精霊について
「続きは座って話そうか。」
少し歩くと前方にテーブルとイスがぽつんと置かれていた。
導かれるまま、そこに腰掛ける。
「運命を曲げたからにはそれ相応の罰が下される。天使は翼を捥がれ地獄へ。君が身代わりにされ生き残った青年は二度と人間に転生することは出来ない。」
これでも軽いくらいだ、と言う彼に私は何を言えばいいか分からず、ただ
「そうなんだ。」
とだけ返した。
すると彼は、殊更明るい声で話し始める。
「そいつらの話はこれくらいにして、違う話をしよう。何がいい?何でも答えるよ。」
「なんでも?」
「なんでも!」
後から気づいたのだけれど、本当だったらここは何処なのかとか、これから私はどうなるのかとか、他に聞かなければいけないことがあったはずなのに、私の口から出たのは、
「じゃあ、貴方の話を聞かせて。」
という言葉だった。
「…僕の話?」
彼も驚いたようで、返答までに少しだけ間が空いた。
「そう。貴方は私を知っているようだけど、私は貴方の事を全然知らないの。…覚えていない、の方が正しいのかな。」
何故なのかはわからないけれど、私は確かにそう思ったのだ。
彼の息を呑む音が、聞こえた。
「そう、だね。僕は君をずっと前から知ってる。そして君が僕を知らないのも無理はないよ。…そのことも含めて聞いてくれるかい?」
「うん。聞かせてほしい。」
かわらないなぁ、という声には懐かしさと嬉しさが含まれていた。
「えっと、…僕は精霊と呼ばれるものだよ。」
「精霊…?」
「うん。今は人間の姿だけど、僕は色んな動物にだってなれるし、こんな風に目に見えないものにだってなれる。」
話しながら彼は様々な形へと姿を変えた。
犬、猫、風に、水の塊。
「凄い…。」
驚きで目を丸くしていると彼は得意げに言う。
「ふふふー、僕ら精霊はこの世界の全てであり、この世界の何ものでもない存在なんだ。」
「この世界の全て?」
「そう。僕たちは、世界を創るもの。風であり、水であり、光であり、闇なんだよ。」
彼が言葉にするたび彼の一部がそれらに変わる。
「貴方が自分を水だと思えば貴方は水になるの?」
差し出された水の手に触れる。
確かにそれは水だった。
「ちょっと違うかな。僕は元々水だから。」
「水なの?」
「うん。でも僕は元々風でもあるんだよ。」
「よく、わからないわ。」
「精霊はそういうものだって思ってくれればいいよ。」
精霊とは、よくわからないものらしい。
「それで、僕はさっき精霊はこの世界の全てって言ったでしょう?」
私は頷き、彼の手から彼自身へと視線を移動させる。
「だから僕らは全てを共有してるんだよ。」
「どういう意味?」
彼は水で二つの人型を作ると、重ね合わせて一つの球体へと変えた。
「僕らは元々ひとつのものだった。一つの世界だった。僕は、何処にいても何をしていてもすべての事を知ることが出来た。だって世界は僕だったから。風は僕の耳で、光は僕の目。水は僕の手で、闇は僕の記憶だった。」
ここまでは大丈夫?と声を掛けられ頷く。
「ある時、その世界に小さな違和感が現れた。それは本当に小さなものだったけれど、僕は気になってそこに向かった。そうしたら、そこには僕じゃない僕がいたんだ。」
球体から小さな雫が飛び出し、人型に変わった。
「驚いていると、僕の驚き以外の感情が僕の中に入ってきた。」
球体は人型になり驚きを、小さい人型は困惑を表している。
二つの人型は細い水の糸によって繋がっていた。
「目の前にいるのは確かに僕だ。けれど僕ではない誰かでもあった。今までそんなことは一度もなかったからすごく混乱したよ。それが、一つだった世界が変わり始めた最初の一歩。」
彼がこちらを向いた。
私はゆっくりと頷き、先を促す。
「それから、僕じゃない僕が度々生まれるようになった。相変わらず僕は世界で、全てを知ることが出来た。前と違うのは僕ではない誰かの感情が心に入ってくるようになったことかな。」
そう言うと彼は大きな人型から雫を取り出し、小さな人型と複数作った。
小さな人型はそれぞれ喜怒哀楽を示している。
それらはやはり、大きな人型と繋がっていた。
「暫く経つと、それが当たり前になった。自分以外の感情に振り回されることもなくなって、僕は変わらず世界の全てだった。」
少しの沈黙の後、彼は息を吐き、話し始めた。
「ずーっと長いことそうやって生きてきた僕らの世界に、罅が入った。」
大きな人型が揺れ、小さい人型達は恐怖している。
「神が、僕の世界に目を付けたんだ。」