現原夜風の「夜盗」ークリスマス大作戦2ー
チハハ隊は俺とテツを抜くと全部で、5人が在籍している。例の企画書を出された段階では男子の大半、15名以上がいたのだが、俺の独断と偏見でそこから5人に絞った。といってもちゃんと公平は規してある。わざわざ俺の助けがなくと、両想いっぽい奴ら、そしてこの時期特有の雰囲気にあてられているような奴らも手助けは断っている。刹那的な寂しさで愛だの恋だのがあっていいはずない。しかし、そういった者達こそカップル成立の確立が高いのは中学生の業の深さが成せる技だ。
とりあえず前半戦にカラオケを選ばせた金木を含む隊員3名は、俺の立ち回りのおかげであらかた進展させることができた。俺の見立てでは告白成功率7割といったところだろうか。やれることはやったと言えるだろう、これで失敗したらもう仕方がない。お相手の方に許嫁や幼馴染でもいたのだろう。
かくして残る隊員はNO.4と5、比呂川 求 (ひろかわ もとむ)と糸瀬 麻里の2人となった。
比呂川は野球部に属しており、何世紀も続く伝統の坊主頭ではあるのだが顔はかなりのイケメンである。しかし、そういう奴に限って女子と話すのが苦手なのもこれもまた伝統である。そんな彼はロングヘアの少女、御影 深雪 (みかげ みゆき)に片想いしている。
この時代において顔の良し悪しというのは、恋愛偏差値に直結してしまう大事なファクターだ。幼少の頃から叩き込まれたはずの「人を見かけで判断しない」という道徳は中学生にとってはどこ吹く風である。全くもって業が深い。
そんな恋愛優等生たりうる比呂川がなぜチワワ隊にいるかというと、比呂川の「女子と話すのが苦手」が他に類を見ないレベルであるからだ。
ちなみにこの店に入る前、店陰で戻しそうになっていたのはこの男である。少しでもこの場に慣れてもらうために、後半の自由行動で勝負をしかけようと思ったのだが…
「なあ、比呂川の奴どこ行ったかわかる?」
俺は現在、比呂川を探していた。彼の姿がずっと見えないのである。しかし、他のクラスメイト達を待たせるわけにもいかないのでカラオケ組とボウリング組で再集合した後、完全に自由行動ということで各々に動いてもらうことにした。みんなが思い思いのメンバーを組み、再びロビーは閑散としたが、やはり比呂川はいなかった。
ボウリング組を仕切ってもらっていたテツに比呂川の様子を聞くと、「あれ、そういえばチーム決めの時点であいついなかったぞ?」と不思議な答えが返ってきた。
「ま、まさかな…」
俺はボウリング場の階層にある男子トイレに向かってダッシュし、半信半疑で彼の名を呼んでみた。
「比呂川、いるのか!?」
「…よ、夜風か。ああもう俺はダメだ、もともと俺には無理だったんだ」
閉まっている個室から燃え尽きた灰のような声が昇ってきた。チーム分けからいなかったとなると、ボウリングが始まってからずっと籠っていたのだろう。
「なに弱気になってるんだよ。後半戦は御影さんとバッティングセンターに行ってカッコいい所を見せる作戦だろ?俺が来たからには大丈夫だ」
「いいんだ、もう無理だ…。ボウリングの時にテツがな、男女混合のチームにしようって言ってくれたんだ。チャンスだと思ったよ。それに、クジは学校での席順で引くことになったから俺は最後の方でな。御影さんのチームの空き状況がリアルタイムで分かるんだよ。そして一人、また一人とみんながクジを引いて俺の番が近づいてきたんだ。運命的に、御影さんのチームにはまだ空きがあった」
比呂川がいまどんな顔をしているのか、俺にはわからなかった。吐かれる言葉は弱々しくともイケてる顔は健在だろうか。
「半数がクジを引き終わると、気が付いたらトイレにいたよ」
「なんでだよ!!!」
「分からない…、もしかして緊張のあまり失神してしまった俺を、誰かがトイレに運んでくれたのかもしれない」
「そんなわけねーだろ!自分で行ったんだよ!」
他に類を見ないといったが、オンリーワンにも程がある。この時期の彼は「女性と話せない」からさらにレベルが上がって、「女性と同じ空間にいれない」となってしまうようだ。まあその分、真剣に恋愛しているということなのだろう。チワワ隊は恋愛に弱くはあるのだが、そのシリアスさはひしひしと伝わる。だから放っておけないのだが。
「なあ比呂川、思うんだが…」
俺が小粋なアドバイスで彼を慰めようとした時だった、悲鳴という程ではないが逼迫した女性の声が聞こえた。
「ちょ、ちょっとやめてください!」
聞き覚えが有るような無いようなそんな声。そのせいか俺は彼にかけるはずだった言葉をなくして固まっていた。あれ、この声って…俺が答えにたどり着く数歩手前、ドアを蹴破らん勢いで比呂川が飛び出した。
「御影だ!!」
すぐ横を鬼のような速さで抜いていった比呂川の顔は、男の俺が見惚れるくらいやっぱりイケていた。
比呂川が勢いよく飛び出してから、数秒遅れで後を追った。既に何十メートルも離れてしまった比呂川の後ろ姿を必死で追ったが、すぐにその背中は人混みに見え隠れするようになった。俺が遅いのではない、あいつが早すぎるんだ。それにしても、あの声だけで向かうべき方向まで分かっているというのだから恐ろしい。俺も綺羅賴さんなら気づいたのだろうか?と、考えてみたが綺羅頼さんの悲鳴にかけつける自分の姿はあまり想像できなかった。それほどまでに、彼の後ろ姿はかっこよかったのだ。
若干息を切らしつつ、ようやく現場が見えだした頃、比呂川は既に着いていた。しかし、鬼のようなスピードで、猛進していた人間が事を荒立たせずに終わらせられるとは思えない。何か早まったことをする前に制止させないと大変なことになるのではと予感した矢先、「その人に触るな!!!!!」、と戦いの火蓋が切って落とされた。
「なんだテメー、いきなり出てきて生意気だな」
俺がやっとの思いで現場に着くと、怖いお兄さん達は比呂川をまっすぐ睨んでいた。彼らは制服をだらしなく着崩した二人組で、ここをたまり場にしている高校生のようだった。比呂川の身長は中学生にしては確かにでかく、高校生くらいはあるだろうが、それでも中学生と高校生では何かこう精神的に大きな開きがあるように感じてしまう。事実、俺達の中学校にはこの人達みたい金髪や茶髪に染めている人達はいない。
「中学生がよ~、お兄さん達に逆らっていいんですか~?オレら怖いよぉ?ただじゃすまないよぅ?」
威圧的な態度や風貌は、俺達を震えさせる程怖い。だからこそ、周囲に何の気なしに恐怖を振りかざせる輩は…
「腹が立つんだよ…」
一瞬、声が漏れてしまったのかと思ったがそれは違った。俺じゃない、比呂川だ。俺はまだ後ろで震えている。
「お前らみたいな自分達が楽しむことしか考えない、道徳も信念もない奴らには腹が立つんだよ」
「…ンだてめー、調子のってんな。あーあ-、わっかてね~な、社会ってやつを」
金髪のチンピラ(以降、金ピラ)がずっと掴んでいた御影さんを袖を放し、比呂川もとい俺の方へと向かってきた。それでも比呂川は仁王立ちを崩さず、俺はというと素早くバックステップした。
「社会を分かってないのはお前達だ。人に迷惑をかけるな、教わらなかったのか?それと…」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!」
金ピラは大き右腕を振りかざし、それを比呂川の顔面へと放った。
「比呂川ぁ危ないっ!」
しかし、比呂川は首を横に傾けるだけでその拳を避けた。そして、素早く伸びきった腕を掴み、金ピラの動きを制止した。
「テレフォンパンチって知ってるか。てめーの無様な拳なんざ当たらねーよ。…それとな、お前が気安く触ったその女性は俺の好きな人だ……、分かるか?俺はいま怒ってるんだよ」
「ちょ、痛ぇ!放せクソっ!オイ!!」
今度は俺が声を出す間もなく、茶髪のチンピラ(以降、茶ラ茶ラ)のボディーブローが比呂川に当たった。
「比呂川くん!!」
驚きと不安のあまり声さえ出なかった俺に対し、御影は先程よりも悲鳴に近い声で叫んだ。
「…だから言ったろ。道徳も何もない、毎日をだらだら適当に過ごしているお前らなんかが、信念を持って鍛えている俺の体に敵うわけがねぇんだよ」
「い、痛え!マジで痛え!折れる、もう折れる!分かった、帰るから!今日はもう帰るから!!」
金ピラが涙目になりながら必死に叫ぶと、比呂川は投げ捨てるように右手を放した。金ピラの腕は、気の毒な程真っ赤に痕が残っていた。茶ラ茶ラはその横でおろおろとしているだけだ。
「くそっっ、おいテメー…」
腕を必死にかばい、力なく比呂川を見上げる不良達だったが、比呂川の早く行け、と言わんばかりの眼光に当てられ捨て台詞を吐く事もなく逃げていった。いやぁ、比呂川先輩…すげぇっす。
「比呂川…、お前ボクシングでもやってたの?」
比呂川からは喧嘩慣れとかではなく、何かこう格闘家じみた余裕があったように感じたので質問してみた。
「そんなわけねーだろ、俺は野球一筋だ。この体も野球のために鍛えてんだから。…ただな、兄貴がボクシングやってるから、それでちょいとな」
ニヒヒ、と笑う比呂川はイケてるなんてもんじゃなかった。俺、コイツなら真剣交際申し込める。
「あ、あの比呂川君、その…ありがとね」
しかし、そういう訳にはいかない。彼が真剣交際をする相手はもう決まっているのだから。
「あ、いや、気にしないでください。…えっと、それよりケガはありませんか?」
「ケガは、ありません。君のおかげで。…あ、あの、それより、さっき比呂川君が言ってたことなんだけど…本当?」
「はい?俺がさっき言っていたこっ…!!」
やっと気づいたか、このイケメンは。先程の男でも惚れる剛強無双の大活躍の最中に、ぽろりと告白ワードが出てしまったことに。しかし、比呂川は心の準備ができていないうえに、本人に聞かれちゃっているものだからひどく動揺していた。百年の恋も冷めるほど、とは言わないがここはビシッと男らしさを出さなければいけないところだ。いい雰囲気になったら、告白。言葉もみんなで決めてある。あとは、隊員達の覚悟だけである。
「い、いやあれは、なんていうか、その、勢いというか……、いや別に嘘とかではないんですけど、その…」
「比呂川ぁ!違うだろ!?」
というわけで、「引き返した奴から銃殺」鬼軍曹の登場である。と、いっても俺がしてやれることは何もない。隊員達にこうして檄を飛ばすことぐらいだ。すがるように振り返った比呂川に、俺は腕を組みただうなずいた。
「……御影さん、ずっと前から大好きでした!俺と付き合ってください!!」
「……はいっ!」
恭しくお辞儀をしていた比呂川の姿勢がピンと直り、二人は見つめ合っていた。不器用で誠実な二人らしい始まり方だ。きっと、末永く幸せになってくれることだろう。
「こ、これからもよろしくお願いします……」
「はいっ…!」
俺はというと、あれだけ凄まじい格好良さを見せてくれた比呂川隊員に対し、あんなに偉そうに檄を飛ばしたことが恥ずかしくなり、一人腕を組みながら赤面していた。