安息の夜と旅立ち
俺たちは堂島さんに廃墟ホテルの説明をしてもらっていた。
3年前に廃業したこともあって、ほとんどの部屋は散らかっていたが、ベッドや椅子が残っている部屋もあり、それなりに環境も整っていた。また、堂島さんが粗大ゴミから勝手に持ってきたソファなどもあり、
思ったより居心地がいい。
ここにきて正解だったな。
「そういえば、ここって廃墟なのに、どうして電気が使えるんですか?」
「あぁそれはね、大学の研究施設から譲り受けたソーラーパネルを屋上に設置しているからだよ。ただ、数がそんなにないのと電気の大半はこの近くの海水淡水化施設から水を汲み上げているポンプや浄水器に使っているからね、なるべく明かりとかは最低限しかつけていないんだ」
「なるほど……と言うことは水道やシャワーは使えるんですね?」
「もちろん。それも使ってもらって構わないよ。ただ、個室の照明をつけるほどの余裕はないから、モールから懐中電灯やLEDライトを調達してきてほしいな」
「わかりました」
水道が使えるのはありがたい。
ここになら長い間いてもなんとかなりそうだぞ。
「さて、それじゃあ君たちはそれぞれが使う部屋を掃除したら一旦私の部屋に戻ってきてもらえるかな? ミイラ達についてもう少し教えてほしいからね」
「了解です!」
翔吾が元気よく返事をした。
美沙も先ほどまでの緊張感がだいぶほぐれているような表情をしている。
こうして俺たちは自分達が使う部屋を決めた。
「じゃあ俺がここ!」
「私はここにするね」
「なら俺はここで」
現在俺たちがいるのが2階で俺の右隣が翔吾の部屋で左が隣が美沙の部屋、という部屋割りになった。
「ねぇカズ、夜中に私の部屋に入ったりしないでよ?身の危険を感じるから」
「する訳ねぇだろ。第一 この部屋内側から鍵がかけられるみたいだし、ていうか例え鍵がかけられなくてもお前の部屋になんか入らねーよ」
「ちょっとそれどう言う意味よ!」
「何がだよ」
「隣に女の子がいるんだよ?普通の男子高校生なら変な気持ちにもなるでしょ!」
「そりゃ普通の女子がいたらなるかもな、でもお前じゃならねーよ」
俺は美沙の顔から下に少し視線をずらす。
それ、中学の頃から全然成長してないだろ。
ドスッ
「殴るよ?」
「もう殴ってるじゃねーか…… ぐふっ……」
なんなのこいつ正確に鳩尾を突いてくるな、こいつには水鉄砲要らないんじゃ?
「おーい、そろそろ掃除始めようぜ。また後で集まんなきゃいけないし」
「そうね、始めましょ」
「あ、あぁ……」
俺はダメージを負った箇所を抑えながら部屋に入った。
中の個室は大体8畳くらいの大きさで少し埃っぽいが、ベッドと机が1つ置いてあり、少し掃除すれば使えそうではあった。
「よし、ちゃっちゃと済ませるか」
俺たちは一旦 一階に降りて雑巾を借り、軽く部屋を掃除した。
何もない部屋ではあるが、今晩は落ち着いて眠ることができそうだ。
「こんなもんかな」
掃除を終えた俺は2人と合流し、堂島さんの部屋に向かった。
× × ×
「堂島さーん、きましたよー」
堂島さんは机に座って資料をまとめていた。本当にすごい量だなこの資料。
「やあ、待っていたよ。そこにかけてくれたまえ」
堂島さんは机の前にパイプ椅子を3つ用意してくれていた。
「さて、先ほども少し話したけど、ミイラは水が弱点なんだね?」
「そうです、水をかけたら気絶しました。恐らくあの包帯が濡れると効果を発揮しないんだと思います」
「ふむふむ…… ということは包帯が乾いたら再び動き出す可能性もあるということだね」
流石大学で研究をしていただけあって鋭い。
「それは僕たちも思いました」
「ミイラは水が弱点、ただし乾いたら再生する可能性あり……と」
堂島さんは近くのホワイトボードに書き始めた。ペンのキュッキュッという音が部屋に響く。
「それと身体の部分的なミイラ化というのは?」
「俺たちがモールに行く前、襲われている女性を助けたんですが、その人は足だけに包帯が巻かれてミイラ化していたんです。彼女は足が言うことを聞かないと言って、僕の腰あたりをキックしてきました。」
「ほうほう、足だけがミイラ化して君を攻撃してきたと。それでその女性は?」
「カズ……」
2人が心配そうに俺を見つめた。
「それは……周りにもミイラが集まってきて俺たちもやられてしまうと思って……」
俺が口ごもっていると堂島さんは察したようだ。
「そうか……」
「その時は水を持ち合わせていなかったのかい?」
「はい、そうですけど……」
「その時、もしかしたらその女性の足に水をかけていたらその女性は動けたかもしれないな……」
なるほど。その考えはなかった。
あの女性は足以外は普通だったし、部分的なミイラ化なら濡らすことでなんとかなるのかもしれない。
「よし、じゃあ次だ。彼らの行動パターンについて聞きたいんだけど……」
「はい、それは……」
こうして俺たちはミイラについて長い間話し合った。
「よし、今日はここまでにしよう。3人ともありがとう。ご飯でも食べてシャワーを浴びたら今日はゆっくり休むといい。この建物の玄関、結構頑丈に作られているから心配はいらないよ」
「はい、ありがとうございます」
俺たちは先ほど持ってきた買い物カゴを取りに行き、遅めの食事をとった。
日持ちしない果物を優先的に、あとは缶詰などを食べた。
そして順番にシャワーを済ませた。
美沙は「アンタ達の後はなんか嫌!」とか言って1番最初にシャワー室に入った。
ひどい。結構傷ついた。
そしてそろそろ寝ようかと部屋に戻る時、廊下に美沙が立っていた。
「どうしたんだよ美沙。眠れないのか?」
「うん、ちょっとね。……ねぇ、なんでこんなことなっちゃったんだろうね……」
暗くてよく見えないが、美沙は哀しそうな目をしているような気がした。
「さぁ、なんでだろうな。そこは今考えてもしょうがねぇよ。今はどうやって生き残るかを考えなきゃな」
「みんなは……みんなは無事かな」
「わからねぇ、だけどみんなは明日探しに行こう。まだ無事かもしれない。諦めちゃダメだ」
「そうだね、諦めちゃダメだよね……」
「お前も明日に備えて早く寝ろ。しっかり身体休めとくんだ。」
「うん……」
「おやすみ、また明日」
「また……明日」
それだけ言って俺は部屋に入った。
だが部屋に入る直前の美沙の呟きを俺は聞き逃さなかった。
「お母さん……」
「……。」
美沙のお母さん。もしかしたら病院にいるかもしれない。必ず助けに行かなくちゃな……
俺は先ほど掃除したベッドの上に寝転んだ。
「はぁ……疲れた……」
色々、と言う言葉では足りないくらい今日は色々あった。
両親がミイラ化して 先生もミイラ化して、街もめちゃくちゃになってしまった。
今朝考えていたことをふと思い出す。今俺が憧れていたのは非日常的な日常。 何かのために必死で生きること。
それはとても美しいものだと思っていた。
今の俺が現状を正しく理解し、何をするべきか考え、迅速に行動できるのはそのせいなのかもしれない。
……今日はもう休もう。 さすがにクタクタだ。
瞼を閉じ、俺は眠りについた。
× × ×
「カズ、ねぇカズ! 起きて、起きなさい!」
「んん……?」
朝目が覚めると、何故か美沙がいた。
意識が朦朧とする中、昨日のことを思い出した。
そうか…… 今は廃墟ホテルの中だったな……
目をこすりながら、俺は上体を起こした。
「もう!どこにいても私が起こさなきゃいけないの? 」
「ていうかなんでお前俺の部屋に来てんだ……? お前寝てる間に俺になんかしたんじゃないんだろうな…」
寝ぼけながらそんなことを言ってみる。
バシッ
「んなわけないでしょ!早く支度しろ!」
頭を叩かれて俺はバッチリ目が覚めた。
昨晩のしおらしさはどこにいったのやら。
ベッドから出た俺は顔を洗ってバナナを食った。朝にバナナはいいね。
「よーしみんな、今日は働いてもらうよ。まずは食料と、生活に必要そうなものを調達してきてくれ。私は今日からミイラの研究をすることにするよ。 君たちが無事に帰ってくることを祈ってるからね」
「はいっ!」
堂島さんに言われて気が引き締まった。
言われたことに加えて俺たちは八嶋たちを探しに行かなければいけない。
「よし、行くか」
3人揃って拠点を後にした。
まず目指すはショッピングモールだ。
ミイラたちに対抗する唯一の武器である水鉄砲の感覚を確かめるように、俺はズボンのポケットに触れた。
その重みを感じながら、俺は再び前を向いたのだった。
次話 少し遅れます。