2つの誕生日。
明日は『桜大志』つまり俺の記念すべき15回目の誕生日。だがお祝いしてくれるのは両親だけの様だ。
「いないよりマシか。」
この国は平和で当たり前のように歳をとる。食べる物にも困らないし好きな洋服を買っておしゃれをして当たり前の様に家がある。ネットの世界では誰かを中傷したり自慢したりする。しかし、一歩この国を出てしまえば食べ物も洋服も家もネットの世界も与えられない人たちがたくさんいる事は誰もが知っている。しかしみんな関心が薄いことは仕方のないことだろう。俺自身もそうだ。
俺自身まだ中学生だということもあり親が作ってくれた今の環境に当たり前の様に暮らしているのだ。
この国は平和そのものだ。他の国は、自国の繁栄や己の欲のために戦争の準備をしている。
俺は未来に不安を感じていた。考えても仕方のないこと。俺一人ではどうにも出来ないと暗い気持ちになる。
そんな時俺は決まって勉強する。いろんな知識を身につけることで安心するのだ。
いつものように勉強していた時1通のメールが届いた。
件名に「和睦の使者」と入っており開くと俺の名前や俺が誕生日を迎えるということを知っている誰かからの様だった。親以外にも俺の誕生日を祝ってくれる人がいたのかと少し嬉しく思った。同時に知り合いの誰かが俺にいたずらしているのだと思った。
メールの本文には、このゲームをクリアしてほしいという依頼の様な内容だった。ゲームの説明には一言乱世を収め天下を統一して平和の国を作り上げるとだけ記されていてリンクの様なものが貼られていた。
誰かわからないが知り合いのいたずらで見てみれば誰かわかると思った。開くと開始まであと5時間30分と表示が出た。
「重っ!笑」
なんなんだこのゲームはと思った瞬間、和睦の使者と名乗る者からメールが届いた。開こうとした時、携帯が鳴った。俺は架空請求業者かとびびりながら確認するとリビングにいる母親からだった。
「大志、ご飯できたわよ。」
メールは後で確認することにしてリビングに降りると、父親と母親が揃ってメシの準備を終わらせ俺を待っている状態だった。
なんか重苦しい雰囲気を感じ取ったが椅子に座りいただきますと言った。
すると父親が
「大志、進路は決まったのか?」
始まった。正直、何も考えていない。進路の事は後回しにしてしまっていた。
俺は学校でトップの成績をキープしている。大体の学校には行けると思っていた。俺はとりあえず偏差値の高い学校の名前を出して唐揚げをつまんだ。
「そうか。ちゃんと考えているんだな。」
と嬉しそうな顔をしてビールを飲んでいた。しかし今の俺の心の中は進路のことなんかより、唐揚げが食いたいでいっぱいだなんて父親は思いもしないだろう。
すると急にリビングの電気が消えた。
何事かと思った時、定番のバースデーソングが母親の声で流れた。そうだった。明日は俺の誕生日だった。
「明日だけど」
「明日もお祝いしてあげるよ。」
と母親がケーキを出してくれた。全部食べ終わって風呂に入ろうとした時、父親が
「頑張れ」
と一言だけ言った。
俺は風呂に入りながら進路について考えたが、すぐにやめた。
風呂から出ると、両親はもうリビングにはいなかった。部屋に戻ったのだろうと思った。今日は何もする気にはなれなかった。
「もう寝よう」
明日の4月1日で俺は15歳になる。そしたら少し考えよう。そう心の中で答えを出して布団に入った。
誰かに体をさすられ俺は目を覚ました。気がつくと大きな木の下にいた。
「若!ここにおられたのですか。」
見覚えのない老人が額に汗を垂らしながら俺の目を見つめていた。
「えっと、どちら様ですか?」
老人は額の汗を拭いながら
「何をおっしゃいますか。成宗でございます。若、殿が探しておられます。お怒りになられる前に屋敷に戻りましょう。」
人違いだと思って目をつぶったがあっという間に起こされた。
「乗ってください」
と老人に背後を取るような形で馬に乗せられた。なんで馬がいるのかここはどこなのか全然わからない。混乱している間に見たこともないような森に入って行った。俺は誘拐されたんじゃないかと思った。急に怖くなったがその時、老人が耳元で
「兎にも角にもおめでとうございます。若様。」
と言った。そのおじさんはとても俺を誘拐するような人には見えなかった。気がつくと森を抜けて一本道にでた。その奥には小さく村らしきものが見えた。
どうやらその村に向かっているようだった。しかしここはどこなのか…全く身に覚えがなかった。
俺は老人に言われたことをふと思い出した。
「おめでとうってなんのことでしょうか?」
すると、
「今日は記念すべき元服の日でございましょう。」
老人はニコッと歯を見せた。俺はありがとうございますとはとても言えなかった。
馬に乗ったのは初めてだったが意外に早い。あっという間に村に入った。俺は誰かに助けを求めようと思った。
そこで村人らしき人にまた
「元服おめでとうございます。若様。」
と声をかけられた。びっくりして助けを求める事を忘れてしまっていた。俺は何もできない。しかし馬は止まらない。
「着きましたぞ。若様。殿がお怒りでなければ良いのですが。ささっ、急ぎましょう。」
気がつくと立派な屋敷の前にいた。俺は馬から降りた。すると館の中から一人、二人と出てきておめでとうございますと言うのだった。あっという間に俺は囲まれた。もう逃げるなんて不可能だと悟った。俺は成宗と言う名のおじさんに着いていく形で大きな屋敷に入って行った。
「ただいま戻りました。殿。」
そこいたのは父親の顔をしていた。俺はホッとしたが、俺の知っている父親とは別の様だった。
「父さんですか?」
「どこにいたのだ。まあ良い。すぐに支度せい。元服の祝いを始めるぞ。」
すると今度は母親の顔をした女性と数人の女が現れ、奥の部屋に連れて行かれた。
服を脱ぐ様にいうとゆっくりする間も無くあっという間に立派な着物を着せられた。
着替えを終えると母親の顔をした女性に
「今支度をしておるゆえ少し待つのですよ。元服のお祝いが終わるまで決して館から出てはなりませんよ。」
と、言い放ち返事を言う時間すらも与えず女性達は部屋を出て行った。
部屋に一人になった時、少し落ち着きを取り戻し昨日のことを必死に思い出した。
「昨日は家で寝たはずなのに、なんで外に居たんだ。確か、元服の祝いって言ってたな。あ、今日は俺の誕生日だった。この格好って…。」
必死に状況を読み込もうとしたが、答えなんて出るはずもなかった。
すると、突然、誰かが部屋に入って来た。
「兄上、戻られたのですね。元服おめでとうございます。」
そこに居たのは2年前に死んだはずの弟の顔をした子供だった。
「なんで生きてたのか。」
懐かしさと嬉しさからか、涙が溢れてきた。
弟はなぜ泣いているのか不思議そうな顔をしていた。気がつくと俺は弟を抱きしめていた。
「兄上、急にどうなされたのですか?」
目の前にいる弟の体温や声が嬉しくて俺は涙が止まらなかった。
少し落ち着きを取り戻し、ここは、俺のいた世界とは全く別の世界の様だ。俺は弟の顔をした子供に一瞬で心を開き何年なのか聞いてみた。
「今年は天文20年ですよ。」
弟は当たり前のように言った。
呆然として座り込んで弟の顔を見ると
「兄上、着物が良くお似合いでございます。私も早く元服しとうございます。」
目を輝かせて言うのであった。
すっかり日も暮れ始め、館の中になんともいえないいい匂いが立ち込めていた。
「若!準備ができましてございます。さぁこちらへ」
成宗に呼ばれ弟と一緒についていくとそこには、10人程の強そうな男と一番奥で陣取る父親の顔をした人がいた。
奥で陣取っていた父親が立ち上がり俺を人々の真ん中に来るよう手招きをした。俺はものすごい緊張感を感じながら真ん中に立った。
「これでお前も桜家の武士として生きていく時、これより名を改め『倭平』と名乗れ。良いな。」
俺に向かって優しく語りかけた。そこにいる全員の視線が俺に集まる。
「かしこまりました。」
と頭を下げた。それしか出来ない空気だった。
一瞬の沈黙の後、歓喜の声が館中に響いた。びっくりして顔をあげると泣きながら喜ぶ大人の姿があった。
「祝いだ。飯を持ってこい酒も全部。今日はめでたい。」
大人達が一斉に騒ぎ出す。簡単に言うと宴会だ。それも盛大な宴会が始まった。屋敷の外では太鼓の音や人々の歌声が聞こえた。
この村の人間全員が俺をお祝いしてくれている。戸惑いながらもなぜか嬉しかった。
「この酒は桜の地でしか取れない貴重な酒だ。民が祝いでくれたのだ。特別に飲ませてやろう。」
あの厳しい父親の顔で俺に酒を注いだ。
「頂戴いたします。」
なんてカッコつけて飲んだ。初めての酒うまさは全くわからなかった。だが、体が熱くなって気持ちがいい。
気がつくと4〜5杯は飲んでいたみたいだった。どうやらこの人達は悪い人達ではなさそうだ。俺は死んだはずの弟の姿と楽しそうに笑う人達を見ていた。俺は幸せな夢を見ているのだと思った。
気がつくと布団の中だった。頭が痛い。どうやら眠ってしまったみたいだ。しばらく動けずにいると、昨日の様子とは違い、静かで不気味にも思えるほどだった。
意識がしっかりした時気づいた。
どうやら、生まれた世界とは違う別世界で目を覚ましてしまった様だった。