表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第四章 帝国の混迷
85/164

幕間 階層突破

次章に行く前に肩の力を抜くつもりで書きましたが、気が付いたらやたらと分量が……。

 アミティア共和国の首都アーラ近郊。

 通称『姫君の落とし穴』と呼ばれる70層からなる巨大な地下迷宮(ダンジョン)の20階層。

 初心者(ニュービー)向けの階層の最深部に位置し、初心者殺しとも言われる初のフロアボスが君臨する階で、まだ少年の面影を色濃く残した冒険者が、群がるスケルトン・ドッグを一刀の下に叩き斬っていた。


「くそっ、ゴチャゴチャ集まりやがって!」


 苛立ってはいるが取り乱してはいない。

 次々に襲い掛かるスケルトン・ドッグを的確に処理していく少年。


 彼の腕と言うよりも剣の力と言うべきだろう。

 地下深くだというのに天井自体がうっすら輝いている不思議な構造の地下迷宮(ダンジョン)の明かりの下でもはっきりとわかる。その長剣は白々とした魔力の光を放つ、退魔の魔剣であった。


 通常、魔剣を持てるようなものは騎士か貴族かよほどの金持ちか、或いは腕利きの冒険者だけであるが、少年の身なりは一般的な冒険者の標準的な革鎧に、要所要所を金属板で補強した防具で守っているだけの、至ってシンプルな格好である。


 この年齢の冒険者にしてはまずまず上等な部類ではあるが、それでもその手にした魔剣はいかにも分不相応である。


 やがて、周囲にいたスケルトン・ドッグを一掃したところで、少年は手の甲で顔の汗を拭い、周囲を見回しため息をついた。


「……やっぱ襲撃のドサクサでハグレたか。ま、フィオレの奴はジョンソンさんたちのチームと一緒だったから、大丈夫とは思うけど……」


 でも心配しているだろうな――と思うと同時に、荷物も食料もあちらのチームの荷物運び(ポーター)に預けたままで、現在位置不明の絶賛迷子中。先行きが心細いことを思ってさすがに暗澹たる気持ちになってきた。


「あれ? なにやってるの、ジョーイ。こんなところで?」

 そんなところへ、聞き慣れた銀の鈴を鳴らすような声がかけられた。




 ◆◇◆◇




「――美味い美味いっ」


 飢えた小鬼(ゴブリン)よりも夢中な様子で、緋雪が取り出したサンドウィッチを次々に腹に収めるジョーイを、呆れと感心が入り混じった表情で眺めながら、収納バックから取り出した容器にポットのお茶を注いで渡す。


「そんなにガッツクと喉に詰まらせるよ。――はい、紅茶。熱いから火傷しないでね」


「おっ、サンキュー! うん、これも美味いな。それになんか体の疲れもとれる気がする」

 味わってるんだか流し込んでるんだかわからない勢いで、山ほど積んだサンドウィッチとシュークリームをパクパク口に運ぶジョーイ。


「まあどっちもHPの微回復効果があるからねぇ。……ところでなんで地下迷宮(こんなところ)に居るわけ?」


「ん? ああ、話せば長くなるんだけど。他のCランク、Dランク仲間と共同で20階層のボスを(たお)そうって話になって、ここまで来たんだけどスケルトン・ドッグの群れが襲ってきたんだ」


 いやー、助かったなぁ。美味いな~、と言いながら再び食事を再開するジョーイ。

  ・

  ・

「………で? 続きは?」


「――? いや、それだけだけど……」


 全然長くもない上に要領を得ない話にげんなりしながら、緋雪は自分なりに話をまとめてみた。

「つまりここの地下迷宮(ダンジョン)って、ボス部屋のある20階・30階・40階・50階・60階にそれぞれ地上への転移魔法陣があるので、そろそろ初心者(ニュービー)を卒業したい冒険者たちが共同でチームを作って挑むことになった。

 で、まずは20階のボスを斃して転移魔法陣を使えるようにして、今後さらに下の階に挑むための橋頭堡にしようと考えた。20階まで順調に降りたところで、ボス部屋を見つける前に運悪くスケルトン・ドッグの大規模な群れに襲われた。そこで光の魔剣を持って一番戦力的に有効な君が『俺が後を引き受けるから、お前らは下がれ!』とかハッスルして、気が付いたら置いてけぼり食らってた――ってとこかな?」


「……見てたのか?」


「見なくてもわかるよ。まったく……勇気と無謀は違うんだよ? そんな生き方してたらそのうち死――ああ、もう経験してるんだっけ。じゃあもう直らないね……」

 不治の病の患者を診る目でジョーイを見て、ため息をつく緋雪。


 ジョーイの方は気が付いた風もなく、最後のサンドウィッチを食べ終わると、「ごちそうさん。美味かった!」すっかり丸くなったお腹をさすった。


「お粗末様。……ああ、口の周りにクリームとか付いているね」

 普通戦場では腹八分目くらいにしておくもんじゃないかなぁ、とか思いながら緋雪はレースのハンカチで、手のかかる弟でも相手にしているつもりで甲斐甲斐しくジョーイの口の周りを拭いた。


「お、おい!?…やめろよ。こんな高そうなハンカチで……」

「構わないよ。ハンカチなんて汚れるものだからね」


 ハンカチの香水の匂いと、女の子の甘い香り、手を伸ばせば抱き締められる距離にあるしなやかな姿態に、ドギマギして赤くなった顔を誤魔化すために、あちこち視線をさ迷わせたジョーイの目が、すぐそこの林の先に見える重厚な石造りの扉を見つけた。


「あれっ。――もしかして20階のボスの部屋か!?」

 その視線を追って緋雪も姿勢を戻して、そちらを向く。

「ん? ああ、そうだよ。ここのボス部屋だよ。危ないから近づかないでね」


「へえ……」

 立ち上がってふらふらとその方向へ歩き始めるジョーイ。


 ガシッ!とその肩が後ろから掴まれた。

「君は何を聞いてるの? ソロじゃ危ないから近づくなっていま注意したばかりでしょう!」


「いや、せっかくなんで近くで見てみたくて。それにあれだ…えーと…俺ってチーム本隊とはぐれたろ? だったらチームと合流するためには目立つところにいないとマズイんじゃね? んで、ここらで一番目立つとこってあそこだろう。あ、そーだ、だいたい俺らの目的もあそこなんだし。だったら、あそこで待ってた方がいいんじゃね?」


 単純に好奇心から行きたいだけで、思い付きを口に出しているだけのジョーイの言い訳だが、確かに合理的に考えてそれが最善の方法なのも確かである。


 まあ緋雪が一緒に付いて引き返せば安全だが、そこまで冒険者の仕事に干渉するつもりもないし、そもそも立場的には地下迷宮(ダンジョン)の裏ボスみたいなものなので、知り合いとは言え冒険者を優遇するのも考えたらおかしな話である。


 そう判断した緋雪はしぶしぶ了承した。

「……確かにね。でも絶対に門の中には入らないように」


「大丈夫だって。俺を信じろよ」


 新しいオモチャを貰った子供みたいな顔に、一抹どころではない不安を感じながら緋雪は、弾む足取りのジョーイを追って歩き出した。




 ◆◇◆◇




「へえ、ここがボス部屋へ通じる門か。案外小さいんだな」


 壁際にある階段を登った先。2.5メートルほどの高さの門――と言っても扉はない完全な開け放しのそれ――を、もの珍しげに眺めながらジョーイが感想を口にする。


「まあ砂塵の迷宮に比べればね。下の方へ行くとどんどん大掛かりになるんだけどね。――ってどこに行くつもり!?」


 階段を登り始めたジョーイを慌てて止めようとする緋雪だが、当人はいたって平然とした顔で、

「いや、せっかくだから中も見てみようぜ」

 門の先、石造りの通路になっている先を指差す。


「だから、君の実力だと魔剣があっても、ソロだと難しいから入るなって言ってるだろう!」

 一気にジョーイを追い抜いて、階段の上で通せんぼするように腕組みする緋雪。


「んなこと言っても外をウロウロしてるのも危ないだろう。……だいたい俺より先にチームの連中が来てるかも知れないし、確認しとかないとマズイだろう?」


「………」

 反論できないと見えて黙り込んだ緋雪の傍らを、ジョーイは軽い足取りで通り過ぎた。


「……むぅ。ちょっとだけだからね」


「だいじょうーぶだって。入り口だけだから。ちょっと入るだけで、絶対奥にはいかねーから」

 まるで初心(うぶ)な娘さんにつけ込む、女ったらしの悪い男のような台詞だが、本人は至って能天気なモノで、これっぽっちも悪意も計算もない。


 その天然に騙された緋雪は、しぶしぶ折れた形で腕組みをほどいてジョーイの後を付いてきた。

 まこと世間知らずの箱入りそのものの無用心さに、仮にこの場にお節介な第三者がいれば、懇々とその軽はずみさを(たしな)めるところであろうが、幸か不幸かそういう人物はいなかった。


 石造りの回廊はところどころ魔法のカンテラが灯っているので、さほど視界は悪くはないが、それでも光の届かない陰のところは存在する。

 不意打ちを警戒しながら、ジョーイはふと思い出して緋雪に尋ねた。


「なあ、前に使ったあの明かりの魔法は使えないのか?」


「使えるけど……心細いようなら、そろそろ引き返したら? けっこう奥まで来たけど、誰もいないみたいだしね」


 心配してくれているのはわかるが、まるで子ども扱いされている気がして、半ば意地になったジョーイはそれ以上はお願いしないでズンズンと先に進んだ。




 ◆◇◆◇




「ここがボスのいる場所か」

 幸い途中にモンスターはいなかったようで、問題なく最奥まで進んだところでちょっとしたホールと、突き当たりに観音開きの石の扉。それと休憩所を兼ねているのだろう、ホールの手前に小部屋の並ぶ区画があった。 


「そうだよ。ここを開けたらボスとご対面だ。あいつ相手だと、君の装備だとひとたまりもないからね」


「ああわかってるよ。確かボスはゴーレムだっけか?」


「メタルゴーレムだね。砂塵の迷宮にいた奴と基本的には同じだけど、大きさで2回り大きい上に、鋼鉄製だから普通の剣とかは通じないよ。斃すとすれば重量級の打撃武器でダメージを与えるか、強力な雷撃系の魔法で動きをとめて、弱点を攻撃するしかないだろうね。――じゃあ、もういいだろう。戻ろう」


 ああ、わかった――と言い掛けたジョーイの返事が、不意に遮られた。


「おっと、そうはいかねえな」

「手前には、この先に行ってもらおうか」

「動くなよ。この女の命が惜しかったらな」


 いつの間に背後に忍び寄っていたのか、人相の悪い3人組の男達が手に手に刃物を持って、緋雪を取り囲んでいた。


「――お友達?」

 状況がわかってるんだかわかってないんだか、首筋やら心臓の上やら脇腹やらに剣先を当てられた状態で、呑気に小首を傾げる緋雪。


 一方、どこかで見覚えのある連中に、訝しげに眉を寄せたジョーイだが、その中の一人の顔を見て閃くものがあった。


「お前ら……シュミット!! チーム『赤巾旅団』の!」


「覚えていたのか、小僧。ここで張ってた甲斐があったぜ」

 元冒険者のチームリーダーだった男が、にやりと歪んだ笑いを浮かべた。

 仮にも冒険者だったほんの少し前と違って、その荒んだ身なりと顔つきはどう見ても盗賊のそれである。


「……張ってたってことは、狙いは俺か? だったらヒユキは関係ないだろう、その手をどけろよ!」


「バカか手前、自分の立場がわかってねえな。命令できる立場だと思ってるのか?」

 そう(うそぶ)いて、ヒタヒタと緋雪の首筋に当てた剣をこれ見よがしに動かすシュミット。


「くっ……」

 現在、自分達が陥っている危機的状況を改めて見せ付けられ、口惜しげに呻き声をもらすジョーイ。


 そんなジョーイの姿に溜飲を下げたのだろう。シュミットは聞かれてもいないことをペラペラ喋りだした。

「こちとら手前らのせいでギルドを追い出され、せっかく上げたランクもなにもかもパアだ。いつか恨みを晴らすつもりでいたが、都合よく地下迷宮(ダンジョン)に入るって聞いてな。わざわざ後から様子を見ていたんだぜ。そこへ好都合にチームと別れて女と二人きりだ。手前らがいちゃついてる間に先に小部屋に隠れてチャンスを窺ってたら、のこのこやってきやがった。場所が場所だ、ここで手前が死んでいても誰も怪しまねえってもんよ。……まあ、もう一人の女と一緒じゃなかったのは、ちょいと残念だったがな」

「いやいや、兄貴。あっちの女魔術師よりこっちの方がとんでもない上玉ですぜ」

「まっ、胸は残念だけどな」


 一瞬、緋雪の額に青筋が浮かんだのを、真正面から見ていたジョーイの目は捉えた。


 ……うん。あいつの前では胸の話はしないようにしよう。

 それとも、ちっちゃい胸の方が好きだと言えばいいかな?


 阿呆なことを考えて悩む――見た目には人質を取られて煩悶する――様子に、どことなく白けた口調で、緋雪が口を開いた。

「……えーと、私としてはこれどーすればいいのかな?」


 はっと我に返ったジョーイが悲痛な叫びを上げる。

「悪いっ。俺の責任だ。きっと助ける! だから今はじっとしていてくれ!」


「じっと、ね。はいはい」


「はん。相変わらず威勢だけはいいな。まあその前に手前がくたばるのが先だと思うがな。――後ろの扉を開けろ。ボスのゴーレムの相手をしてもらおうじゃねえか。確かボスを斃すと宝箱がでてくるそうだからな。せいぜい健闘するこったな」


 大方、自分達で直接手を下して反撃されるのを警戒しているのだろう。

 間接的に、ジョーイがボスになぶり殺されるのを高みの見物をして溜飲を下げるか、万一斃せそうだったり、相応のダメージ与えられたら後ろからジョーイを殺して宝箱を横取りという肚だろう。


 唇を噛み締めたジョーイは言われるまま、背後の扉に手をかける。

 扉は見た目の重厚さからは想像もつかないほど軽く開いた。




 ◆◇◆◇




 開け放しにした(この階と30階のボス部屋は退却可能。40階以降は扉が閉じて勝負が付くまで逃げるのは不可となる)扉の先、演劇場ほどの広さの石造りの部屋の中央に蹲っていたメタルゴーレムが、近づいてくるジョーイに反応して、意外なほどスムーズな動作でむくりと立ち上がった。


 ゴーレムというよりも黒鉄製の球体関節人形のようなそれの頭部がジョーイを捉える。


 眼も鼻も口もない頭部の中央に、握り拳大の赤い石がはめ込まれていて、それが天井から煌々と降り注ぐ光を反射して、異質な輝きを放っていた。


 部屋の中央に進みながら腰の魔剣を抜いたジョーイは、自分の目線よりも体半分高い位置にあるその赤い石を見ながら、思わず唸った。

「――こいつがメタルゴーレムか。弱点があるって言ってたけど……どこにあるんだ?」


「「「「見ればわかるだろう(でしょう)!!」」」」

 入り口から中の様子を眺めていた4人が思わずズッコケて、同時にツッコミを入れた。


「???」


「頭のところだよ! 赤い石! それが弱点!」

 なおも首を捻るジョーイに緋雪がダイレクトに答えを伝える。


「……ねーちゃん、あんな男と付き合って疲れないか?」

 なぜかしみじみと同情するシュミット。


「……確かに。今後の付き合いを辞めたくなってきたねぇ」

 緋雪もこめかみの辺りを押さえて同意した。


 その時、気合の声と共に走り出したジョーイが、メタルゴーレムの足元目掛けて剣を振り下ろした。

 ガキン!と金床と金槌を打ち合わせたような音がして、斬りつけた部分がわずかに傷を負った。


 痛みを感じないゴーレムは、無造作に右手を振り下ろす。

 振るう(かいな)の一撃が床に穴を開け、壁にひび割れを作るが、それを間一髪躱しまくるジョーイ。その時々に剣を振るうが、勿論彼の腕では有効な攻撃を与えられる力がない。


 状況はこう着状態に陥ってきたが、イラついてきたのは見ていた元チーム『赤巾旅団』の三馬鹿である。

 埒が明かないと見てか、緋雪の胸元にわずかに弾力でめり込む感じで剣先を強めに押し付けた。

「なにトロトロやってやがる! さっさと始末しねえか!」


 ため息をつく緋雪。いま着ているドレスは『戦火の薔薇アン・オブ・ガイアスタイン』程ではないがれっきとしたLv99装備。こんなナマクラで傷ひとつつけられるわけがない。


 だが、それを知らないジョーイの注意が逸れた瞬間、メタルゴーレムのタックルがまともに決まり、少年の体が鞠のように跳んだ。


「!!」

 咄嗟に周りの連中を振り払って前に出ようとした緋雪だが、ふらふらしながらも立ち上がったジョーイの様子にほっと安堵のため息をついた。


「このアマ! おとなしくしねぇか!」

 勝手に動こうとした緋雪に向かって剣を突き出す三人組を、底冷えのする瞳で振り返る。

 その眼が赤々と輝いていた。


「君らこそ邪魔だよ。少し黙っていてくれないかな」


 その途端、棒を呑んだかのようにその場に直立不動するシュミットたち。

「――刻耀(こくよう)。悪いけど、そいつら適当な肉食モンスターがいる辺りに捨ててきてくれる?」


 その声に応えて、緋雪の足元の影が蠢き長身の暗黒騎士へと変じた。

 跪いた暗黒騎士は一礼して、無造作に連中を片手で一まとめに掴んで、そのままズルズルと外へと引っ張って行った。


 それから急いで加勢しようとしたところで、ジョーイの持つ魔剣の光が増しているのに気が付いた。


 ――スキルに目覚めかけている? だったら……!


「ジョーイ! 剣を構えて、全身の力を刀身から搾り出す気で振り抜いて!!」


「おうっ!」

 言われるまま、何も考えずにジョーイは全身全霊で魔剣を振り下ろした。


 刹那、魔剣の光が一段と強烈になり、そこから光の斬撃が飛び、迫り来るメタルゴーレムの頭部――弱点の赤い石に当たって、見事にそれを砕いた。


 反動で引っくり返ったジョーイがどうにか頭だけ上げたところ、メタルゴーレムは壊れた人形のようにその場でバラバラになると、どこからともなくファンファーレが鳴り、ゴーレムのいた床下から“いかにも”という宝箱がせり出してきた。


「……誰かな、こんなの考えたの。緊張感が台無しだよ」

 ぶつぶつ言いながら倒れたジョーイのところへ寄って、治癒をする緋雪。


「さ、サンキュー。――あれ? 連中は??」

「ああ、君が勝ったんで恐れをなして逃げて行ったよ。――具体的には地獄に」

「ん? どこだって?」

「なんでもないよ。それよりせっかくだから宝箱を開けてみたら?」


 言われて気が付いた顔で、立ち上がって体に異常がないのを確認して宝箱に近づくジョーイ。

「なにが入ってるんだ?」


「さあ? このあたりはランダムだからね」


 けっこうワクワクしながら開けてみると、金属製の上半身鎧が入っていた。

「おっ、防具か! これ欲しかったんだ」


 緋雪から見れば単なる鉄鎧でハズレっぽいけど、まあ本人が喜んでるからいいか。という感想だった。

 早速いま着ている革鎧を外して装備しているジョーイを微笑ましく眺めていたところで、不意にその足元の影が蠢いた。


「……ああ、ご苦労様。ふんふん、肉食蜘蛛の巣へね。……ああ、なるほど、それはきっと本隊だね」


 傍から見ていれば、ぶつぶつ独り言を言っているような緋雪を怪訝そうに見るジョーイ。

「どうかしたか?」


「いや、どうやら君のチームがこの入り口に近づいている気配がしてるんだけど、どうするの? ここのボスは15分で再生するけど。戻ってもう一度チームでボスと戦うにしても、先に奥の転移魔法陣に登録しておいたほうが便利なんじゃないかな」


「そっか。じゃあ登録してから戻るよ。お前はどうするんだ?」

 新しくした鎧の重さや動かしやすさを確認しながら、いまさらながら、なんで緋雪がここにいるんだろうと思いながら尋ねるジョーイ。


「私はこの後下へ降りる用事があるからね。ここで別行動するよ」

 軽く肩をすくめる緋雪。


「そっか、気をつけろよ」

「それは私の台詞だよ」

 そう言いながら揃って奥の通路へと進む二人。


 突き当たりの小部屋にあった転移魔法陣の中央の結晶(クリスタル)に掌を当てて、魔力を登録したジョーイを確認して、緋雪は次の階へ降りる階段に足を掛けた。


「それじゃ、俺はボスがまた湧かないうちに戻るから!」

「ああ、気をつけてね」

 まあ、魔剣も使えるようになったことだし大丈夫だろうと思いながら、早速背を向けてこの場から走り出そうとするジョーイに手を振る緋雪。


「じゃあな!」

 こちらも手を振り返して、足取りも軽くジョーイはいま来た道を戻って行った。


「――ジョーイもだんだん一人前になってきたねぇ。さて、こっちのアレはどこまで成長したかな?」

 目的の相手の進化を期待しながら、緋雪も散歩するような足取りで地下迷宮(ダンジョン)を下って行った。



 ちなみに先ほどの一撃でMPを使い果たしてスッカラカンだったジョーイが、2回目のボス戦で同じスキルを使おうとして失敗して隙を見せ、あっさりメタルゴーレムに殴り飛ばされたのも良い経験である。

イチジクは現在22層で元気に進化中です。

ちなみに各階のボスは基本地元雇用で、ある程度HPが低くなると強制転移で本国へ戻され治療を受けられるようにしてます(ゴーレムは使い捨てですが)。

あと70階のボスは本国のヒマな連中が日替わりで勤めていますが、いまのところ誰も来ないのでやることがありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ