第十七話 神出鬼没
扉を特殊な鍵で開け、内部に入ると広々とした塔内は吹き抜けになっていて、壁に沿って螺旋階段が続いているだけだった。
なんでもこの塔『罪人の塔』は外側も内側も強力な消魔術の魔術効果が恒常的に付加されているそうで、たとえプレーヤーでも内部ではスキルを使えず脱出は不可能。
また外壁に関しても、
「たとえ近衛騎士総長や隊長クラスが数十人がかりでもかすり傷程度しかつけられませんし、時間が来れば自動修復いたします」
と、オリアーナ皇女が誇らしげに言い切る強度とのこと。
なので、なんとなく壁を指差して訊いてみた。
「試してみても?」
「ええ、ご存分にどうぞ」
許可を貰ったので、もう一遍外に出て、収納スペースから『薔薇の罪人』を取り出して、外壁に向け構えた。
そのまま一気にトップスピードに乗って、スキルを放つ。
全てのMPを消費して敵に大ダメージを与える、ボクの持つ最大の攻撃力を持つ技――剣聖技『絶唱鳴翼刃』。
「はあああああ――――――っ!!」
勢いと共に眩いオーラを放つ剣先があっさりと分厚い塔の壁を貫通し、さらにそこから内部に震動波を放出――生物ならこれで全身の体液や細胞を破壊され瞬時に絶命するところだけど、無機物の壁ということで――そこを中心に放射状にひび割れが走り、ボロボロに粉砕された壁をそのまま突破して、瓦礫と粉塵を振り払い、吹き抜けになった塔の内部を一気に走破して、反対側の壁に内側からクレーターを作ったところでボクの突進は止まった。
「へえ、外よりも内側のほうが消魔術の効果が高いみたいだね」
ズン!と衝撃が塔全体に響いたけど、パラパラと埃がこぼれてくるくらいで完全破壊までには至らない。あれだね、話を聞いたときからもしやと思ってたけど、この手応えで確信したよ。この材質強度にはすごく覚えがある。うちの城と同じ元破壊不能建築物だね。
これらはゲーム中では本来は破壊不能だったんだけど、現在はボクでもがんばれば壊せるレベルまで劣化してる(まあ自動修復でほっとけばすぐに直るけど)。ちなみに円卓メンバークラスなら宴会の余興とかでも勢い余って壊したりするので、ウチの城は気が付くとちょくちょく大穴が開いてたりする(まあ城全体の面積がアホみたいに大きいので目立つほどではないけど)。
つまり、彼女が自信満々で言うほど安全じゃないってこと。
そんなわけで、唖然とする一同に向けて、感想を述べてみた。
「でも外からの攻撃には弱いね。戦闘職のカンスト級プレーヤーなら鍵なんて意味ないと思うよ。やっぱ、そっちの用事が終わったら、影郎さんの身柄に関しては、こちらで処断したほうがよさそうだねぇ」
はっと我に返った皇女は、複雑な顔で大穴の開いた壁面を眺め、不承不承頷いた。
◆◇◆◇
さて、あの後、オリアーナ皇女が語る転移魔法装置を使用した相互貿易協定と、有事の際の相互防衛協定について話を聞かされたんだけど、
「いや、そもそもそれ貿易とは別個の話だよね?」
ドサクサ紛れに一緒くたにされてるけど、これって全然別の話だよねぇ。
そう指摘したところ、にっこり微笑えまれた。タヌキだね。
「ですが、その方が安全保障上も有意義なのでは?」
「交易そのものに対する安全保障じゃないよねぇ。先にそっちを協議しないと」
その後、なんだかんだと狐と狸の化かし合いで話し合った結果、それぞれ別個協議としてまずは相互貿易協定を結び、その結果をもって相互防衛協定を結ぶ――将来的にその予定であることは明文化する――ということで妥協した。
「まあ、こういうのは私が口出しすべきことじゃないと思うんだけどねぇ。当事者同士の問題であって」
ちらりとレヴァンを見ると、決まり悪げに頭を下げてアスミナに、「しっかりしてください、義兄様!」と怒られていた。
「あくまで仮定の話ですが、わたしどもとクレスが相互防衛協定を締結した場合、真紅帝国本国……いえ、姫陛下の判断がすべてにおいて優先されるのですよね? では、陛下はいかように判断されたのでしょうか?」
試すようなオリアーナの問いかけだけど、答えは決まりきっている。
「んー……まあ、ご勝手にってところかな」
「つまり肯定されるということですか?」
「自己責任だね。こちらから口出ししない代わりに、手も貸さないってところ」
「ずいぶんと薄情ですこと」
これ見よがしに嘆息するオリアーナだけど、まあ対外的なポーズで彼女も同じ決断を下したろうね。
「いつまでもおんぶにだっこでは困るからね。自分の足で歩いてもらわないと」
軽く肩をすくめた。
その向こうではレヴァンがアスミナに頭を叩かれていた。
◆◇◆◇
その後、オリアーナ皇女が知る喪失世紀の記録――というか神話を聞かせてもらい、なかなか興味深い時間を過ごした後、例の塔に一時監禁している影郎さんの様子を見に行くことになった。
さすがにこちらは衛兵が護衛しないとまずいということで、侍女のリィーナが呼びに行った。
どーでもいいけど、ボクらのこと衛兵になんて説明するんだろうね。
で、しばらくお茶の飲みながら雑談しているところへ、リィーナが二人の衛兵を連れて戻ってきた。
「遅かったですわね、リィーナ?」
説明に手間取ったのか、お茶を飲み終える頃に戻ってきたリィーナにオリアーナが声をかけると、無言のまま申し訳なさそうに頭を下げた。
そんな感じで、衛兵が先頭に立って、その後をオリアーナたちが歩き、その後を2~3歩遅れる形で、ボクたちは王宮の外れにある『罪人の塔』へと連れて来られ、冒頭のやり取りへと戻ったのだけど。
取りあえず塔の強度については理解したので、次に機能について確認してみることにした。
とりあえず塔の内部で、収納スペースからネックレスを取り出そうとしてみたけど――失敗。
ふむふむ個人の亜空間スペースである収納スペースは使用できない、と。
続いて、腰のリボン型ポシェットから、さっき回収した『ちびちび緋雪ちゃんVer.3』(ちなみに長らく行方不明になっていたVer.0とVer.1も最近、命都の捜索で発見されたそうだけど、なぜか発見場所は黙秘され、人形も廃棄処分された)人形を取り出してみる――成功。
なるほどなるほど、収納スペースは魔法扱いで、魔導具は使用可ということか。
けっこう抜け道があるねぇ。
これは下手したら、影郎さんすでに逃げてるんじゃないだろうか?
彼なら胃の中に収納バックくらい仕込むビックリ人間だからねぇ。
ボクのやることを興味深そうに見ていた、オリアーナに向き直って、視線を螺旋階段の上に向けた。
「急ぎましょう。プレーヤー相手には正直この施設では不安です。収監した影郎さんが現在もこの場にいるか、かなり危ういと思います」
「わかりました」
硬い顔で頷いた彼女は、衛兵たちを急かせて螺旋階段を昇り始めた。
全員で息せき切って駆け上がっていった先、塔の中ほどにあるいかにもな牢屋の鍵を開けたそこにあったのは、何かに食いちぎられたような鋼鉄製の手枷足枷の残骸だけだった。
「――っ!!」
半ば予想していたこととは言え、ここまで鮮やかに逃げられるとある意味感心するね。
「そんな、どうやって!?」
「方法はわからないけど逃げたのは確か! でも、それほど時間は経っていないはずだから、急いで追いかければ……いや、ここまで登る途中で会わなかったのも変。この階段の上ってなにがあるの?」
「貴人など身分のあるものの特別隔離施設になっています。現在は――っ! バルデム・インドレニウス・ザレヴスキが最上階にいますっ」
その名を聞いて、レヴァンとアスミナの顔色が変わった。
「「バルデム主席!?」」
「――誰それ?」
どっかで聞いたことのある名前に首を捻ると、皇女が補足してくれた。
「元クレス=ケンスルーナ連邦の最高権力者で、ユース大公国の大公でもある人物です。先ごろのケンスルーナの敗戦の際に捕らえられ、帝都に搬送され蟄居……というか、宰相が各方面と身代金交渉をする間、押し付けられた形ですが」
「あんな男に払う金なんてビタ一文あるわけないですよ」
ぶ然とレヴァンが一刀両断した。
「ええ、実質的な連邦の後継国家であるクレス自由同盟国にはけんもほろろに断られたため、元の領土であるユース大公国と交渉中のようですが、金銭的に折り合いがつかないようで……」
まあ今回の戦争で帝国に占領された土地の荒廃はそうとうひどいらしいからね。元の王様の身柄引渡しのお金も、ない袖は振れないってところか。
それに実質的に敵だったレヴァンにしてみれば、払ういわれはないどころか、なんで帝国でとっとと始末しないんだってところなんだろうね。
「うだうだ考えても仕方がないので、取りあえず最上階まで行ってみましょう」
全員、頷いて再度螺旋階段を駆け上って行った。
『絶唱鳴翼刃』(兄丸さんとの戦いでは不発だったので、ふと思い出してどんな技か公開してみました)は現在天涯と従魔合身中であったからこそ、あそこまでのパワーがありましたが、緋雪単体なら壁に穴を開ける程度ですね。
まあ、それでも扉の鍵を壊すくらいは可能と言うところです。
11/11 誤字修正しまいた。
×方をすくめる→○肩をすくめる
ご指摘ありがとうございました。