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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第五章 吸血の魔神
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幕間 国王縁談

 聖堂十字軍カテドラル・クルセイダーツ全滅する!


 この情報は矢の様に大陸中を駆け巡り、各国の首脳部をまさに驚天動地の混乱と恐怖へと叩き落したのだった。




 ◆◇◆◇




「なんだって!? その情報は本当なの!!」

 アミティア共和国の首都アーラ。

 内密の話があるということで、密かに冒険者ギルドの本部を訪れていた緋雪は、飲んでいた香茶を危うく吹き出しかけた。


「間違いありません。本当です」

 連絡をとった相手。アーラ市冒険者ギルド長ガルテ・バッソは傷だらけの厳つい顔を歪め、沈痛な表情で頷いた。


「まさか……そんなことになるなんて……」

 緋雪も悲痛な表情で唇を噛んだ。


「今度ばかりはどうしようもありません。年貢の納め時って奴ですな。事実を事実として受け止めるしか……」


「それはわかってる――けど、あまりにも重大事過ぎるよ。ことがことだし、私だって軽はずみなことはしたくない。けど……」


 そこで、二人揃ってため息をついた。

「「まさか、コラードが付き合ってるモナに子供が出来ちゃったなんて」」


「……悪夢ですね。ちっ」

「……まったくだよ。普段忙しいとか言いながら。ふんっ」

「……さすがに子供が授かった以上、身を固めないといけないでしょうね。けっ」

「……そーだね、仮にも国王だからね。おめでたい話だよね。はんっ」

 お互いに喋っているうちにどんどんと瞳から光が失われていき、洞窟のような目になってゆく。


『なんでこの二人、コラード様の出来婚でこんなに荒んでるのかな?』

 隣で様子を窺っていた秘書のミーアが不思議そうに首を捻った。


 モテない同士のやっかみである。

「……盛大に祝ってやろうじゃないですか。へっ」

「……ああ。とりあえず壁殴り隊の出番だから、手配してもらえるかなギルド長?」

「……私的にすでに待機(スタンバイ)させてますので、いつでも行けます」

「……流石だね。くっくっくっく」

「……勿論です。ぐははははっ」


 ギルド長室に乾き切った二人の(くら)(わら)い声が、ユニゾンでこだました。


 同日、実は妊娠したのは別に付き合っていた男の子供であり、どう言い訳しても計算上言い逃れができないと察したモナは、他の男達から貢がれた金目の物やコラードとの間で共同預金にしていた金を全額引き落として、本命の男とコッソリ高飛びしたのだった。

 逃げた先は、最後の足取りから、現在、真紅帝国インペリアル・クリムゾンと国交のないイーオン聖王国と推定される……とのこと。


 そして、その事実を知らされたコラード国王は、その瞬間から作動不能になったのだった。




 ◆◇◆◇




 アミティア共和国初代国王コラード・ジョクラトル・アドルナートは、その私室に二人の来客を迎えていた。

 正直、誰にも逢いたい気分ではなかったが、相手が宗主国の国主である緋雪と、旧知の間柄の冒険者ギルド長ガルテということで、逢わずに済ませるという訳にはいかなかった。正直、愚痴をこぼしたい気持ちもある。


 ――そして、すぐに後悔したのだった。


「やあやあ、今度は災難だったねぇ」

「女なんざ星の数ほどいるんだ、気にするな!」

「まあ、星ってのは大概手が届かないものだけどねぇ」

「上手い事を言いますな」

「「はっはっはっは!!」」


「あなた方、私を励ましに来たんですか!? それとも嘲笑いに来たんですか?!」


 額の辺りに血管を浮き上がらせたコラード国王の叫びに、緋雪とガルテは顔を見合わせ、『面倒臭いな』という表情から、取り繕った笑みを浮かべた。


「勿論、励ましにきたに決まってるじゃないか。心の底から心配してるんだよ。普段の調子に戻ってもらおうと、はしゃいだのは悪かったけど」

「なんとか俺も陛下も、お前さんの助けになればと、それだけを思っているだけだ。――まあ、少々悪ふざけが過ぎたかも知れん。すまんな」

 揃って殊勝に頭を下げる。


 そんな二人のつむじの辺りを不信感のみの視線で見下ろすコラード国王。

「……本音は?」


 顔を上げた二人の顔がニマニマと人の悪い笑顔になっていた。

「今、どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち? ハッハッハッ」

「ハッハッハッ。バカやっちゃってるけど、今どんな気持ちだ?」


「出て行け――――ッ!!!」


 コラード国王の怒号が王宮全体を振るわせた。




 ◆◇◆◇




「縁談?」

 塩辛に生クリームを乗せて食べたような微妙な表情になって緋雪が聞き返した。


 再びアーラの冒険者ギルド本部ギルド長室。


「ええ、流石にコラード国王(やっこさん)も気落ちしているようで、公務をしても半分死んでるような状態だそうなんで、なんとか持ち直してもらいたいということで側近たちが手配したようですね」

 ガルテギルド長も似たような微妙な顔で相槌を打った。


「まあ、発想はわかるかな。女に逃げられた痛手を別な女をあてがって癒そうってことなんだろうけど」

 なんか不健康だし、女性をモノ扱いしてるみたいで嫌だねぇ、と続ける。


「まあ、世の中惚れた晴れたではどうにもなりません。ましてコラード国王(やっこさん)は仮にも国王。本来、正妻の他に側室の10人くらいいるのが普通なんですから」

 基本的に現代も変わらないが、ある程度の年齢で社会的地位のある男性が結婚していない場合は半人前扱いされるのが常である。


「……そのあたりの考えは理解できないねぇ。好きな相手がいるから結婚したいならともかく、結婚したいから相手を探すのは順序が逆だし、相手に対しても失礼だと思うんだけど」


「まっ、理想はそうなんですけどね。世の中、お伽噺のようにはいきませんや。それとも、姫陛下は塔に閉じ込められたまま、いつか来る王子様を待ってられますか?」


「まさか! 自力で逃げ出すに決まってるだろう。――ああ、今回のコラード君の場合は、自力で見つけたお姫様に裏切られたわけだ。……確かに傷が深いだろうね」


 そう思って、流石にこの間はやりすぎたかなぁと反省するのだった。


「んで、そんな簡単にお相手とか見つけられたわけ?」


「まあ、実際独身の国家元首ですからね。もともと国内外からかなりの数の縁談はきていたようです。今回のお相手は隣国の国王の姪にあたるお姫様で、22歳と若干(とう)が立ってますが、なかなかの美姫と評判ですよ」

 ちっ、と舌打ちしながら吐き捨てるガルテギルド長。

 ちなみにこの世界では結婚適齢期は女性の場合14~18歳くらいである。


「へえ、偉い人になるとやっぱ違うんだね」


「それを言ったら姫陛下こそ求婚だの縁談だの凄そうですけど?」


「……いや? 昔、出会って1分で求婚したバカがいたけど、それ以外にはその手の話は聞いたこともないねえ。――ねえ、命都(みこと)?」


 話題を振られた当の本人。緋雪の後ろに立っていたメイド姿の熾天使(セラフィム)の命都が、一瞬、目を泳がせた。

「ええ……まあ、ないことはありませんが、天涯(てんがい)殿が『このような不敬な申し出など姫のお耳に入れることなどない』と」


「……ああ、まあ、ある意味ナイス判断かな。ちなみにどの程度の申し込みがあったわけ?」


 緋雪の問い掛けに命都はため息をついて答えた。

「――869%です」

「はい……?」

「いまのところ大陸全土から申し込みが着ています。国別で100%。重複も併せてトータルで869%になります」


「……オールコンプって。あれ? 聖王国は別だよね……?」

「………どこにでも背信者というのはいるものですね」

 銀髪の熾天使(セラフィム)がしみじみと語った。




 ◆◇◆◇




 縁談の話はトントン拍子に進み。

 当人が半ば自暴自棄(やけっぱち)になっていたこともあり、気が付いたら隣国ウェルバ王国の王城にある控え室で、先方の王族相手の挨拶の為、コラードは侍女に手伝われて着替えを行っていた。


 ……なんで私はここにいるんでしょう?


 いまさらながら、失恋の痛みも癒え頭が冷えてきた。

 冷静になってきたところで、コラードは茫然とここのところの出来事を振り返ってみた。


 大臣達から縁談の話を持ちかけられ、適当に頷いていた。そして移動用の馬車に乗せられ、近衛兵と姫陛下が護衛につけてくれた直属部隊に守られ、国境を抜け隣国へと入り、先導役のこの国の貴族に挨拶をして、首都の街並みを眺めながら王城へと入った。


 記憶にはある。だが、まるで実感がない。

 なにかの映像の記憶のようにそこに付随する感情が一切なかった。

 そして、この土壇場になってやっと『縁談』という実感が湧いてきたのだった。


 じわり…と背中に嫌な汗が流れる。

 まずい、まずい、これは非常にまずい!

 一生を決める問題が逃げられない形で目前に迫っているのを感じ、自分がとてつもない巨大な蟻地獄に落ちた気がして、足元が震えそうになる。


 着替えが終わったところで、衛兵に先導されて部屋を出ようとしたところで、

「どうしたんです? 顔色が悪いみたいだけど?」

 開いた扉の脇に立っていた今回、緋雪の頼みで警護についた兎人族の女傑クロエが、怪訝な表情で首を捻った。


「……いや、その、私はもともと平民の出なので、他国の王族とかはどうにも苦手でね。どうしても緊張してしまうんだ」

 適当に誤魔化すために口に出したが、半分は本当のことである。


「ああ、別に気にしなさんな。相手も人間、アンタも人間、堂々としてりゃいいんですよ」

 造りの大きな顔いっぱいに笑顔を浮かべるクロエ。


「そういうものかな……」


 気弱な笑みを浮かべるコラードの背中を、バン!と一発叩くクロエ。

「悩むより行動しな! 何も気負うことはないさ。大抵なんとかなるもんだからね!」


 危うく吹き飛ばされそうになりながらも、どうにか踏み止まったコラードは、カラカラと笑うクロエの顔を、身長の関係で見上げた。

 大雑把そうな言葉に込められた労わりと、優しげな目が嬉しかった。


「ありがとう。元気が出たよ」

 コラードが礼を言うと、「どういたしまして」茶目っ気たっぷりにクロエがウインクした。


「陛下、そろそろ刻限ですので……」

 衛兵に促されてコラードは扉をくぐり抜けた。

 不思議と心が落ち着いていた。

 コラードは穏やかな表情で、真っ直ぐ廊下を進んで行った。




 ◆◇◆◇




「断った? なんでまた?」

 隣国のお姫様との縁談の顛末を聞きに来た緋雪は、意外そうな顔で目を瞬いた。


「それが、結婚にあたってはやはり自分が幸せにしたい相手を選びたいとか抜かしたそうで。9割方進んでいた話もパアですな」


「ふむ。まだ失恋の痛手が残ってたのかな……?」


「いや、それが……」不可解な表情で眉に皺を寄せるガルテ。「この間まで生きる屍みたいだった、アレがすっかり健康そのもので、どーしたもんか関係者全員不思議がってます」


 と、話を聞いていたミーアが口を挟んだ。

「あの、ギルド長。それは、もしかして、新しく好きな相手が出来たのでは?」


「「はあ!?」」

 予想外の発想に、同時に驚きの声をあげる緋雪とガルテ。


「好きな相手って……ミーア、お前心当たりがあるのか?!」

「いえ。ですが、いまのお話を聞く限り、その可能性が高いかと」


「いや……だが、この間まで半死人だった男だぞ? どうやって」

「そーだよね。出会いなんてなかった筈だし……」


 思いっきり頭を悩ませる二人だった。

コラードさんと彼女の関係はどうなったのですか?

と、いただいたリクエストを元にしました。


家庭的で繊細なコラードさんと逞しく豪快な姐さんならピッタリの相性の気がしますw


12/11 誤字の修正を行いました。

×相手の人間、アンタも人間、堂々としてりゃんですよ

   ↓

○相手も人間、アンタも人間、堂々としてりゃいいんですよ

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