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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第五章 吸血の魔神
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第五話 少年教皇

 大聖堂の礼拝堂にある祭壇の奥に隠された小部屋があることを知る者は少ない。そして、実際にその部屋に足を踏み入れた者はさらに限られている。

 なにしろそこに入れる者はイーオン聖王国の最高位『大教皇』だけなのだから。


 三人の人間が、祭壇に祈りを捧げていた。

 普段であれば祭壇の奥には、蒼き神と異形の魔王や獣人達との壮絶な戦いが描かれた壁画が真っ先に目に入る。だが、今宵ばかりはその壁画が中央から真っ二つに割れて、人一人が通れるほどの隙間から青白い光が漏れていた。


 何者かの訪問を待つように、一人の少年を先頭に、三角形を描く形で祈りを捧げていた三人が、ふと、顔を上げた。


「……猊下。いらっしゃいましたぞ」

 少年の背後で両膝を付いていた二人の老人の一人が呟いた。

 三人がまとうのは穢れなき白き長衣。

 老人二人は聖教枢機卿を示す紫の帯を巻いているのに対して、少年は空のように青い帯を巻いていた。それはすなわち聖教最高位を現す帯だった。


 開かれた通路の奥から固い足音が近づいて来る。足音は徐々に大きくなって来た。

 一層頭を下げる一同の前に、ついに足音の主が姿を現した。


 その人物はマントを翻し、傲然と祭壇の前に立ち。それに一歩遅れて翼を大きく広げ、ふわりともう一つの影がその背後に付き従うように降り立つ。


 片や銀色の曇り一つない精緻な装飾を施した鎧に身を包んだ金髪の青年剣士であり、片やその背に純白の一対の翼を持った紅い髪の少女の姿をした天使であった。


「イーオン聖王国大教皇ウェルナー・バーニ」

 剣士の前に一歩進み出た天使が口を開く。

「――はっ」

 少年が深く頭を下げる。


「同じく枢機卿アレッシオ・ダントーニ。枢機卿サンドロ・ブラージ」

「「はっ」」


「面を上げなさい」顔を上げた三人を確認して、天使は淡々とした仕草で首肯した。「……相違ないことを確認しました。同席を許可します」


「「「ははーっ」」」

 再び深く頭を下げる三人。


 それを確認して天使が再び青年の後ろへと下がる。


「まずは現状を確認したい。事態はいかに進展し、聖教はいかなる対応をとる所存か?」

 代わって青年が口を開いた。


「は。派遣いたしました聖堂十字軍カテドラル・クルセイダーツは団長たる『聖人(セイント)』ベルナルド・グローリア・カーサス以下5,102名全員が未帰還――」

 アレッシオと呼ばれた老人が震える舌で、ようやく唾を飲み込みながら言葉に出した。

「また、ユース大公国の不浄なる魔物どもはいまだ健在であることを確認いたしております。これにより……遠征軍は任務に失敗し、全滅したものと見なしております」


 しんとした空気が礼拝堂を支配するが、青年剣士も天使も微塵も動じた様子もなく、「それで?」と続きを促した。


「……こ、これにより、現在第二次遠征軍の編成中でございます」

 アレッシオに代わって、もう一人の枢機卿サンドロが答えた。

「第五軍、第八軍を中心に聖騎士1万名。さらに徴収及び志願兵が5万……さらに司教位以上の者が5名従軍し、現地にて『聖戦(ジハード)』の(みことのり)を使用する所存でございます」


聖戦(ジハード)』はイーオン聖教の奥の手(或いは禁じ手)であり、高位聖職者が唱えることで、教団員すべてを死を恐れぬ凶戦士として操作することが可能となる。このためたとえ素人であろうと、並みの戦士以上の戦力として使用することが可能となるが、使ったが最後、味方を使い潰すことを前提とした自爆技でもある。


 ――合計6万の凶戦士か。並みの相手なら圧倒的なんだが、あの廃龍(ニドヘック)相手には、無駄に餌をくれてやるようなもんだな。


 悲壮な決意を固めた枢機卿たちとは反対に、青年剣士(らぽっく)は鼻白んだ面持ちで話を聞いていた。

 その目がひれ伏したまま、震えて先ほどから一言も口を聞かない少年――大教皇ウェルナーに向けられる。


 ――やっぱ現状、自由に動かせる最大火力は緋雪さんのところだけか。理想としては緋雪さんが自発的に出張ってくれれば御の字なんだが、貸し借りもない見知らぬ他人を助けに来るわけもないか。


 事実、現在まで真紅帝国インペリアル・クリムゾンの魔物たちは、クレス領に進入しようとする下級吸血鬼(レッサー・バンパイア)を撃退こそしているが、積極的に攻勢をかけようという姿勢は一切見せていない。

 やって来る相手を撃退することを、七面鳥撃ち感覚で楽しんでいる様子すら窺えた。

 彼らにとって見れば良い娯楽なのだろう。


 ――なら、多少節を曲げても真紅帝国インペリアル・クリムゾンと協力して事に当たるべきだろうが、どう考えても聖教の石頭のジジイどもが納得するわけないしな。せめて、このガキがもうちょっと使えるんなら、トップダウンで勅命が下せるんだが、そんな度胸も威厳もないし。


 やはり、俺がこの場で意見するしかないかと、内心大いにため息をつきながら、改めて威儀を正した。

「蒼神の意向を伝える。ユース大公国の現状を看過してはならぬ。あのおぞましき者どもは神意に反するものであり、これを滅ぼすためであればいかなる手段を行使しても構わぬ」

 ここまでは彼らも予想済みの言葉だろう。だが、問題は次だ。

「その為であれば、他国との協力もやむなしだ」


 神妙な顔で伝えられる言葉を聴いていた二人の老人だが、はっとした顔でお互いに顔を見合わせると、恐る恐る……という口調で確認をした。

「それは、つまり、グラウィオール帝国軍と共同戦線を張れ……という意味でございますか?」


 サンドロの問いに重々しく頷く。

それも(、、、)ある」


「それも……?」

 怪訝な顔で眉を寄せるサンドロの隣で、なにかに気が付いたアレッシオの顔色が目まぐるしく変化した。

「ま……まさか、真紅帝国インペリアル・クリムゾンと。滅ぼすべき魔物どもとも……!?!」


 そのままポックリ逝きそうな顔で、言葉にならない老人達に向かって畳み掛ける。

「左様。聖典にもある通り、人ならざる者はすなわち神の恩寵を知らぬ哀れな罪人。だが、此度の難事に対して蒼神は特別に慈悲をお与えになられた。無論、奴らも滅ぼすべき対象ではあるが、その前に現世において多少なりとも徳を積ませることで、哀れな彼らの来世に多少なりとも恩赦を与えようという蒼神の思し召しである」


「し、しかしそれは……」

 反駁しかけた二人の老枢機卿は、青年と天使の確固たる眼差しに見据えられ、慌てて頭を深く下げた。


「蒼神の詔である。努々(ゆめゆめ)違えぬように」


「は、ははっ……かしこまりました」

 心臓を鷲掴みにされたような圧迫感に、二人は脂汗を垂らしながら平伏した。


「では。大教皇ウェルナーよ、難事にあたり蒼神から直々の御神託がある。重大な内容だ。これより神託の間へと移動する。付いて参れ」


「………」

 礼拝堂の奥の通路を視線で指し示した青年剣士(らぽっく)だが、平伏したまま返事のない少年の様子に首を捻り、「……ああ」と腑に落ちた顔をしてから渋面になった。


「――(かえで)。つれて来い」

 面倒臭げに指示された天使がウェルナーの傍まで歩いて行き、そのまま猫の子でも扱うように首根っこを掴んで、ずるすると引き摺って来た。


 見れば少年の――軽薄そうだが見ようによっては――整った顔立ちが完全に弛緩して、白目を剥いていた。

 どうやら緊張のあまり途中から気絶していたらしい。


「……起こしますか?」

「いや、このまま連れて行く」

 再度説明するのも面倒なので、青年剣士(らぽっく)天使()に命じて、そのまま奥の小部屋――『蒼き神の塔』への転移魔法陣のある場所――へと、大教皇を引き摺って消えて行った。




 ◆◇◆◇




 30分後――。

“神託”と言う名の声のみの指示と、神から下賜された『神器』を受け取った少年は、青褪めた顔でフラフラと一人神託の間を出て行った。


大教皇(あのバカ)に『封印の十字架』なんて渡して大丈夫なんですか?」


 らぽっくの当然ともいえる懸念を受けて、青い異形の男はフンと軽い嘲笑を浮かべた。

「構わんよ。どうせあれは有り合わせで作った安物だ。一回使えば粉々に砕けるだろうさ。――まァ、その方が良いか。行方不明の本物の対吸血鬼用封印魔具は、下手に残しておいたせいでバカが封印を解いてしまったのだからな」


「……別に封印しなくても、斃してしまえば良いのでは?」

 ふと、窓際に立っていたもう一人――エルフで狩人の恰好をした、20歳前後と見られる女性が首を捻った。


「そう上手くはいかん。奴を生み出した際にセーブポイントとして石棺を用意して置いたからな。たとえ死んでも多少弱体化する程度ですぐに復活する仕様だ。前もって石棺を破壊しておけば良いのだが、おそらく奴のことだ発見できないよう隠蔽済みだろう。

 面倒だが封印するのが確実だ。

 とはいえ奴を封印するには同等以上の魔力がないと無理だからな。この世界でそれができるのは、俺か緋雪くらいなもの。なにしろアレは使用者の魔力に応じた効果しか与えられん魔具だからな」


「他の者が使った場合には効果はないのですか?」


 エルフ娘の疑問に、ふむと顎の下に手を当てる男。

「おそらくはな。効果がないか……お前らなら、数時間程度は動きを止める事ができるかも知れんが、それだけだ。いちおう人間としてはかなり魔力の強い、さっきの大教皇クラスでは数分程度といったところか。――ま、こればかりは当人を相手に実験できんからな」


 ちなみに聖教では大教皇に選ばれる者は、神の神託によるものとされているが、なんのことはない、聖王国内で一番魔力(MP)の大きいものを選択しているだけで、そこには個人の資質や信仰心など一切関与されていないのである。


「なるほど。それで『封印の十字架』をあのガキ経由で緋雪さんに渡すわけですか」

 納得した顔で頷いたらぽっくだが、再び不思議そうな顔になった。

「ですが、なんであのバカから直接渡すように指示したんですか? 間に人を挟んでも良かったと思いますけど?」


「バカだからいいのさ」侮蔑をたっぷり込めて男が断言した。「下手に小賢しい奴や、凝ったやり方で渡すと緋雪のことだ、なにか裏があると読んで使わない可能性があるからな。そこであのバカの出番だ。緋雪の奴は、妙にあの手のバカの世話を焼きたがる傾向にある。さほど疑わずに使うだろう。――ま、一応保険は掛けておくか」


 そう呟いて、男は窓際に立っていたエルフ娘に視線をやった。

「亜茶子。お前は大教皇の傍について、上手く渡せるよう誘導してやれ。らぽっく、お前はタメゴローと協力して緋雪に万が一がないよう救助できるよう待機しておけ」


「緋雪さんのサポートですか?」

 戸惑いと若干の安堵をにじませる、らぽっく。


「ああ、相手が相手だ。緋雪の命を第一に優先しろ。……なにしろ緋雪はこの世界で唯一、俺と同じ本物の魂を持った大切な伴侶だからな。失うわけにはいかん。――わかったな?」


「はい。タメゴローにも伝えておきます」


「ええ、緋雪ちゃんの命は守ってみせます」

 ――命だけはね。

 内心でひとつの企てを目論み、冷笑を浮かべる亜茶子。


 そんなことも知らず、青い男は遠い空の果て。緋雪を想ってほくそ笑んだ。

「ま。緋雪も俺と同じ選ばれた人間だ。そうそう死ぬことはないだろうが」




 ◆◇◆◇




 その頃の空中庭園。


 ――今日こそ死ぬかも知れない……。


 虚空紅玉城大広間で行われた、円卓会議終了後の四凶天王、七禍星獣、十三魔将軍、八十八冥道長(各魔族の有力者)たちとの食事会の席上で、ボクは危険領域(レッドゾーン)に陥った自分のHPを確認して、今度こそはと死を覚悟した。


「カレーに醤油をかけるとか、味音痴じゃないのか!」

「そっちこそソースなんて、ドロドロしたものかけて気持ち悪いだろうが!」

「ドロドロじゃないっ、ウスターソースだ!」

「どっちも似たようなもんじゃないの?」

「「胃腸薬かけてる貴様には言われたくないわっ!!」」

「――んだとこら!?」

「まったく、若い者はこれだから……おい、七味はないのか?」

「唐辛子ィ?! オイオイ、爺さんボケたか。カレーにはタバスコだろうが」

「かかっ。若いのぉ。七味の味もわからんケツの青い餓鬼が」

「おいおい。喧嘩はよしてくれ。つーか、隣で辛いものかけないでくれるかな。せっかくのマヨネーズの風味が逃げるから」

「「そんなゲテモノどーでもいい!!」」

「まったく、普通になにもかけないのが一番でしょうに」

「あの、命都様……麻婆豆腐にカレーを乗せるのはどーかと想うのですけど……?」

「私の嗜好になにか問題でも?」

「あ、いえ・・・なんでもないです」

「まったく、カレーのトッピング如きで嘆かわしい」

「こりゃ、天涯よ。生卵や納豆、トマトケチャップをかけるのはお主の自由じゃが、ぐちゃぐちゃ掻き回すのは、どうにも見苦しくていかんぞ。食欲が無うなる」


 と、言うことで現在、大広間中に雷撃とか破壊光線とか火炎とか、次元断層とか謎エネルギーとかが飛び交っています。


 直撃こそしないものの、次々かする攻撃の余波で零璃(あまり)と従魔合身していてもHPの回復が間に合いません。

 HPも残り数ドットというところで、MPも切れ始めました。

 今度と言う今度こそダメかも知れないです。

 なんか目の前が暗くなってきました。

 ――おやすみパ○ラッシュ。


 誰だ、食事会にカレーなんて用意したのは……?

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