帰すために応接室にやって来た。


「・・・ポーシャ、なぜまだいるの? 陛下からは今日はお茶会はできないと言われたでしょう?」


「お姉様! お義兄さまはお茶会をしようと言ってくれたわ。それで、どの庭に行けばいいの?」


「だから、お茶会はできないと何度も・・・」


「そう言って、私がお義兄さまとお茶会ができないようにしたんでしょ。お義兄さまがお姉様じゃなく私の方を愛しているから嫉妬して・・・醜いったらありゃしない。今からでも遅くないわ。私が代わってあげる」


 お茶会ができないという話からなぜそう考えを飛ばしてしまうのかセシーラは頭を悩ませながら帰すための口実を探す。

セシーラとしてはポーシャが応接室に何時間もいられたことに関心していた。


「そうね。代わってくれるというなら、それもありね」


「頭の悪いお姉様でもようやく分かったのね」


「今日、ある侯爵家の領地で有名な劇団の千秋楽があるの。誘っていただいているのだけど、ポーシャが行く方がいいのかもしれないわね」


「行ってあげてもいいわよ」


「お世話になったからミーツェ様も一緒に行ってはどうかしら?」


「そうね。どう? ミーツェ」


「行きたいわ」


 侯爵令嬢ではあるが、あまり見に連れて行ってもらえないミーツェは若干食い気味に答える。

セシーラは近くにいた侍女に案内を頼み、迎えに来たとしている侯爵家の執事は軽く頷くとポーシャとミーツェの引率として城を後にした。

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