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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第五章 吸血の魔神
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第四話 黒子散華

 神の御名の下、たとえ力及ばず倒れることがあろうと、その信仰は不動であり、その魂は不滅である。

 そう固く信じていた聖堂十字軍カテドラル・クルセイダーツ騎士団長にして、『聖人(セイント)』の認定を受けし神に最も近い人間であるベルナルド・グローリア・カーサスであったが、その心を始めて恐怖と絶望とが支配しようとしていた。


 ――なんだこれは?!


 地平線を埋め尽くさんばかりの吸血鬼どもの群れ。


 ――なんだあれは?!


 真昼であるはずの時間帯を闇色に染める暗雲と聳え立つ漆黒の城。


 ――なんだそれは?!


 吸血鬼どもの先頭に立って向かってくる巨大な魔物の集団。


 ――なんだなんだ、なんなんだ俺が見ているのは?!


 そしてまるで天を食い尽くさんばかりに大口を開けた、言語を絶する……巨大という言葉すら生ぬるい腐った竜のような不浄な怪物!


「はははははっ、いかがですか? 50万人からの成り損ないから作り上げた私の傑作『廃龍(ニドヘック)』は! 縫製や編み物が得意なのでちょっと特技を生かして作ってみました」


 相対的にゴマ粒のようにしか見えない頭の上で、吸血鬼どもの首魁を名乗る仮面の怪人パーレンが、心底愉快そうに腹を抱えて嗤っていた。

 廃龍(ニドヘック)部品(パーツ)と化した人々――吸血鬼にもなれず死者でもない彼らが、溶け合いながら涙を流し、パクパクと声にならない苦痛と怨嗟を叫び、手を伸ばして救いを求めていた。


 地獄。陳腐な表現ではあるが地獄としか言いようのない光景であった。


 まるで昨日の怪物(グレンデル)を仕留めた立場が逆になった形で、楔形で突貫を敢行した5,000名の大陸最強騎士団もいつしかその勢いを減ぜられ、身動きがとれなくなったところで徐々にその数を減らされていった。


 死ぬのならまだ良い。天国の門は彼等のものであるのだから。

 だが、ああ……化物どもの先頭に立って、喜悦の表情を浮かべ、人間にはあり得ない尖った牙を剥き出しにしているのは、さっきまで隣に居た同僚ではないのか?!


「全員、これより敵首魁に向け突貫する! 一人でもよいっ、奴の首をあげろ! 振り返るな! ――突貫っ!!」


 ベルナルドが残った手勢をまとめて玉砕覚悟の前進を仕掛けるのを眼下に望みながら、

「おおっ。ド根性だね」

 パーレンは嗤いながら、足元の顔の一つ――かつてグラウィオール帝国宰相の肩書きを持っていた男の悲嘆に暮れた顔――を片脚で蹴り飛ばした。


「よし、行け。廃龍(ニドヘック)! 試運転だ」


 刹那、空が落ちてきたかのように、生き残りの聖堂騎士達の頭上に廃龍(ニドヘック)の巨大な顎が迫り、一瞬の抵抗も虚しく、周囲の吸血鬼たちもまとめて一飲みとされ、これにより大陸最強部隊と謳われた聖堂十字軍カテドラル・クルセイダーツは、あっけなくこの世から消滅したのだった。


「おやおや。これは腹の中で選り分けるのが面倒そうだね」

 軽くシルクハットの位置を直しながら、パーレンはそう呟いた。


 そこへランダムな軌道を描きながら、らぽっくの8剣が迫る。


「――そう来るのは予想通り!」

 瞬間、影分身(シャドウ・ブランチ)で移動したパーレンの分身を8剣が切り刻み、頭の上だけで数百mはある廃龍(ニドヘック)の上から上に移動したパーレンが、パチンと指を鳴らした。


 その合図を受けて、地平線を埋め尽くさんばかりだった吸血鬼の群れが、一斉に自分の首筋に尖った爪をあて、一気に動脈を切った。


 吹き出る血潮が噴水のように大地を赤く染める。

 その一箇所。一見なにもないように見えた空間がぐにゃりと曲がって、一人は煌びやかな銀の鎧を着込んだ金髪の美丈夫に。もう一人はこれといって特徴のない黒髪の青年へと変じた。


「しもた! これでも当たり判定が来るんか!?」


 黒髪の青年が舌打ちしたところへ、間髪入れずに闇色の稲妻が飛んできた。

 ウォーロックスキル『ダーク・ブラスト』


「見つけたぞ!!」

 咄嗟にらぽっくが盾を構えてこれを受けるが、その頭上から――あまりにも巨大すぎて遠近感が狂っていたが、ほんの一伸びで距離を縮めた廃龍(ニドヘック)が、その重量で覆いかぶさってきた。


「やばい!」

 技も何もない圧倒的な質量の塊の前には、らぽっくの剣技も意味をなさない。


「逃げるで!」

 咄嗟に影郎がらぽっくの肩に手をやった瞬間、廃龍(ニドヘック)が大地に激突した。


 音にならない轟音が大気を切り裂き、近くに居た者を埃のように空中へと吹き飛ばし、離れていたものも軒並み衝撃波で地面に叩き付けられた。


 この衝撃は凄まじく、地震となって遠く国境付近まで振るわせたという。


「ふむ。逃がしたかな……? しょぼーん」

 手応えの軽さに廃龍(ニドヘック)の上でパーレンが首を捻り、「まあいいか」と即座に気を取り直した。

「先に腹の中に入った連中で腹を満たすことにしよう。あの隊長はなかなか美味そうだったし……」


 そう独りごちる彼の体が、ずぶずぶと泥に沈むように廃龍(ニドヘック)の中へと吸い込まれていった。




 ◆◇◆◇




 イーオン聖王国聖都ファクシミレ。

 大聖堂に隣接する――否、これを中心に大聖堂が造られ神殿が形作られた『蒼き神の塔』の最上階。

 四方に開いた窓から微風すら入らない、そこだけ別世界のようなホール状の部屋の中心で、豪奢な椅子に座ったまま、報告を聞いていた青い髪に青銅色の鱗状の肌を持った異形の男が、眉間に皺を刻んだ。


「……全滅だと?」


「ええ、ものの見事に。――ちゅうか、無理ゲーですわ、あんなの」


 どことなく(すす)けた身支度で、影郎が大仰に肩をすくめた。

 その隣にぶ然とした顔で、らぽっくが立っている。


「貴様っ。おめおめと! そもそもなんの為にお前らをつけたと思っている! 一度ならず二度も失敗するとは……そもそもアレの封印を解けなどと、誰が指示した!?」


「封印を解いたのはウォーレンのおっさんですよ。自分はあのおっさんのフォローをして、帝国を引っ掻き回せって言われた通りに動いただけで……」

 と口に出した影郎の頬が派手な音を立てた。

 無言で立ち上がった男が、有無を言わさず拳で殴りつけたのだ。


 数歩タタラを踏んだ影郎がバランスを崩して石の床に倒れた。

 その口元から、鮮血が一条こぼれる。

「……あいた」


「どこまで無能だ?! 封印しておいたということはそれだけ危険だということだろうが! 事実アレは好き勝手に暴れ回っている。この結果の責任を貴様が取れるのか!?」


「別に、邪魔ならシマさんの命珠をぶっ壊せば済むことじゃないですか? てっきりなんかパフォーマンスの意味があって、自分ら派遣されたのかと思ってましたけど違いますの?」

 口元を手の甲で拭いながら、ちらりと壁際に並べられた色とりどりの水晶球のようなものに視線を走らせる影郎。

 8つあるうちの2個はすでに割れ、1個には始めから色がない。


「それができるくらいならとっくにやっている! 奴は最初に生み出したプロトタイプ、貴様らのような安全装置(ブレイカー)を仕込まなかった失敗作だ。だが、当初の想定を上回る明確な自我を持った個体ゆえ、何かに使えるかと封印しておいたものを」

 男は怒りを押し殺した表情で、影郎を見下ろす。


 自分達を完全にモノ扱いしている男の言動に、密かにらぽっくが奥歯を噛み締めた。


「んじゃやっぱ、責任は旦那さんにあるんと違いますか? 失敗したのも放置したのも旦那さんですから、製造者責任と管理責任ともに旦那さんですわ」


 あっけらかんと言う影郎の襟元を掴んで、無理やり立たせる青い男。

「貴様、言うに事欠いて……誰に口を聞いているつもりだ。このできそこないが! 誰のお陰でこの世に生を受け、力と居場所を与えてもらったと思っている! その恩を忘れたか?!」


「恩なんぞもらった覚えはありませんな」

 醒めた目で一蹴して、軽く男の手を振り払う影郎。

「なんかここに居るのも飽きましたわ。お暇をいただきます」


「は……? なにを言ってる貴様?」


「辞めさせてもらうと言ってるんですけど? なんか毎回理不尽にゴチャゴチャ言われますし、仕事といえば誰を殺せとか、どこそこを破壊してこいとか、そんなんばかりでウンザリですわ。――そういうことで、抜けさせていただきます。んじゃ」

 低頭して、影郎は背を向けた。


「貴様っ、どこまでもふざけたことを……! ――見ろっ」

 刹那、伸ばした男の掌の上に壁際にあった水晶球のひとつ――内部に薄闇がわだかまったものが、一瞬にして移動してきた。


 酷薄な笑みを浮かべて男が足を踏み出す。

「貴様の命珠だ。これに少しばかり力を加えればそれでお終いだ。裏切り者には死――いや、失敗作は破壊しなければならんな。貴様が言い出したことだ。わかっているだろう? 貴様らの居場所は三千世界のどこにもないことを」


 影郎の足が止まった。

「自分の思うとおりにならないと脅迫か。……まったく、こんなのが最大ギルドのマスターだったちゅーんだから、つくづく自分はお嬢さんのところでよかったわ」


 しみじみ述懐する影郎に、嘲笑を浴びせる。

「語るじゃないか……まるで自分が当事の当人のようにな。緋雪と馴れ合って情が湧いたか? それとも錯覚でもしたか? 馬鹿馬鹿しい! 貴様らはかつてのプレーヤーの幻影に過ぎん。魂のない木偶人形が人間にでもなったつもりか? ここを出て行って緋雪のところにでも転がり込むつもりかも知れんが、貴様の正体を知れば、さっさと掌を返すだろうさ」


「……どーですかね。お嬢さんは薄々感づいていた気がしますけど。その上でしっかり情もかけてくださった。あんたお嬢さんのこと知ってる風でぜんぜん知らないんと違います?」


 刹那、男の顔から一切の表情がなくなった。怒りの感情が振り切れて逆に平坦になったのだろう。


「…………死ぬがいい」

 ミシッと水晶球にひび割れが走った。


「ぐっ……確かにあんたが、自分を生み出したかも知れん……けど、死に際は自分で選ばせてもらうで……!」

 苦しげに胸元を押さえながら、影郎は手近な窓へと走り、自ら床を蹴って外へと飛び出した。

 その体が弧を描き塔から落下する。


「ふん……!」

 落下の途中で、男が手にした水晶球を粉々に砕くと、影郎は空中で一瞬ピクリと仰け反り、そのまま力なく塔の下に流れていた堀へと落下した。


「……こんなことで無駄に命珠を消費するとはな。まったく、どいつもこいつも使えん」

 小さな波紋が広がり、やがて浮き上がってきた影郎の背に侮蔑を投げ掛けると、男は窓際から背を翻した。

「早急に次の手を打たねばならん! 大教皇を下に呼び出しておけ!」


 命令されたらぽっくは、水流に押されてゆっくりと遠ざかっている影郎の遺体から視線を剥がすと、弾かれたようにその場を後にした。

12/20 誤字脱字の修正追加しました。


×魂のない木偶人形が人間でもなったつもりか→○魂のない木偶人形が人間にでもなったつもりか


×お嬢さんは薄々感ずいていた→○お嬢さんは薄々感づいていた

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