愛し子について
暫くして、ルルはゆっくりと目を開けた。
「ありがとう。今度からそうしてみるよ。…結構時間をかけてしまったみたい。僕と君がここにいられる時間は限られているからね。ここからは少し手短に話すよ。」
「分かったわ。」
「ごめんね。…こうして僕は名前を得、傷を癒してくれたことと、名前を付けてくれたお礼に、君の願いをひとつ叶えることにした。」
『元の世界に帰りたいならその方法を探すし、精霊が欲しいなら一人あげてもいい。何でも言って。』
「あの神がいる世界となんて関わりたくないし、精霊は僕にとって大切な存在だ。でも、君のためならいいと思った。そしたら君は、」
『元の世界に帰る方法なんていらない。貴方の大切な精霊ももらうわけにはいかない。ここで貴方たちと暮らしたい。ここで貴方たちと暮らしたらきっと幸せな人生になる。我が儘かもしれないけれど、どうかお願いします。』
「って申し訳なさそうに言うんだ。僕も含めて、精霊たちは驚いたよ。だって神から聞いていた人間は、機械や魔法を使い、豊かな生活を送るために戦争をする傲慢で愚かな生き物だったから。僕の世界には神殿が一つと、森と草原しかなくて、食べ物は自然のものくらい。人間の言う豊かな生活とは程遠かった。そんなところに住みたいなんて、言われるとは思わなかったよ。」
「僕は思わずそんなことでいいの?って聞いてしまった。そしたら嬉しそうに笑って、ここに居たいんだ。って。」
すごく、嬉しかった。
そう小さく呟くルルに、私は目を細めた。
「それからはすごく楽しくて幸せだった。君は僕の知らないことをたくさん知っていて、それらを惜しみなく僕らに教えてくれた。」
小屋の作り方、木の実の調理の仕方、傷の手当の仕方、追いかけっこやお花の髪飾りの作り方…。
生きていく上で大切なことから、ちょっとした遊びまで本当に様々なことを教えてくれたらしい。
「朝から晩までたくさん遊んで、学んで、疲れたら作った小屋で眠った。本当に幸せで、僕らは忘れていたんだ。…人間には寿命があることを。」
視線を人型に落とすと、紫色の人型はどんどん薄く、小さくなっていった。
「僕の世界には病気なんてないから病で死ぬことはない。怪我をしても精霊たちは眠れば治るし、君は癒しの力を持っていたから平気だった。けれど、寿命だけはどうすることも出来なかった。」
水の人型達は紫色の人型を囲い見守っている。
「ある日、昼過ぎになっても眠ったままだった君が心配になって、皆で見に行くと、君はゆっくりと目を開けて、僕らに笑顔で言うんだ。」
『どうやらお迎えがきたようだ。もう貴方たちと遊べないのは悲しいけれど、毎日とても楽しかったよ。あの日、この世界に落ちて、貴方たちに出会えて、本当に良かった。ファイ、大好きだよ。ごめんね、また明日、はもう言えないな。』
「僕は理解できなかった。だって君は昨日まで普通に歩いて、笑って、いっぱい、話をしたのに。ずっと、一緒にいるって言ったのに…!」
ルルは泣いていた。
私はただ見ていることしか出来なかった。
「認めたくなかったけれど、確実に死は君に近づいていた。だから僕は君と約束したんだ。」
『何度生まれ変わっても僕は君を絶対見つける。ファイレストルルの名に誓って、僕はずっと君を愛し続けるよ。』
「君は今にも閉じそうだった目を大きく開いて、そのあといつか見たあの嬉しそうな笑顔を浮かべた。」
『ありがとう。お礼にファイがすぐわかるように、その約束を魂に刻んで。』
「君はそう言って、ゆっくりと僕の手をとった。僕はそれに従い、君の魂に約束を刻んだ。今でも覚えているよ。」
ルルは私の胸元に手をやり、目を閉じる。
『ファイレストルルの名において未来永劫、汝、「 」を愛し、慈しみ、守ることを誓う。』
「これが僕らの始まり。君が僕の愛し子になった瞬間。」
光に包まれて、ルルが最後にどんな顔をしていたのかは分からなかった。