歴代の私について
「長いこと眠っていたからね。僕はすぐには動けなかった。それに気づいた精霊たちはとりあえず君を僕から離そうとしたんだけど…。」
彼はちらりとこちらを見、小さく笑った。
「君はどんなに精霊達が引っ張っても僕の服を頑なに離さなかったんだ。」
大きな人型の上には変わらず紫色の人型が乗っている。
小さな人型が一生懸命紫色の人型を引っ張っては転がっていた。
「僕の体がある程度思うように動くようになった頃、君はゆっくりと目を開けた。皆が驚いて固まる中、君は瞬きを数回した後ふんわりと頬を綻ばせて、僕にこう言ったんだ。」
『おはようございます。』
「ってね。」
「それは、なんていうか、すごくマイペースですね…?」
「ふふ、そうだね。僕は不思議な人だと思った。君は知らない場所にいるはずなのに、ひどく落ち着いた様子でね、僕の上に乗っていることが分かると謝ってあっさりと退いたんだよ。さっきまでは僕の服を離さなかったのに。精霊たちはもう訳が分からない様子だったよ。」
「それは、ごめんなさい。」
私がやった記憶はないけれど、何となく申し訳なくなった。
すると彼は堪え切れない様子で吹き出す。
「君はこの話をするといつも謝るね。前の君も、その前の君もそうやって申し訳なさそうに謝っていたよ。」
懐かしいな、と呟く彼を見て、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「…私は貴方と出会ってから何番目の私なの?」
「ん?あぁ、君は十三番目だよ。前の君の事が気になる?」
私が頷くと、嬉しそうに話し始めた。
「一番目の君は、紫色の透き通るような髪と澄んだ瞳を持った不思議な人だったよ。治癒の力を持っていてね、どうしてか僕の世界に落ちてきたんだ。」
彼は説明しながら、紫色の人型を一つ創りだした。
「二番目は商いを営んでいてね、僕を見て座敷童だって大はしゃぎしてたな。三番目は民に人気の義賊。四番目は王国の治らない病気を持ったお姫様。五番目は心優しき森の魔女。」
人型は彼の言葉に合わせて次々と姿を変えていく。
「六番目は器の大きい海賊。七番目は獣使いで、八番目は小さな町のお医者さん。九番目は王族の乳母で、十番目は研究熱心な魔法研究員。十一番目は下町の八百屋さんで、十二番目は、老舗旅館の女将さん。」
ここで一度彼は言葉を止めた。
そして、繋いだままだった手を強く握られる。
「そして十三番目が頑張り屋さんの高校生。すごいよね、一度も同じ職業になった事が無いんだ。…君は、生きてたら何になったんだろうね。」
「きっと私は、そこそこの大学を卒業して、そこそこの会社に入社して、でも耐えられなくて自殺してたかもしれない。」
だって、私は死んでこんなにも安堵している。
自殺を考えたことも、一度や二度ではなかった。
「あー、ありそうだから笑えないね。」
彼は私の頭を二回軽く叩いた。
全然痛くないそれに、安心する。
「さて、話を戻そう。君は僕から降りると、名前を名乗り、僕に名前を聞いてきた。この世界には僕と精霊たちしか居なかったからね、僕に名前なんて無かった。名前がないことを伝えると、君は暫くの間沈黙した。それから、僕に名前をくれたんだ。すごく嬉しかったのを今でも覚えているよ。」
「名前、聞いてもいい?」
私がそう尋ねると、彼は少しだけ寂しげに笑った。
「もちろんだよ。でも多分聞き取れないんじゃないかな。名付け親である一番目の君以外は皆聞き取れなかったみたいだし。…僕の名前は『ファイレストルル』。」
「ふぁい…?ごめん、もう一度言ってもらってもいい?」
「!!僕の名前聞こえたの?」
「うん、多分聞こえたよ。少し長くて覚えられなかったの。」
僕の名前はファイレストルルだよ、という声は僅かに震えていた。
「ふぁい、れすと…ファイレストル、ル。ファイレストルル…合ってる?」
「うん…!僕はファイレストルル。君にまた呼んでもらえるなんて、夢みたいだ…。」
私はその泣きそうな声を、そのしぐさを、知っている気がした。