第十六話 情報交換
今回のお話はちょっと長いです。
その割にはぜんぜん話が進んでいませんが(`-д-;)ゞ
グラウィオール帝国の帝都アルゼンタム中央に位置する王宮。その広大な敷地の外れに『罪人の塔』と呼ばれる修道院のような、重厚な造りの尖塔があった。
皇族や貴人を収監するこの塔は、遥か神代の昔から存在すると言われ、一見して石造りと見られる外壁は無双の強度を誇り、単体でドラゴンを狩る近衛筆頭騎士の剣技をもってしてもかすり傷を負わせるのがやっとで、それすらも一晩経てば修復され、またこの内部ではあらゆる魔法が無効化されるという、ある意味これ自体が秘宝ともいえる遺失文明の精華であった。
この日、現在のところこの塔の唯一の囚人である男――元クレス=ケンスルーナ連邦主席バルデムは、通常の見回りや食事でもないこの時間に、塔の扉が開かれ何人かが階段を昇ってくる足音を聞いて、読んでいた本を机の上に置いた。
どこぞの貴族の私室といっても通用する、およそ監獄とは思えないこの最上階の部屋を見回し、いよいよ処刑の日が来たかと目を閉じた。
だが、足音は塔の途中で止まり、ガチャガチャと鍵を開ける音がして、続いて錆びた扉を開ける音と何か重いものを放り投げる音がして、今度は逆の手順で扉が閉められ鍵がかけられ、やがて足音が遠ざかっていった。
どうやら自分の他に誰かがこの塔に収監されたらしい。
それが何者なのか、多少の興味はあるが所詮はままならぬ身。知ったところでどうしようもない。
――誰かは知らんが気の毒にな。
ふん、と軽く鼻を鳴らして、彼は再び手を伸ばし、読んでいた本の続きを探してページをめくりだした。ようやく中断していたページを探し当てた時には、新たな囚人のことは綺麗に頭から消えていた。
◆◇◆◇
どうにもやりづらい相手だなぁ、というのがこのグラウィオール帝国の皇女様に対するボクの感想だった。
『スタン・ブロウ』で気絶させた影郎さんの処遇について、レヴァンと話しているところへいきなり口出ししてきて、
「聞けばこの者は宰相の手駒として、クレスの密使を襲撃した実行犯であるとか。そうであれば我が国の国内法に基づきこちらで処分を下すのが妥当と思えますが」
と、やたら論理的に法的根拠や正当性などを明示してきて、まずは口八丁とさり気ない仕草でレヴァンを誑し込んで納得させてしまった。
こういう自分の『女』を利用して男を手玉に取る手口は、女性なら誰でも使うので、同性が見ればすぐにピンとくる。その分野の経験の浅いボクでもわかったくらいなので、当然、義兄のことに関しては尖ったナイフよりも鋭いアスミナにはバレバレで、皇女を完全に敵認定した目で見ていた。
まあ当の本人は上手に思考を誘導されたことも気付かずに、アスミナのいつものヤキモチだと思っているみたいだけど……つくづくボクが言うのもなんだが、男って単純だねぇ。
一方ボクの方には引き渡した際の実益――皇帝派が実権を握った際の両国間の今後の関係改善と補償について――を立て板に水で話されたけど、まあ偉い人のその手の口約束は空手形と同義だからねぇ、正直どーでもいいんだけど。
ただし、現状ボクらが他国の宮殿へ不法侵入していることと、アスミナと二人で宰相をボコボコにした負い目があるので、そのあたりを有耶無耶にできるんなら、こちらとしては渡すカードが影郎さんの身柄一つというのは助かる――このお姫様の策が成功すれば御の字で、ダメモトなんだから失うものはほとんどない。
ただし問題もある。これが普通の暗殺者ならともかく、相手は影郎さん。
この通称『鈴蘭の皇女』様が考える、宰相がクレス同盟の密使を暗殺したとか、転移装置を破壊した黒幕だと自白させるのは難しい……いや、あること無いことペラペラ喋るのが目に見えている。だから渡しても無意味だと思うんだけど、後からクーリング・オフとか言われても責任負えないなぁ。
そう言ったところ、
「それならそれで構いません。自白したという証言さえあればどうにでもできます」
と、やたら自信満々に胸を張られた。
う~~ん、まあ、ボクとしても若干、影郎さんを持て余していたのは確かだけど――じゃあ短絡的に殺してしまえ……というのも、せっかく掴んだ敵の尻尾を逃す形になるので惜しいし、正直『E・H・O』で仲間だった情もある――だけどねぇ、どだいプレーヤーを長時間拘束しておくはできないだろう。彼の身柄を彼女に預けるのは、せっかく捕まえた虎を野に放つようなものじゃないのかな。
そう思ったところを忌憚なく話したんだけど、これに対してもあっさりと反論された。
「ご安心ください。この宮殿には神代の昔から存在する『罪人の塔』というものがございます。この塔の内部に収監された者は、いかなる魔術師――いえ、例え魔物や魔王……そして、超越者であろうと、力を失うと謂われており、およそ脱出は不可能かと」
『超越者』という言葉に、一段と力を込め言われた。
「へえ、プレーヤーを知っているの?」
撒き餌とはわかっているけど、聞き逃せない単語だけに、確認せずにはいられないところだった。
「皇族に伝わる伝承程度は。……いかがでしょう、お互いに情報交換と参りませんか?」
にっこりと虫も殺せないような微笑みの裏のしたたかさに内心舌を巻きながら、ボクも取りあえず表面上はニコニコと微笑み返した。
「そうですね。それが有意義な情報であれば…ですね」
暗に『ブラフやハッタリなら考慮しないよ』という意味合いを込めた笑みに、
「ええ、失望はさせないつもりです」
同種の笑みが返ってきた。
表面上は穏やかに微笑み合いながら、お互いに腹の探りあいをする――そんなボクらの様子を見て、レヴァンはトップ同士単純に話が通じたと思って安堵のため息をつき、アスミナは『面倒臭いことしてるわね』という顔でため息をついた。
……まあ、そんなわけで。影郎さんの身柄は、手枷足枷付で一時的に彼女の預かりとすることになったのだった。
◆◇◆◇
そんなわけで、場所を移して彼女の私室へ。
とは言っても面子は先ほど同様、あちらはオリアーナ皇女とその侍女で名前はリィーナの二人だけ。こちらはボクとレヴァン、アスミナ、あとペットのシンの三人+一匹だけだったけど。
「――私室ですので少々手狭で乱雑ですが、ご容赦くださいませ」
そう言って案内されたのは、20畳くらいのロココ調の部屋で、壁と天井は白塗りでそこに金色の植物文様装飾が施され、中央には白を基調とした応接セットが、壁には流麗なタッチの油絵が飾られ、壁際には横長整理箪笥や壁取付用装飾机が設置されていた。
「良いお部屋ですね」
お世辞ではなく本心からそう口に出ていた。
ウチもこれくらい狭くて飾り気のない部屋なら落ち着くのにねぇ。
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑う皇女に勧められるまま、中央のソファー――形式的にボクが一番上座で、次にオリアーナ皇女が上座に近いところに座り、次にレヴァン、アスミナという順番になる――に座ったところへ、リィーナが全員にお茶を注いだ。
「さて、まず最初に確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか薔薇の姫陛下?」
「その前に私からもよろしいですか、鈴蘭の皇女様」
まずはなにげなくお互いの呼称を確認してみた。しかし『薔薇の姫陛下』ねぇ……今後、浸透しないといいんだけど。この恥ずかしげな愛称が。
「なんでしょうか?」
「皇女様は次期皇位第一位とはいえ、公式には政治的発言権はないはずですが、実際のところどの程度、国政に対して影響力があるのでしょうか?」
さっきから国を代表するような発言が目立つけど、彼女にはそれほどの権限はない筈なんだよね。
確かに普通に話していてもその頭の回転と腹黒…もとい、計算高さには目を見張るものがあるけれど、実権なき象徴と話をしても始まらない。
ボクの問いかけに、「もっともなご懸念ですわね」とオリアーナ皇女は苦笑した。
それからふと、壁に飾ってある油絵に視線を移した。
「姫陛下はこの絵をどう思われますか?」
彼女の愛称の元になった鈴蘭を手前に、高原と山々の景色を描いた柔らかなタッチの風景画だった。
正直、ボクは絵の良し悪しはわからないけど――ぶっちゃけ生前は、写真やデジタル技術が発達した世の中で、絵画は前世紀の遺物くらいに思ってたし――描き手の細やかな心情がわかる良い絵だと思った。
「よい絵ですね。鈴蘭……皇女様に対する細やかな心配りが感じられる絵だと思います」
そう言うと、皇女は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。わたしもお気に入りの一枚なのです」
それから一言、秘密を打ち明けるように付け加えた。「父の作品なのです」
これには驚いて全員その絵に視線が集中した。
「……これはまた。玄人はだしですね。てっきり高名な宮廷画家の作品かと思いました」
ボクの感想に、レヴァンもアスミナもうんうん頷く。
「ええ、娘の贔屓目かもしれませんが父にはこの方面の才能があると思います。後世の歴史書には『美術家皇帝』とでも記されるかも知れませんね」
愉しげにクスクス笑う彼女だけど、このまま彼女がつつがなく即位したら、どー考えても『女帝オリアーナの父』くらいにしか記載されないだろうなぁと思った。
それから、笑いを口元に留めたまま、歌うように続けた。
「父は元来、繊細かつ温和なご気性で、少々夢見がちなところもありますが、そうした点をひっくるめて、娘として個人的には好意を抱いております」
それから一転して、難しい顔になった。
「ですが皇帝として、また男性として見た場合まったく尊敬すべきところはございません。現在もほぼ離宮に篭って好きな絵画、美術の類いに没頭するばかりで、国政を預かる者としての自覚などなく……いえ、敢えて放棄しているのでしょう、目と耳を塞ぎ黙っていれば嵐が過ぎ去るものと、なんの根拠もなく思い込んでいる、どうしようもない愚物。それが今上帝のウソ偽りない姿です」
思わず顔を見合わせるボクたち。
どこまで本当かわからないけど、これが本当のことだとしたらこの国先行き危ないんじゃないの?
まだしもあの宰相に実権握らせていたほうがマシな気がしてきたよ。
早まったかな……。
「そのようなわけで3年前に摂政が亡くなり、つつがなく今上帝が即位された後、去就を決めかねていた家臣のみならず、正統な皇家に対して支持していた者の中にも翻意されてしまった方々が多くいらっしゃいます」
なるほど、あの宰相もその一人というわけか。
「当事はわたしは10歳、頑是無き子供で政についてもなにもわかりませんでしたが、13歳と成人を迎えたことから、現在は国務のほとんどをわたしが代行しております。無論、わたしは世間知らずの箱入り娘ですので、至らぬ点は多々ございますが、幸い譜代の廷臣にはわたしを支持する方々も多く、実質的に皇帝派をまとめる立場にあると自負しております」
なるほどねぇ。まあ『世間知らずの箱入り娘』の部分はツッコミどころがあったけど、現状、皇帝は開店休業状態で、この皇女様が実質的な大黒柱になっているわけだね。……まあわかるかな。この娘なら皇帝なんかよりよっぽど優秀だろうからねぇ。
「わかりました。では、貴女をグラウィオール帝国皇室の全権代理人として、以後認識することにいたします」
「ありがとうございます。陛下のご信頼には必ずお応えいたします」
皇女の水色の瞳が力強くボクの目を真っ直ぐ見つめた。
取りあえずこれでようやく交渉開始といったところかな。
「さて、それではさきほどの質問の続きなのですが。最重要課題として、ひとつ――ウィリデにある転移魔法装置が破壊されたというのは本当なのでしょうか?」
「本当だよ」
あっさりと頷いたボクの言葉に、レヴァンが息を呑む。
「……まあ、壊されたのは偽物だけど」
続く言葉に、息を詰めていたオリアーナ皇女が、ほっと息を吸って吐いた。
「やはりそうでしたか」
「――え?! どういうことですか、偽物っていつから?」
唖然とするレヴァンに向き直った。
「最初からかな。あの装置はウチで急遽造ったハリボテみたいなものでね。だから最初に『あの装置は煮ようが焼こうが、好きに使ってかまわない』って言っておいたじゃない。『転移魔法装置』とは一言も言ってないよ」
「したたかですわね。ですが、お味方を騙されるのはいささかやりすぎでは?」
「それくらいでないと敵さんも騙されないからねぇ。……まあ、確かに悪趣味ではあったかな。すまなかったねレヴァン」
素直にレヴァンに頭を下げると、慌てた様子で両手を振った。
「お、オレなんかに頭を下げないでくださいよ! 陛下の深慮遠謀であればそれに従うのが役目なんですから」
『ふん。小童が多少は自分の分を知ったか』
従魔合身中の天涯が胸の奥で冷笑を漏らした。
そんなボクたちの様子を好意的な目で見ていた皇女が、小首を傾げた。
「わざわざこれ見よがしに転移装置のハリボテを造って置いた意図など、教えていただけますか」
「一番はどこから情報が漏れるかの確認かな。さっきの影郎さんが、帝国方面に向かっていた足跡はたどれていたからね、こちらに情報を流せば黒幕がどう反応するのか見たくて」
「その黒幕というのは宰相のウォーレンですか?」
「違う。あれは良いように緩衝材に使われただけだろうね。ミスリードで帝国が関与したように見せかけるために。そうなると、怪しいのは……」
「――イーオン聖王国、ですね」
ボクは無言で頷いた。
「確かに彼の国は魔国である真紅帝国を目の敵としているでしょう。ですが、上層部がそれに関わっているかと謂われれば、少々疑問を挟まずにはいられません」
考え深げなオリアーナ皇女の言葉に、ボクは首を捻った。
「なんで?」
正直、あの国はほとんど鎖国体制をとっているので、他国に出回る情報が極端に少ない。なので判断材料がないんだよね。ここでどんな小さな手がかりでもあれば欲しいところだね。
「わたしは成人の儀を行うにあたり、一度彼の国の大教皇とお会いすることがありましたが」
ここで彼女にしては珍しく、明確に顔をしかめた。
「15歳の男子という年齢であればもう少し分別もあろうかと思われますが、あれほど阿呆――いえ、傍若無人で残念な頭の方が、陰謀や暗殺など立案・計画に直接関わることはありえないと断言できます」
よほどその大教皇との会談が不愉快だったのか、滔々と愚痴をこぼし始めた。
なんでも会った時の第一声が、
「類い稀な美姫と聞いていたのに、なんだ…大したことはないな!」
だったそうで。そりゃ、どんな女性でも怒るよ。
その後も聞きたくもないのに、理想の女性像を延々と語られたそうで(てか、それホントに聖職者の最高位なの?!)。
豊かな髪はあふれこぼれ光を放つ黒髪で。
瞳は宝石のような紫か紅色。
肌は一片の穢れもない新雪の白。
唇はミルクに浮かんだ薔薇の花びら。
手足は早春の若木のようにほっそりしなやか。
涼やかな声は、風にそよぐ銀鈴のよう。
そんなお伽噺みたいな女がいるか! と一喝したくなるのを堪えるのに苦労したそうだ。
「大変だったねぇ」
しみじみ同情したんだけど、ふと気が付くと、なぜか室内の全員の視線がこちらに向いていた。
「……なんかあたし、その条件にピッタリ合う方を知ってる気がするんですけど」
「……奇遇だな。オレもその理想がドレス着て歩いてるのを見てる気がする」
「……お伽噺にしかいないと思ってましたのに。本当に、世の中って広いのですね」
・・・・・・。
なぜか背中に嫌な汗が流れてきた。
「あの、姫陛下。万一、聖王国の大教皇とお会いすることがあれば、充分に気をつけられた方がよろしいかと」
本気で心配しているらしいオリアーナ皇女だけど……。
「……ま、まさかそんなことないでしょう。私は魔物の国の国主ですよ。聖教の大教皇が秋波かけるわけが」
「アレはとんでもないウツケですから」
盛大に眉をしかめて皇女は首を横に振った。
うわーっ……なんか係わり合いにならない方が良い気がしてきたよ、聖王国。
いっそ、天涯、斑鳩、出雲の円卓最強TOP3で国土ごと吹き飛ばしちゃおうかな――とか、真剣に思案する。
「まあ、仮定の話をしてもしかたありませんので、現在のお話をいたしましょう」
妙な雰囲気になった室内の空気を払拭させるためか、オリアーナ皇女が話を変え、ついでにお茶のおかわりを指示した。
「転移魔法装置が無事だったのは朗報ですわ。実はレヴァン様には先にお話してありましたが、今後の相互貿易協定について、こちらから提案したいことがございます」
そう前置きをして、彼女は新しく淹れ直されたお茶で口を湿らせ、その腹案と現在のグラウィオール帝国の現状を話し始めたのだった。
◆◇◆◇
『罪人の塔』中階にある、こちらはいかにも牢獄と言う風な殺風景な部屋の中で、手足を拘束されていた男がゆっくりと目を開いた。
「……あたたっ。お嬢さんも手加減せんなぁ、まったく」
それから周囲の様子と自分の状態を確認してため息をついた。
「まあ、どうにか目的は果たせたけど、この状態はなんとかせんとなぁ。――『フィンガー・クロウ』」
スキルを唱えて枷を外そうとするも、本来であれば五指の先に現れるはずの魔力の爪が現れない。
「やっぱ無理か。『魔法無効化施設』まだ残っているとはなぁ。だけど、まあ、ゲームと違って抜け道はあるってとこで。――出て来いや、鉄鼠」
男の呼びかけに応えて、その胸から鋼鉄色をしたハリネズミのようなモンスターが現れた。
「こいつのHPは15しかないからなぁ。お嬢さんも自分のHPの端数までは覚えておらんかったろうし、気付かんようやったな」
呟きつつ、そのモンスター――従魔『鉄鼠』の前に鉄で出来た手枷、足枷を差し出す。
「ほれ、食え。大好物やろ」
言われて躊躇なく、枷に噛り付く鉄鼠。
コリコリコリコリと、栗鼠が木を削るような小さな音が、狭い牢獄に響いた。
王族の私室については資料をあたってみると、けっこう狭いみたいですね。
寝室のほうがよほど大きいみたいな(まあ国や時代によって違いますけど)、なので緋雪の感覚が異常だったりしますw