第三話 聖堂騎士
イーオン聖王国の虎の子、最強騎士団『聖堂十字軍』
彼らは大教皇直属のエリート部隊であり、それぞれが敬虔な信仰の下、より信仰篤く能力・霊力ともに常人より抜きん出て神の御許に近い、選ばれし聖職者同士の聖婚により生み出された、生まれながらの純血種――『神の下僕』である。
その個々人の技量は冒険者レベルで言えば少なくともS~Aランク、小隊長格でSSランク(中隊長以上になると規定の測定では認定不能となる)。さらにその霊力は全員が国家1~超級という、まさに超人集団である。
さらに付け加えるのなら、全員が身にまとっている揃いの青い鎧兜と盾は、たとえドラゴンのブレスを浴びたところで歪み一つできない聖唱鎧と聖唱盾。
そして、手にした武器はすべてが古代級武器に匹敵する聖剣・十字剣という、一騎当千という言葉すら生ぬるい、5,000人とはいえその総合戦闘能力は最盛期のグラウィオール帝国全軍をも上回るとすら謳われた、他国の軍勢とは次元が違う文字通り大陸最強の騎士集団であった。
もっとも長らくその活動は聖王国国内のみに限定され、通常の聖騎士では対応できない古竜などA級以上の魔物の討伐に分隊規模の編成で対処するのみ――とは言え他国に対しては『設立以来1度の負けも殉死者もなし』を標榜しているが――で、大規模な出兵等を行った記録がないことから、他国の騎士団からは『実戦なき最強騎士団』と揶揄され、実戦能力を疑問視する向きもある存在であった。
そんな聖堂十字軍史上初の、しかもほぼ全軍を繰り出した外征に望み、過度の緊張も恐れもなく神敵を討ち果たすという目的の為、一糸乱れぬ行軍を行う旗下の軍勢に囲まれ、騎士団長である『聖人』ベルナルド・グローリア・カーサスは、謹厳な面差しの下かつてない興奮と充足感に包まれていた。
蒼神よ御照覧あれ! 我が騎士団は無敵・常勝! その神意に敵うものなし! 実戦なき最強騎士団が実戦においても真に最強であることを、大陸中の俗人どもに証明してみせましょう!
事実、国境線を越えてから5日。
散発的に襲ってくる吸血鬼どもは、こちらに触れることすらできないまま霊光の一斉掃射で塵も残さず消し去っている。
手応えがなさ過ぎて逆に拍子抜けだが、ここで気を抜くほど彼も彼の部下たちも無能ではなかった。このペースであれば、あと1日2日で大教皇陛下が神より神託を受けたという、吸血鬼どもの首魁のいる『闇の城』とやらへ到着するであろう。
当然、これまでのような下級吸血鬼の衝動的な攻撃ではなく、知能を持った吸血鬼どもが手ぐすね引いて待ち構えているのは想像に難くない。真の戦闘はそこからとなるだろう。これまでの戦いは前哨戦と言うのもおこがましい落穂拾いに過ぎかった。
ベルナルドは傾き始めた太陽を仰ぎ見て眉をしかめた。
「止まれ! 日のあるうちに野営の準備を行う。おそらく今夜あたりから本格的な夜戦となるだろう。当初の予定通り3交替で警戒に当たる。外廓に聖印を刻んだ結界石を設置せよ。形態は六芒星だ。内側に防御魔法陣は五重に描け!」
「はっ」
即座に伝令が飛ぶのを満足げに眺めていたベルナルドだが、それと入れ替わるように斥候部隊の隊長が緊迫した顔で駆け寄ってきた。
「ご報告いたします。斥候からの報告でこの先の空に異常があるとのことです」
「……異常だと?」
再度上空を仰ぎ見てみるが、彼らの行軍を神が祝福してか抜けるような青空が広がっているばかりである。
「はい。目的地点に近づくにつれて天空に黒雲が広がり始め、およそ30分も歩けばほぼ闇に包まれるとのことです。確認させたところ、目的地を囲んでぐるりと円形に雲が広がっていますので、自然現象ではなくなんらかの魔術によるものと考えられます」
話を聞いていた側近の者達に動揺が走る。
「天候を操る魔術だと?!」
「馬鹿なあり得ん!」
「まやかしではないのか!?」
「落ち着け馬鹿者! 我ら神の信徒はいかなる障害があろうとも――否、試練があればこそ、その信仰に従い乗り越えることに意義がある。さすれば天の門は開かれようっ。それとも、この程度のことで狼狽するほど貴様らの信心は浅いものか!?」
ベルナルドの一喝で、全員が夢から醒めたような顔で己の不明を詫び、その場で神への祈りを捧げた。
「当初の予定通りここで野営の準備を行う。明日からは強行軍だ。第一、第二部隊は私とともに呪われし吸血鬼の本陣を叩く。それ以外は防御に回れ、昼夜のアドバンテージがなくなる以上、おそらく敵は数に物を言わせて波状攻撃を繰り返すだろう。これを凌ぎ切るのが兄弟諸君らの役割だ。主の名において負けることは許さん。わかったな!!」
『了解しました、ブラザー・ベルナルド』
普段の冷静さを取り戻した聖堂騎士たちが一斉に唱和したのを、ベルナルドは満足げに見やった。
と――。
その時、彼らの頭上から乾いた拍手の音がした。
慌てて音の出所を探して視線を上げると、いつの間にそこにいたのか、翼の生えた醜悪かつ魁偉な肥満体の巨人の背に立つ一人の男がいた。
まるで夜会の帰りのような、黒のシルクハットに燕尾服、マントに赤い蝶ネクタイをしたその男は、白手袋越しに叩いていた手を止めると、
「いやいや、ご高説ご立派ですね。しかし、こういうのもポジティブっていうんでしょうか。狂信者の思い込みというのは、見ていて面白いものですね」
心底愉しげに眼下の騎士達を見回して笑い声をあげる。
決して大きな声ではないというのに、なぜか全員の耳に届いたその声に、何人かの隊長格の騎士達が、はっとした顔で周囲に警戒を促した。
「魅了の魔力が籠もっている! 全員、精神防御せよ!!」
その叫びに全員が聖教の一部を唱え精神耐性を向上させた。
「おやおや、よく仕込んだものですね。それにしても神様ごっことは、まったく奴も趣味が悪い……いやしかし、あれを神と奉るんですから皆さんもご苦労様ですね」
「貴様、何者だっ?」
ベルナルドは手信号で全員に戦闘態勢をとらせながら、慎重に体内の霊気を全身に循環させつつ、頭上の男に問い掛けた。
化物の上で、はははははっと陽気に嗤うその男は、佇まいと声の調子からして青年のようだが、見事な白髪とそれに加えて顔全体を覆う、三日月形のシンプルな目と口が描かれただけの笑い顔の白い仮面のせいで、外見からは顔かたちも年齢も推し量ることはできない。
衣装のコーディネートは紳士然としているが、なぜか全体的に野暮ったく、貴族というより田舎郷士という印象の男であった。
「――おっと、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。口で説明するのは面倒なのですが私は、パーレン・アクサン・アポストロフィ・オーム…まあ、ここから折り返しになるので省きますが、あなた方が目的にしている城の主です。コンゴトモヨロシク」
そういって気軽にシルクハットを持ち上げる。
「貴様が首魁か!! 全軍第一次戦闘態勢! 聖光弾正射っ!!」
刹那、聖堂十字軍5,000人からなる聖光が、雨あられとパーレンと名乗った男に向け発射された。
「ダーク・サイレンス」
慌てた様子もなく、パチンと外連味たっぷりに指を鳴らしたパーレンと、その騎獣たる巨人の周囲に闇色の球体が生まれた。
ほとんどの聖光弾がその闇を突破できずに輝きを失うが、隊長格の放ったものはさすがと言うべきか、その守りをものともせず次々と巨人に命中して明確なダメージを与えた。
『GUAAAAAAAAAAAA!!!』
ひときわ強烈な咆哮を轟かせた巨人が、空中からやや離れた地面へと墜落する。
「おおっ!」
「やったか!!」
「見よ! 我等の神意を!」
「気を抜くな! まだとどめに至っておらんぞ!」
各隊長が喝采を上げる部下の手綱を締めると同時に、地面に蹲っていた巨人が憤怒の表情も凄まじく、その場に立ち上がると同時に、荒々しく両足で四股を踏んだ。
身の丈15mを越える腰巻を巻いただけの肥満体の巨人の足踏みに、ずしんずしんと地面が激しく揺れる。
どうやらある程度のダメージは与えたようだが、致命傷には程遠く、逆に相手の怒りに火をつけた形となったようだ。
「はっはっは。やはり属性的に光相手は辛いですね。まさかプレーヤーでもないNPCの成れの果てに突破されるとは」
その足元に、こちらは無傷のパーレンが佇む。
「お陰で私の可愛いグレンデルの玉のお肌に瑕がつきましたよ」
ちなみにこのグレンデルが腰に巻いているのは腰巻ではなくマワシである。
「まったく、こんな愛嬌のあるグレンデルちゃんを『可愛くない』と言って従魔にしなかった緋雪ちゃんの気が知れませんよ。これほどマワシの似合う従魔も居ないというのに!」
嘆かわしい、という風に仮面越しに右手で顔を覆って首を振るパーレン。
同時に、ぐっと上半身を沈めたグレンデルが、両手を地面につけて立ち合いの姿勢になった。
「よし! 時間いっぱい待ったなし! ――行きなさいっ、魔法の横綱・マジカル★ちゃんこちゃん!!」
『GUOOOOOOH!!!!』
グレンデルは雄叫びをあげ、猛然たる勢いで正面から聖堂十字軍へと向かっていった。
小山ほどもある巨人の進撃を真正面から受けるとあれば、通常であれば泡を食って逃げるところであろうが、どの騎士達も動揺した様子もなく、手にした十字剣を素早く地面に突き刺して霊力を練り上げた。
「緊縛結界発動!! 強度S級! 各自押し込め!! 我らに神のご加護があることを忘れるな! 聖堂騎士の誇りに掛けて、忌まわしき怪物を討ち果たせ!」
「おおーっ!!」
聖堂騎士達が一斉に雄叫びをあげて、練り上げた緊縛結界を迫り来るグレンデルに向け、次々と放つ。
光でできた鎖のようなモノがグレンデルの全身に絡みつくが、無造作にそれを引きちぎりながら前進を止めない。
だが、まったく効果がないかというとそんなこともなく、明らかにその勢いが落ちていた。
もう一歩で先頭に手が届く――というところで、鋼のような声が戦場を支配した。
「どけっ」
全身からあふれ出る黄金色の霊光をまといながら、ベルナルドが風のように駆けた。
その右手に握るのは、大教皇陛下から下賜された正真正銘の神剣・真十字剣。
その左手にあるのは、彼自身が古代遺跡から発見した伝説級武器・滅剣クォ・ヴァディス。
防御を捨て2本の剣を同時に振るうこの姿こそ、ベルナルドの本気の姿であった。
右手の剣を上段から斬り落とし、斬り上げ、袈裟蹴りから5連続突き。霊光をまとった剣が深々とグレンデルの剥き出しになった腹部を抉る。
堪らず両膝をついたところを左手の剣が水平に腹部を切り裂き、途中で手首を返して真上に斬り裂く。
抜き出た刃を水平に構えて、「はああ!!」ドリルのように回転する霊光とともに両手の剣を超高速で打ち出す。
ぐがしゃっ!!という破砕音と衝撃波を迸らせ、剣が根元どころか握った二の腕まで腹部を貫通し、自身の8倍はあろかという巨体を吹き飛ばした。
白目を剥いて吐血しながらも踏みとどまろうとするグレンデルに向け、再度聖光弾の一斉掃射が行われ、襤褸雑巾のようになったグレンデルは一瞬にして物言わぬ骸となった。
その途端、再び乾いた拍手の音が鳴り響いた。
「いやはや、ブラボー、素晴らしい。有象無象の集団かと思ってましたが、フィールドボスのちゃんこちゃんを斃すとはたいしたものですね。これは皆さんもぜひ私の王国の住人になっていただきたいものです」
つまり吸血鬼たる自分の眷属にするという宣言に、気色ばむ聖堂騎士たち。
「ふざけるなっ。神の恩寵からこぼれし闇の住人よ。蒼神の御名において、この場で討ち滅ぼしてくれる!!」
「はっはっはっはっ。まあ頑張ってください。ファイトです」
そういって親指を立てるパーレンを無視して、三度聖光弾を放つ体勢になる聖堂騎士たちだが、その瞬間、彼らを取り囲むようにして次々と地面を割って吸血鬼たちが現れると同時に、躍り掛かってきた。
「ちっ! なんて数だ」
ざっと数えただけでも万に達しようかという数である。
しかも日が沈み始めたとあって、動きの早さが日中遭遇した下級吸血鬼とは桁違いな上、ほとんどが粗末ながら武器を装備している。
「全隊車座になれ! 一匹も通すな。聖光弾に固執せず、各自の判断で白兵戦に備えろ!」
素早く固まった聖堂騎士たちが、向かい来る吸血鬼たち――ほとんどが第二世代から第三世代の知性ある眷属である――相手に奮戦しているのを眺めながら、
「さすがさすが。この分なら15分も保たないで全滅かな。ま、補充はいくらでもできるし、取りあえず挨拶は済ませたところで、今日は帰りますノシ」
パーレンはその場で踵を返した。
「ま、待て! 貴様っ」
逃すまいと間断的に聖光弾が飛んでくるが、気にした風もなくヒョイヒョイ躱す。
「ほ~ら捕まえてごらんなさいホホホホ~」
その上わざとらしく口元へ手の甲を当てて嬌声を上げる。
聖堂騎士たちの血管が切れそうになった瞬間――。
「うおおお――――っ、とととと!?」
どこからともなく飛来した8本の剣が、その身を次々と串刺しにした。
『やった!!』
勝利の雄叫びが上がりかけ……地面に突き刺さったままの7本の剣を残して、パーレンの姿が幻のように消えた。
スキル『影分身』――分身を残して本体は数百m瞬間移動する技である。
「あたたたた。滅茶苦茶痛いな、これ」
背中側から貫通している最初に直撃を食らった細剣『風』。その名の通り風属性を帯びた剣を力任せに引き抜いて捨てると、パーレンはきょろきょろと周囲を見回した。
「ひさしぶり、それとも初めましてっていうべきかな、らぽっくさん? なるほどなるほど本命はこっちか。で、姿が確認できないところを見ると、影さんも一緒ってところかな? これに加えて愛しの緋雪ちゃんがいれば最高なんだけど、いないかのかな? だったら残念。――なら今日のところはこれでノシ」
『逃がすかっ!』
再び8剣が宙を舞うが、パーレンを守る形で吸血鬼たちが立ち塞がり、彼らを始末し終えたところで、彼のプレーヤー基本スキル帰還が完成して、今度こそその姿が消え失せた。
『――っ!』
どこかで、らぽっくが歯噛みして……その気配もやがて消えた。
◆◇◆◇
「……姫陛下の名前を口に出してましたけど、お知り合いですか?」
さっきまで自称パーレンなんとかが居たあたりを指差して、稀人が微妙な口調で聞いてきた。どうやらこちらの姿は見つからなかったみたいだけど、予想外の展開に二人揃って唖然って感じだねぇ。
「まあ、ね。なんとなくそーじゃないかとは思ってたけど、やっぱ彼か」
吸血鬼騒動、それも一国丸ごと乗っ取る相手ということで、もしかしたら……と思ってたんで、これは納得。だけど意外だったのが……。
「――らぽっくさんたちと敵対してるってところか」
「敵の敵は味方と行きませんか?」
さりげなく稀人が彼との共闘を提案してきたけど、現状だとちょっと判断し辛いね。
仲間割れに見せかけてこっちの油断を誘う姦計かも知れないし、そもそもアレとは極力係わり合いになりたくない。生身の体になったいまは特に。
「まあ、それは後に考えるよ。取りあえず、聖堂十字軍の実力も知れたし」
改めて確認すると1万人近くいた吸血鬼がことごとく掃討されて、彼らには目立った損害がない程だった。
ゲームなら中級~上級レベルのプレーヤークラスの実力だね。
「らぽっくさんたちも付いてるからね。勝てる公算が強いかな? 取りあえず結果が出てから考えるよ」
「なるほど。わかりました。――ところで」
「ん?」
「“愛しの緋雪ちゃん”ってどーいうことです? いったい貴女、何人の男を狂わせてるんですか?!」
「人を男を手玉に取る魔性の女みたいに言うな!!」
真顔で非難されて、再び『薔薇の罪人』を振るいながら、逃げる稀人を追いかけて、もと来た道を戻るのだった。
緋雪が空気ですw
敵の正体は謎です。ちなみにパーレン「(」アクサン「´」アポストロフィ「・」オーム「ω」ですけど、別に意味はないと思います(棒)
それと『魔法の横綱:マジカル★ちゃん子ちゃん』は別な作品の企画だったのですが、使う機会がなく今回使用しました。本来は女の子が変身してちゃん子ちゃんになる話です。たぶん需要はないでしょうね。