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2話

 機体は、大別して2種類に分けられる。

 

 現行品か、先史遺産(オーパーツ)か。


 現行品の機体は、文字通り現代に作られ多く流通している、一般的な機体である。

 作業用の機体、移動用の機体、戦闘用の機体、etcetc.

 機体によって用途がはっきりと別れ、それぞれに専門のパーツが必要となる。

 それなりの訓練と、統治機構によって発行されるライセンスが必要となるが、機体を操作する上での制限は特になく、万人の生活に根付いた必需品であると言っても過言ではない。


 一方で、先史遺産の機体。

 現在の歴が始まるおよそ一万年前に栄えたと考えられている、今の文明とは全く異なった人間の営みから生まれた機体。多くは遺跡から発掘され、ボロボロになって土へと朽ちていくような状態で見つかり、そのままコレクターの手で保管されるか、博物館にでも飾られるか、どちらにせよ観覧目的のでくの坊(・・・・)になる。

 しかし、時折保存状態が良く、今でも十分実用に足る機体が発見されることがある。

 先史文明の卓越した技術力は、機体の保存という面で現代まで生かされ、利用されている。


 過去の遺物。蘇った文明。


 先史遺産は、さらに2種類に分けられる。


 一つは、接続機。

 先史遺産の大部分はこれに該当する。

 先史文明の遺跡に行けば、廃墟と化した巨大ビルが林立するその間を縫うようにして、朽ちた接続機を見ることが出来るだろう。

 先時代の通常戦力だったのか、まだエネルギーが生きていた保管庫に、使用可能な100機余りの接続機が発見されたこともある。

 

 現行品とは異なり、機体を操作する人間はそれなりの対価を支払うことになる。

 人間を、機体のパーツの一つとみなす機体の設計思想。

 接続機の操者は接続機乗り(コネクター)と呼ばれ、延髄部分に接続端子を持つ。

 脳幹から脊髄まで続く端子線は、人の体から直接電子パルスを読み込み、より精緻で迅速な機体操作を可能にする。

 手術成功の確率、50%。

 現代の技術は、先史文明の妙技には未だ追いつくことが出来ない。


 

 

 もう一つ。

 先史遺産の中でも極々少数。


 人は言う。


 接続機乗り(コネクター)は人間をやめたが。

 神機乗り(リンカー)は、生物をやめた。











    ◇











「……人工筋肉調整よーし。右の重さ削って、左を水増しして、左右のバランスよーし。コアからの配線見落とし無し、神経系よーし。パイル装填完了、外装甲耐久確認よーし……」


 共用修理場(ドック)内。

 機体固定用ハンガーが立ち並び、天井からは巨人の手のような作業用のアームが釣り下がっている。

 各機体に割り当てられたエリアいっぱいを走り回り、指差し点検していく人影が一つ。

 ぶつぶつと独り言を呟きながら機体の周囲を動き回るその様は、まるきりエンジニアのそれである。

 機体に架けられた足場を上り下りしながら、時折工具で各部をいじくり回す。

 

 機体右腕の接続作業を行うアーノルドだった。

 

 急いでいたところに突然舞い込んだ機体調整。

 一週間の緊張と疲労でさぞかし疲れているだろうと思いきや。


「はぁ、はぁっ!……っべー。まじこれ、やっべーわ!パーツ屋さん大感謝だわ!ああ、夢のパイルバンカーが俺の機体に……!はぁ、はぁっ!」


 輝くような笑顔で走り回るその姿に、修理場の利用者は引き気味である。


 パーツ屋さんあいらびゅー!

 30分ごとに咆哮して、すぐに作業に戻る。

 作業を始めてかれこれ6時間。どうやら彼の中では、叫ぶことが休憩代わりになっているようだった。


 最後に作業用アームを操作し、機体右腕の露出した神経系及び人工筋肉を外装甲で覆い隠し、固定する。

 作業が終わったと同時に、椅子の背もたれにぐったりと寄りかかり、アーム操作室の中で感動を噛み締めた。


「終わった……。ぶっ続けで6時間。おれ、頑張った……」


 うひへ、うへへへへへ。


 元気のない笑い声が狭い室内に木霊する。

 機体の全換装を徹夜で行い、知り合いに挨拶に行ったと思ったらさらに追加で作業が増えた。

 目の下には真っ黒いクマができ、腹はぐーぐー鳴り続け昼飯の催促をしている。

 

 腰につり下げたポーチからエナジーゼリーのパッケージを取り出してちゅーちゅー吸いながら、これからのことを考える。

 よりにもよって、今、このタイミングで暴走期が始まってしまうとは。

 町の外に出るわけにもいかないが、早く離れないと不安で仕方がない。

 さしあたっては、機体の換装も終わったことだし、時期が終わるまで宿屋で引き篭もっていようか。あるいは、適当に理由を作って、パーツ屋さんとこに世話になるのもいいかもしれない。パーツいじりを手伝うのも楽しそうだ。


 どうにもいい案が浮かばなかった。

 頭が働いていない感覚とでもいうのだろうか、ぼーっとしたもやもやが目の前に張り付いているような気分だった。


「……頭動かそ」


 ぼそりと言って、ポーチに手を突っ込んだ。

 ごそごそと取り出したのは、端子のくっついたハンドサイズのバッテリー。

 それを、首の後ろにある、延髄とつながった接続用端子に差し込んだ。バチン、と電流が走る。

 

「……っくぅううー!よーし、目ぇ覚めた!昼飯食いに行こう!」


 反射でびくりと動く体を抑えて立ち上がり、伸びをする。

 とにかく悩んでも仕方がないので、今は腹の虫を宥めることにしたようだ。

 いままでいじっていた機体を眺める。


 換装したおかげで機体はパッと見『アルゲティ』には見えない。右腕が長く太く、全体が黒く塗装されている。中心部のリアクターパーツを露出させ、ヘッドパーツを鋭利な印象を与えるものに変更。全体的に丸っこさのある『アルゲティ』からはかなり遠ざけることが出来た筈だった。


 少なくとも、手配書の写真からは程遠い。


 後は、この町に来ているという神機乗りと顔を合わせなければ大丈夫だろう。

 アームの操作室を出て、出口に向かおうとしたところ。


 アーノルドの機体をじっと眺めている人影が目に入った。


 だぼっとした服で身を包んだ、少年に見える。

 黒い髪はあちこちにぴょんぴょんと跳ね、手は無造作にズボンのポケットに突っこんでいた。


 操作室から出てきたアーノルドに気付くと、歩いて寄ってきた。


「よぉ、こいつはあんたの機体だな?」


 『アルゲティ』を指差しながら確認してくる。

 近づくと、その身長はアーノルドの胸辺りまでしかない。

 端正な顔立ちで、しかし、にまにまとした笑みをたたえたその様は、小柄ながらも妙な雰囲気を纏っていた。アーノルドの怪訝そうな表情も気にせず、肩をばしばし叩いてきた。


「いやぁ、お兄ちゃん。面白い機体に乗ってるなぁ!腕の大きさが左右で違うなんてぇのは、シオマネキみたいでイカスじゃんか!」


 面白い機体。イカス。

 自分の愛機を褒める言葉に、アーノルドはあっという間に上機嫌になった。


「おお、違いが分かる少年だな!その、しおまねき、てのは寡聞にして知らんが、それもきっと、こいつに似てスタイリッシュな造形美を誇ってるんだろうな?」


「くふふっ、そうそう!アシンメトリーな外観で、ちょっと崩れた重心を見事に操ってる。がちがちに固めた外殻で機敏に動き回るんだぜ!あぁ、崩れてるってのはいいよなぁ。他にはない色気を感じるよ。そうだろう?」


「色気と来たか!おしゃま(・・・・)なガキだが、この形に魅力を感じたのは将来有望だぞ!」


 嬉しそうに語るアーノルド。

 シオマネキは、沿岸海域の波打ち際に生息する節足動物のことである。

 蟹みたいだと言われていることに気が付きもせずに話し続ける。


「機体に興味があんのか?いいねぇ、この町の出身なら、いろんなタイプの機体が見られんだろ?」


「んん?うんにゃ、別にここの生まれってわけじゃあない。最近ここにきたばっかりなんだ。ほら、暴走期が始まっちまっただろ?こんなド田舎に来るのは嫌だったんだけどさぁ、しゃあないから来たってわけだ」


「へぇ。そいつは災難だったな」


 文字通りの災難だった、と、アーノルドは思った。


 定期的に起こる暴走期。

 先史時代の遺跡にある機体モドキが、なんらかの原因で大量に外に放出され、破壊活動を行い始める現象のことを言う。ご丁寧なことに、期間が過ぎるまで遺跡の機能は働き続け、機体モドキも生産され続ける。考古学者達の話では、当時いたであろう何らかの外敵から都市を守るための自動排除プログラムが働いている、らしい。なんにせよ、今の人間にとっては災害以外の何物でもなかった。


 つまり目の前の少年は、災害を避けて町にきた人々の中の一人なのか。

 この町に閉じ込められている、という点では、アーノルドと同じなのかもしれない。


「そんじゃあ、奴らのパーティーが収まるまではここに缶詰ってわけか。少年も大変だねぇ」


「くふふふっ、いやぁ、それほどでも無いよ。そのおかげで修理中の機体やら取り外したパーツやら、色々見れたしな。やっぱり組み立て前とか、外れた後とかの方がきれいだと思うんだよな。それに、お兄ちゃんのこれみたいな、面白いもんもいくつかあった」


 くふふ、と、抑えるように笑う。

 にまにまと、ずっと笑い続ける少年だった。


「やっぱり、ばばあ(・・・)の町は面白い。ド田舎だからって、敬遠していて損した気分だ」


「おいおい、この町にお祖母さんがいんのかよ。ちゃんとばば孝行しろよ、少年?いい大人になれねぇよ?」


「お兄ちゃんみたいにか?」


 悪戯気に見てくる少年に、一本取られた、というように自分の額を叩く。

 実際、いい大人ではなかった。


 その後、ちょこちょこと後ろをついて回って色々聞いてくる少年に、アーノルドの機体についての説明をした。おしゃべりな上に聞き上手な少年で、ぺらぺらと濁流のように様々なことを話してきたかと思えば、アーノルドの説明をじっと聞いて、時折鋭い質問を飛ばしてきたりした。

 アーノルドはアーノルドで、懐いてくる少年を気に入ったのか、はたまた誰かに自分の機体を自慢したかったのか、懇切丁寧に少年に語った。


 少年が特に気にしていたのは、やはりというべきか、異形の右腕についてだった。


「なぁ、これ、なんでこんなに太いんだ?……ぱいるばんかぁ?へぇ……」


「これ、こんなんでバランス取れんのかよ?重量もそうだけど、遠心力とかさぁ……」


「いや、造形はすっげぇいかすし、好みだけども、使いづらそうな……え?ろまん?」


「ぱいるばんかぁ、どりる、ろけっとぱんちは男の魂?……はっは、これだからなぁ……」


 新しい武装に若干否定的な少年。なぜ造形美は分かるのにロマンは分からないんだと、アーノルドは魅力を語り続けた。

 

      ◇


 真上にあった日が、だんだんと傾いてくる。空腹で倒れそうだったことも忘れて、アーノルドは少年と話し続けた。少年も、アーノルドも、どちらも子供のような笑みを浮かべながら話し合っている。

 紅い陽光が修理所(ドック)の窓から差し込むようになって初めてアーノルドは気付いた。


「……ん、あれ、もうこんな時間か」


「んん?うわっ、やべっ」


 アーノルドにつられて時計を見て、少年が顔をしかめた。


「門限でもあったか?それなら、引き止めちゃって悪かったな。今どこに泊まってんだ?一緒に謝りに行ってやる」


「門限、つーか、あー、どうかなー。ま、いいや」


 ぶらぶらと手を振って、少年は修理場の出口に歩き出した。

 アーノルドも、少年を見送ろうと、工具の入ったポーチを外して出口に向かった。


「怒られるかなー、めんどいなー。あー、でもばばあに会いに行ったって言えば大丈夫かなー」


「正直に怒られといた方がいいぞー。後になってばれるともっと怖いからな」


「くふふっ、お兄ちゃんみたいな不良な大人は、そういう経験いっぱいありそうだな?」


「そうだぞ、経験者は語るって奴な。正直者は馬鹿をみるっていうが、あれは馬鹿な正直者だからだ。賢い正直者は馬鹿を見ないんだぞー」


「ふうん。お兄ちゃんは馬鹿な嘘吐きだったんだなー」


「そうだぞー、て、何言わすんだこのガキ」


 くふふ、と笑って少年は振り返った。

 修理場の出口だったが、今日はほかの利用者はもう帰ったのか、周りには人影がなかった。


「今日はありがとな、お兄ちゃん。すっげぇ、楽しかったぜ」


「おう、俺も楽しかった。けど、さよならするのは早いぞ。ちゃんと送ってくよ」


 にまにまと笑いながら、少年は答える。


「いやぁ、見送りはいらないよ。お兄ちゃんが一緒に来たら、言い訳がうまくいかないだろ?」


「おい、それじゃ馬鹿な嘘吐きになっちまうぞ」


「お兄ちゃんみたいにか?」


 くふふっ、と笑いながら、少年は道の真ん中に出る。

 ぶらぶらと腕を揺らして歩きながら、言った。


「今日は楽しかったから、お兄ちゃんに2つ言うことがある」


 少年は腕を天に伸ばして、人差し指と中指を突き上げた。

 二本のうち、中指を内側に折る。


「ひとーつ、明日の正午、町の真ん中の広場で、機体持ちは全員集合して暴走期の対策に乗り出す。これは強制参加で、外部からの者も必ず出席しなきゃならない」


「……え?」


「ふたーつ」


 戸惑ったようなアーノルドの声を無視して、人差し指を折った。


「私は少年じゃない」


 ちらっと振り返ったその横顔は、にまにまとした、離れていく子猫のような笑顔だった。


「……え?」


「っじゃーな!お兄ちゃん、また明日!」


 走っていく少女の姿を、アーノルドはぽかんと眺めていた。



      ◇




 正午。

 昨日の少女が言ったように、アーノルドのもとにも招集の連絡が来ていた。

 暴走期の機体モドキに対抗するための機体乗り達の招集。なぜ、彼女が知っていたのか。

 町の中央の広場におかれた演説台の上にいる彼女を見て、アーノルドは呆然とするしかなかった。

 黒い制服を着た、役人然とした男が、彼女の隣に立って拡声器で声を張り上げる。


「機体乗り諸君、招集に応えて頂き感謝する。これから、当地域における暴走期の敵性戦闘機に対する対処についての会議を執り行う。初めに、首都からお越しの特別公務執行官を紹介する」


 少女が、一歩前に出る。昨日とは違い、黒い髪を綺麗にとかし、ぴしりと糊のきいた制服を着ていた。

 そうしていると、ちゃんと少女に見えた。

 男が声を張り上げる。


「神機『ピーアンズ・プルート』の操者、ハイドーラ・ハデス様である」


 少女がアーノルドに気付いて、控えめに手を振った。

読了ありがとうございます。

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