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天下に最も近い男

俺は一人が好きだった。しかし、俺の立場がそうはしてくれない。何をするにもどこにいくにも俺を護衛する奴がいる。

「若様そろそろ日が暮れますぞ。このまま進めば、隣の桜家の納める土地です。今踏み入るのは得策ではございません。」

何かに縛られる事ほどつまらないものはない。俺はただ目の前の広大な森の奥に何があるのか知りたいだけなのだ。しかし、俺の立場がそれを邪魔をする。

「帰るぞ。」

そういって馬の首を蹴る。

「今夜か。」

政秀には聞こえない様に呟いた。

ここから城までの距離は馬で約1時間もかからない。城に着いた時には、護衛は30人を超えていた。俺は誰にも何も言わず勝手に城を出るが政秀は俺から目を離す事はなく数十人の護衛が必ず着いて来る。幼い頃からそれは変わらない。城に入ると俺が戻った事を聞きつけた窶れた顔の親父が数人の側近と俺を出迎えた。

「戻ったか。信長。」

「父上、私はこの国を出ても良いか?」

慌てて政秀が口を挟む。

「なんてことをおっしゃるのですか。若様は織田家の一門としてのお役目がおありなのですぞ。出ていくなどと…」

「父上、俺に護衛は必要ない。好きにやらせろ。」

そう言い放ち信長は奥に入って行った。

信長の父である信秀は織田家の行く末に頭を悩ませていた。

「殿、信長様は勝手が過ぎます。織田家の行く末が不安で致しかねます。」

「奴の護衛はしかと頼むぞ。政秀。」

信秀はそれだけ言って床に戻った。

「承知いたしました。」

政秀は悔しさをこらえながら言った。織田家が納める尾張の民達も信長の身勝手の行動に民のほとんどがよくは思っていなかった。最近では各国で戦も起きた民の間で不安が募っていること。そして信長の父である信秀の体調が優れないという事も重なり、織田家をまとめるためになんとかしなければ…政秀は焦っていた。


信長は3日ぶりに風呂に入った。信長が風呂に入る時は誰も近づけてはいけないと云う決まりになっていた。その決まりを破った者は、誰であろうが信長自ら首を跳ねてしまうのだ。だから誰も近づかない。信長にとってこの時間だけが唯一気が休まる時間だった。

「行くか。」

信長はあらかじめ隠しておいた着物を纏い、馬に乗り込んだ。そして先ほどの道を再びまっすぐ進んだ。ひたすらまっすぐあの広大な森の先を目指して。

織田家の人間は、風呂には近づけない。なかなか出てこない信長を心配した政秀はまさかとは思ったが信長の愛馬はいるか確認させた。すると案の定愛馬の姿はないと報告が入った。

政秀は首が跳ねられる覚悟で風呂に確認しに行った。信長の姿は当然そこにはなく来ていた衣服と刀だけが残されていた。政秀は護衛をかき集めた。

「尾張の中ならまだいいが…」

政秀は護衛達とともに信長の捜索に出た。

「そろそろ政秀が探しに来る頃か。」

信長は、馬に乗りながら察した。しかし、止まることはなかった。

そして、先ほどの大きな森についた。しかし様子がおかしい。夜だと云うのに明るいのだ。信長には恐怖心など全くなかった。何があるのか、知りたいと云う好奇心だけだ。

森の奥に進んでいく。何やら人の声が聞こえる。どんどんその声は近くなる。そして村のようなものが見えた。そこで馬から降り木に繋ぎ、歩いて村に近づいて行った。

誰かが飲み残したであろう酒を拾い、それを飲みながら民の声に耳を澄まし歩く。

民達が幸せそうに歌うかと思えば涙を流す姿を目の当たりにした。気がつくと信長は酒を飲みながら何があったのか必死に情報を集めていた。

「ここは桜家の納める地と政秀が言っていたな。」

あっという間に酒がなくなっていた。金を持ってくればよかった。その辺に落ちていないか辺りを見渡したがあるのは空っぽの酒だけだった。

仕方がない。騒いでいる民に声をかけた。

「酒が切れた。少し分けてくれないか?」

空の酒を見せながら言った。すると、俺の顔を見て

「見ない顔だな。お前さんどこの百姓だ?」

俺を百姓と間違えても仕方がない。布切れ一枚の姿で腰にも刀はさしていない。信長は心の中に全てを隠し笑った。

「飲みすぎだな。前にもあったことがあるだろ?」

「おお。そうだったか。まあいい。特別に桜の地酒をやるよ。今日はめでて〜からな。」

そういって新品の酒をくれた。信長は蓋を開け飲みながら聞いた。

「さっき泣いている奴がいたぞ。」

「そうか、泣いていたか。あんな小さかった若が元服なされたのだからな。」

信長は辛うじて笑顔を保ちながら

「そうだな。」

軽く会釈をして奥に進んだ。民達は桜家の元服祝いを催しているのだと理解することができた。そこまでわかると信長は桜家の若君とやらに会ってみたくなった。楽しげな村の雰囲気につられながら新品の酒がわずかになったところで村で一番大きな館を見つけた。

館の大きな門のあたりで両手両足を地面につきゲロを吐く少年がいた。そいつは一通り吐き終えた後俺に気づいた様子だった。

すると館の中から優しそうな老人が出て来た。

「飲みすぎですぞ。若。」

どうやらここでゲロを吐く少年が桜家の若君の様だ。すぐに理解した。俺は酒のせいか顔を拝みたくなった。

「元服おめでとうございます。しかし、飲みすぎですぞ。」

信長がそっと顔を見ようと近づく。すると、あの優しそうな顔をした老人が

「貴様この村のものではないな。名乗れ。」

刀に手をかけて少年の前に立ちふさがった。

どうやらこの老人は中々の勘を持ち合わせた家臣の様だと信長は一瞬で感じとった。

「この酒は中々上等なものだな。」

話を逸らそうとしたが無駄だった。老人の表情は豹変し刀を今にも抜く勢いだった。

「名乗れぬのなら切り捨てるぞ」

この老人の目は真剣そのものだった。老人の目を睨みつけながら

「我が名は織田家一門、織田信長と申す。楽しげな雰囲気に釣られ立ち寄った。そのついでに若君の面を拝みに参っただけだ。」

信長は正直に老人に語りかけた。

老人は織田家という言葉に一瞬戸惑いを見せた。しかしそれを見せない様に刀はまだ握っている。

先ほどまで四つん這いになっていた少年が急に立ち上がり、俺の顔を見ながら

「天下統一する織田信長?」

と一言言って倒れた。完全に気を失っている様子だった。

そこにいた二人は状況を把握できずにいた。その瞬間に遠くの方で民の悲鳴が聞こえ、次の瞬間

「馬は近くに繋がれておった。確実におられる。」

政秀の声だった。先ほどまでの賑やかな雰囲気は一瞬で戦場に変わった。

「若を屋敷に連れて行け。ここは危険だ。」

老人は数人の人間で桜家の若君を屋敷に運び込ませた。俺は一瞬で桜家の家臣達に囲まれた。

「今すぐこの地から出て行け。織田家と戦をする気などこちらにはござらん。」

刀はすでに抜いていた。俺を囲む数人も刀を抜く。

「俺も戦をしに来た訳ではない。言ったはずだ。」

今にも切りかかってくる様な緊迫した状況の中、一瞬音が消えた。老人の首が宙に浮いた。

「信長様。ご無事ですか。」

政秀だった。政秀とその側近達は俺を囲んでいた数人の人間を切り捨て政秀は俺に馬をつけた。

あまりにも一瞬の出来事で誰もが理解出来ていない。俺は馬に乗り込み逃げた。呆然とする民達を抜け振り返るとこちらを怒りの表情で睨みつける桜家の家臣達がいた。

俺たちは森を超え織田家の領地に入った。

信長は馬に乗りながら自分が元服した時の事を思い出していた。父上と政秀だけは喜んでいた。だが尾張の民達は違った。家臣でさえも心から祝ってくれていた奴はいなかった。

桜の地の酒を飲んだ。先ほどまで飲んでいた酒とは全く違う味がした。

政秀は切りつけるつもりはなかったと俺に言った。ただ彼らは刀を抜いていた。だから切ったと責任は全て私にありますそう言った。

信長にとってはどうでもよかった。ただ自由でありたいだけなのだから。


城に着いた時、信長は桜家の若君が言った一言が気になっていた。

「天下統一か。」

この日二人が出会った事は大きく、時代が変わるほどの出来事であった。


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