表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

現原夜風の「夜盗」ークリスマス大作戦ー

この日は朝から異常な冷え込みを見せ、天気予報では今年の最低気温をたたき出すだろうと言っていた。普段は夏の暑さも冬の寒さも御免こうむる俺だが、今だけはこの身を切るような寒冷に感謝できた。今日はクリスマスイブニング。俺は家の玄関から一歩踏み出し、いつもは見向きもしない灰色の空を見上げた。


「いいね」


今日はホワイトクリスマス。



「おーっす、悪いちょっと遅れたか?」


「おう、夜風ぇおせーよ」


俺が待ち合わせ場所の公園に着いたときには、すでにクラスの半数以上が来ていた。いつものグループに散らばりながらも、みんなどことなく浮き足立っている様子はクラス会ならではの感覚だ。隙あらば女子に話しかけようとしている男子、教室にいるときより何倍も女の子らしい格好で、可愛い仕草とか披露しちゃう女子。それらの光景は、静かに降り続ける雪と相まってとても輝いて見えた。


それから程なくして、参加者の全員が揃った。予めに今日の作戦については話しているのでそこからの流れはスムーズだった。俺達は公園を出て目的地へと向かった。


その間俺は集団の先頭を歩き、皆を先導していた。ふと後ろを見ると随分な大所帯であることが感じられた。どうやら最終的にクラスの9割以上が集まったみたいで、その中にはもちろん綺羅頼さんの姿もあった。綺羅頼さんはキャラメル色のダッフルコートを着て、赤地にピンクのチェックが入ったマフラーに顔をずっぽりと埋めている。隣の女子と談笑をする彼女の健気に笑うその口がチラリと見えるだけで、俺はもう未練など微塵もしないような満ち足りた気持ちになった。寒空の中でも、ひざ上のスカートを履き、黒のタイツだけで頑張っている彼女の姿はいじらしくもあり、その可愛さを自分だけが享受したい的な独占浴がふつふつと、


「あんまり見つめてるとバレますぜ、アニキ」


「…だれがアニキだよ、やめろ」


いつの間にかテツが横に来ていた。テツには特に俺が綺羅頼さんのことを好きだというのは伝えていなかったのだが、どうやら気づかれていたようだ。多少恥ずかしいがこいつの方が色々と恥ずかしいので気にならない。


「まあ今日一日一緒に頑張ろうぜ、兄弟!俺もお前に協力するからよ!」


「いや、別に協力とかそういうのはあんまり期待してない、というかあまり変なことは…」


「じゃあ俺佐倉さんのとこ言ってくるから!」


釘を刺しきる前にテツがいってしまった。俺にも作戦というものがあり、あまり妙なことはしないでもらいたいのだが分かっているのだろうか…。


「いきなり雰囲気をぶち壊しにいくような、情緒のないやつではないと信じたいが…」


そうぼやきながら後列に走って行ったテツを目で追うと、なぜか綺羅頼さんの隣にいったので思わず叫びそうになった。しかし、よく見るとお目当ての佐倉さんは彼女の横にいるようで、どうやらさっきまで綺の談笑相手は佐倉さんであることが分かった。彼女達は普段は別のグループだがどうやら今日は2つのグループが統合しているらしい。



それはつまり綺羅頼さんは佐倉さんの隣にいる可能性が高いということであり、それはテツが余計な気を回しやすい環境であるということだ。


「くれぐれも変なことはしないでくれよ…本当に」


俺は曇天を見上げ、その上を忙しく飛んでいるであろうおじさまに思いを馳せた。



今回行われるクリスマス会は二部構成になっている。まず初めにカラオケやボーリング場が併設したレジャー施設で夕方まで遊び、その後プレゼント交換とか、まあお馴染みのクリスマス会だ。


企画するのが面倒であるならクリスマス会だけ開けばよいものを、なぜ二部構成にしたのかと言えば実はこれにはクラスの男子による思惑というか、浅ましい計算があったりするのだ。


どうやらテツや俺以外にも所謂「告白の機会」に飢えていた桃色肉食獣は多かったようで、彼らは彼らで絶対に彼女をつくらんと凄まじい一体感を発揮し、当日の流れからお互いの告白のセリフまでそれはもうきめ細やかな企画書が完成させたのだ。


俺はというと、綺羅頼さんのことを誰かに相談するつもりも協力を仰ぐつもりもなかったので特に肩入れせず、とりあえず当日の流れに関してだけ音頭を取ることを約束した。



「頼んだぜ、指揮官(コマンダー)!」


「調子のいい奴らだな。……ってあれ、クリスマス会の前に店行くの?」


そこで俺は初めて、俺が企画したクリスマス会以外に新たな項目が追加されているのを知った。


「集合時間3時間早いし……。なんでだよ、夕方からでよくない?」


「NO、サー。その命令には従えません」


彼らは下を向き、プルプルと震え、俺と目を合わせようとしなかった。埒があかないので一人を指名し、今からでもこの企画書を燃やしてもいいのだと告げると、彼はなんとも情けない涙声で、「休日にクラスの女子と会ったことがないからであります、サー!」と叫んだ。


「なるほど、意味が分からない。一から説明するように」


「Yes、サー!この日は土曜日であるため公園でのランデブーは私服であることが考えられます。しかし、私達弱卒は対制服用の訓練しかしておらず、かような精神攻撃に耐えきる自信がありません!また学校でさえ満足な戦績を残すことが出来なかった我々では、休日という普段とは違う柔らかな雰囲気に飲まれ話題物資が枯渇する恐れがあります!そのため、苦し紛れの愚策と知りながら、クリスマス会までの時間稼ぎと致しました!サー!」


「……それで彼女が欲しいとか言ってんのかこの馬鹿どもがー!!!!」


下を向いていた桃色肉食獣改め、スケベチワワ集団が俺の一喝に最敬礼で答えた。


「というか、このクリスマス会なら別にそこまで気負わなくても大丈夫だろ。ホームみたいなもんじゃないか」


「それでもでございます、サー!申し訳ございません、どうか卑しい私共にご慈悲とご助力を頂戴したく思います!」


企画書をよく見れば、誰が誰を狙っているという、いかにも助け船を期待しているかのようなプロフィールが詳細に書いてあった。しかし、そのくせレジャー施設内での行動や班割り、そのタイミングについては俺に一任するとも小さく書いていた。実に丁寧な仕事である。


「まったく…なんて奴らだよ、ほんと。呆れてものも言えねえ」


「た、頼むよう夜風。普段からクラスの女子と話してるのお前と哲人くらいなんだよ~~」


あまりに唐突な共同戦線、というか戦線離脱に大きなため息が出た。少し離れたところで彼らを見ていた哲人が「じゃあ俺でもよくね?」と口を挟んでくれたので、俺もウンウンと頷いたが「哲人は馬鹿だから駄目だ」と却下されてしまった。こいつら勝手か。だがまあ否定はできない。


終いには俺を囲んで土下座を決め込み、「頼む夜風!いやコマンダー様!恋の指揮官!イケメン番長!」などと口々に俺を崇めだしたので、渋々OKすることにした。


「仕方がないな、やってやろう。……ただし俺のことは軍曹と呼べ!!」


「…軍曹!夜風軍曹!軍曹っ!軍曹っ!軍曹っ!軍曹っ!」


「フハハハハハハその通り、私が恋の軍曹だ!いいか野郎共、引き返した奴から銃殺だ!必ず俺について来い!!」


「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」


渋々である。決していい気分になったからではない。恋の軍曹だなんてそんな恥ずかしい渾名の人、俺は知らない。


この後、幾日も後悔の海を漂流したことは言うまでもない。俺にも綺羅頼さんがいるのだ。彼らに構っている暇など、いくらジャンプしても出てこない。とりあえず作戦を考えるのに頭を抱えているとテツが「がんばれぐんそー(笑)」とか言ってきたので、彼を副指揮官に任命しておいた。



「はぁ……」


思い出すだけで頭が痛くなる。しかし、引き受けると言葉にしてしまった以上、投げ出すわけにはいかない。仮にも一年近く共に過ごしてきたクラスメイトなのだ。今日くらい優しくしてやろう。昔から「いい子にしてる子にはサンタさんが来る」というし。


ふと後ろを見るとチワワ隊は様々な表情を浮かべていた。男子としか会話していない者を始め、浮かれ過ぎて女子に引かれている者、下を向いて誰とも話していない者、店の陰には緊張でもどしそうな奴もいた。


俺はごくりっ、と生唾を飲み込み再び前へと向き直った。そして、陽気なクリスマスソングが流れている戦場に対峙した。厳しい戦いになるな……自分のためだけに呟いた声は、容易にBGMにかき消されてしまった。


自動ドアをくぐった。身を隠すものは既にない。


「いらっしゃいませ!何名様ですか?」


「予約していた現原です…!」


作戦実行――。




「よーし、じゃあとりあえずボウリング組とカラオケ組に分かれようぜ!」


「ねー、どっち行く?」「ボーリングいこーぜ!カーブ見せてやるよ、カーブ」「私カラオケ苦手だからなあ…」


店に入り、まず始めに行うことは選択肢の提示である。これは多ければ多い程良いというものではない。この店にはボウリング以外にも様々なスポーツを無制限に楽しむことができるうえに、ボードゲームやテレビゲームなどおよそ遊びという遊びが体験できるようになっている。


ではそのような場所で幹事が初めに行うことは何なのか。それはやりたい事の決を取ることでも、各々に任せて好きなように遊ばせることでもない。大人数でのその日初めてのイベントは、行動パターンを最大二択しか用意してはならないのだ。


そもそも俺達中学生のクラス会なんか遊ぶ内容など案外どうでもよかったりすると思っている。例えば意中の人がいる奴はその人と少しでも一緒にいたいと思うだろうし、いつもの仲良しのグループで行動したい奴はそいつらと一緒にいるのがもはや前提条件とも言える。だから選択肢を二分にしてやると、まず自分達で思い通りのメンバーを組めるだろうからクレームが少なくなる。


ただそれでも自分の気持ちに素直になれない奴や、クラスでの発言力があまりない奴には……


「えー、なんでどっちかなのー。アタシすぽっちやりたいんだけどー」


「いやー悪いな、鹿ヶ崎 。後半の一時間は自由行動にしているからさ、なんとか我慢してくんないか?」


「えー、いいよ別にアタシ1人でもいいから」


「そんなこと言うなって。あ、おーい金木お前カラオケなー、一緒にダンシング☆クリスマス歌おうぜ」


「お、おお…もちろんいいぜ」


紹介しよう、この幸が薄そうでクラスでもあまり目立つ方ではない金木 悟という男は我々チワワ小隊の一員である。この男はその見た目とは裏腹に、クラスでも1、2を争う問題児こと鹿ヶ崎 乙女 (かがさき おとめ)のことが好きなのだ。そしてさらに驚くべきことは


「…なに、カネキ歌うまいの?」


「え!?ま、まあそこそこだけど…」


「ふーん、じゃあ一緒にあれ歌ってよ、キミコイ」


「え!?え!?」


この2人が両思いらしいということである。と言っても、金木の方は全く気づいておらず、鹿ヶ崎の方も素直になれないキャラなので進展がしない。


彼らがたどたどしくも会話を繰り広げるようになると、俺はこっそりとチワワ隊から渡されたプロフィールを開いた。金木悟の欄には彼らしいどこか弱々しい字で鹿ヶ崎 乙女と書いてあった。気持ちは分かるぞ、金木。好きな人の名前を書くのって勇気いるよな。


俺は金木悟の顔写真欄に赤いボールペンで大きく丸を描いた。恐らくだが、あの2人は大丈夫だろう。もともと両思いだし軽いフォローで済みそうだ。


「じゃあ、しゅっぱーつ!ほら夜風もカラオケなんでしょ?」


「ああ、すぐに行くよ」


まずは、1人…!


視界の端で、テツが気の毒そうに俺を見ていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ