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吸血姫は薔薇色の夢をみる  作者: 佐崎 一路
第四章 帝国の混迷
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第十五話 双華絢爛

やっと、緋雪とオリアーナが巡り合います。

なんでこんなに話が進まないんでしょう…?

 この離宮の客室に運び込まれて6日目。


 だいぶ調子も戻ってきたので、ベッドの上で座禅を組んで、呼吸法と体内の気を循環させることで自己治癒力を高める回復術を行ってみた。


 ――毒の影響か、気脈の動きが鈍いな。


 胸の傷の方もオリアーナ皇女付の治癒術師のお陰で見た目はうっすら跡が残る程度で塞がっているが、やはり完治はしていないらしく気に不自然な(こご)りがあった。


 1時間ほど続けて、うっすら汗が出てきたところで、オリアーナ皇女がいつもの侍女を連れてやってきた。


「あらっ。今日はずいぶんと顔色も良いようですこと」


「ええ、お陰さまで立って歩けるくらいは回復したと思います」

 そう答えた後で、彼女の表情に複雑……と言うか、オレに言いたいことがあるのだが、言いあぐねる風な、珍しい躊躇いの色が伺えた。

「……どうかしました?」


 先手を打って訊いてみると、一瞬目を伏せ、本当にかすかなため息とともに躊躇いを振り切って、いつもの表情で顔を上げた。

「そうですね。あなたにとって良い話と、微妙な話と、非常に悪い話があります。どれから聞きたいですか?」


 悪い話は最後に聞きたいな。

「――じゃあ微妙な話からお願いします」

 取りあえずどうでもいい話から聞いてみることにした。


 そう言うと、オリアーナ皇女はなぜか愉しげな笑みを浮かべた。

「これはゴシップ談のような話ですが、昨日の夕方近く、都大路にある大門で騒ぎがあったそうです。なんでも中年男性が無残な姿で吊り下げられ、晒し者になっていたとか」


「猟奇殺人って奴ですか?」

 それがなんでオレと関係あるんだろうな。


「殺されてはおりません。本人には目立った外傷はなく、白目を剥いて気絶している状態だったそうですが……なんというか、全裸にされて男性の尊厳を踏み躙るような、それはそれはひどい有様だったとか。――詳細をお話したほうがよろしいですか?」


「……いや、なんか聞かないほうが良い気がするので結構です。ところで、それがオレとなんの関係が?」


「直接は関係はありませんわ。ただ、その被害者のお腹の上に大きく『ウォーレンさいしょう』と書かれていたとか、『さいしょう』の部分から矢印が下腹部に向かっていたとか。問題の男性が救助された翌日――つまり今朝から、ウォーレンが病気療養を理由に公務からしばらく離れると、議会等に通知があったとか」

 正解を知っているけどはぐらかす口調で、オリアーナが続けた。


「あの、まさか本人が……?」


「さあ? 宰相側は事実無根を訴えていますが、噂によれば同じ日に宰相が執務を取る離宮が何者かに襲撃されたそうで、宰相派も火消しに大わらわのようですが、人の口には戸は立てられません。まして権力者の醜聞は事実かどうかは別にして、大衆の間に面白おかしく尾鰭がついて伝播するものですわ」

 にやりと不敵な笑いを浮かべるオリアーナ。


 このお姫様、絶対この機会を逃さず宰相の権威を失墜させる流言飛語を流したな。そう確信するレヴァンであった。


「お陰でこちらとしても時間と、思いがけずに宰相派を切り崩す大鉈を振ることができますわ。切っ掛けを与えてくださったどなたか。誰の仕業かはわかりませんが、いちおう礼を言うべきでしょうね」

 その『どなたか』に礼を言うのになんで、オレの目を見て愉しげに笑うんだろう?


「はあ……? で、あと良い話ってなんですか?」


「あなたの待ち人が現れたようですわ。なんでも、その事件現場の近くで、あなたが着ている衣装と良く似た衣装をまとった獣人族の少女と、人目を集めてやまない薔薇のドレスを着た大変な美貌の少女が目撃されたとか」


 それを聞いた途端、先の宰相の襲撃に関連する犯人が瞬時にわかり、オレは反射的にベッドの上で土下座していた。

「す、すいません! うちの義妹(いもうと)と陛下がとんでもないことを!」


「さあ。なんのことかしら。……ともかく、その方々となんとか接触を図ろうとしていますが、恥ずかしながら昨夜からぴたりと足取りが追えない状態で、いまだ進展はありません」

 若干悔しげに語るオリアーナの視線が、レヴァンの枕元の『ちびちび緋雪ちゃん』人形に向けられた。


「いや、大丈夫です。あの二人なら近いうちにここに来ると思いますから。……ええ、絶対に」

 オレは絶対の確信を持って断言した。あの二人なら世界最大国家の宮殿だろうがなんだろうが、絶対関係なくやってくる。……なんかもう、そこまで来ている足音が聞こえる幻聴までする。


「――?」


「それはそれとして、『非常に悪い話』ってのはなんですか?」


 その言葉に、オリアーナの表情が目に見えて暗くなった。

「あくまで未確認情報ですが、クレス自由同盟国のウィリデ近郊に設置されていた転移装置が、何者かの襲撃を受け破壊されたそうです」


「な――っ!?」


「現在情報を収集中ですが、これが本当だとするとわたしどもの計画は大きな修正を必要とするでしょう」

 柳眉を寄せながらも、彼女は身を乗り出すようにして、オレの顔を覗き込んだ。

「ですが、例え転移装置が破壊されたのが事実だとしても……改めて考え直せばおのずと事実は見えてきます。あなたへの襲撃と装置の破壊、一見して宰相の独断と思えるこれらですが、あまりにも手際が良すぎます。そもそも次期獣王に深手を負わせ、真紅帝国インペリアル・クリムゾンの守りを突破できるような駒が宰相の手元にあるのでしょうか? 聖王国? たとえ彼の国の聖堂騎士であっても難しいでしょう。わたしはここに外部からの干渉の意思を感じます。事は2国間の問題ではないのではないでしょうか? その上で改めてわたしはクレスとの相互防衛協定は必要と考えております」


 それから転移装置が破壊されたというショックで呆然となったオレに向け、その白い右手を差し出した。


「レヴァン様、手を貸してください。これもまた人の上に立つものの使命。乗りかかった船です、後戻りはできません。共に手を携えて、よりよい世界を築こうではありませんか」


 その小さくて華奢な手に、思わず手を伸ばしかけたところで、不意にベットの下にいたシンが、部屋の扉に一言咆えかけた。


 その瞬間、廊下側から両開きの扉が勢い良く開けられ、

「いた! やっぱり女を連れ込んでたわね、レヴァン義兄(にい)様!」

 やたら聞き覚えのある叫び声とともに、先ほど話題に出たばかりの義妹(いもうと)が部屋に飛び込んできた。


「心配しましたっ。ご無事でなによりです!」

 さり気なくオリアーナとの間に割り込んで、抱きついてくる。


「――な、なんでお前がここにいるんだ?!」

 冗談で想像してはみたものの、まさかいきなりこの場に現れるとは思わなかった当人の登場に、正直、度肝を抜かされた。


「レヴァン義兄(にい)様が心配で飛んで来たに決まってます!」


「会話になってないぞ。をい」


 その時、開け放しの扉を遠慮がちにノックして、こちらも見慣れた薔薇のお姫様が入ってきた。

「……なんか勝手にお邪魔してすまないね。止める間もなく、気が付いたら弾丸みたいに私たちを置いて、走り出してたもので」


 続いて、

「一発で探し当てるなんて、どーいう嗅覚しとるんですか、あの娘さん」

 忘れたくても忘れられない、あの夜の暗殺者が当然のような顔で、姫陛下の後に続いて入ってきた。


「!?!」

 信じられない取り合わせに、ベッドから飛び降りようとしたが、「無理はだめですよ、義兄(にい)様」とアスミナに力づくで押さえつけられた。


 普段であればこの程度、なんてことなく振りほどけるのだが、体力が回復していない今では、その手を外すこともできなかった。


「ん? なんか本調子じゃないみたいだねぇ」


「ああ、自分の毒がまだ効いてるんと違いますか。それでもここまで回復してるのは大したもんですけど」


「ああ、なるほどね」

 暗殺者の男の言葉に納得した顔で、こちらに手を向けた姫陛下の手から様々な魔法の光が放たれた。

「『超治癒(ディバインヒール)』、『毒回復(キュア・ポイズン)』、『身体強化(ホーリー・ブレス)』」


 たちまち体の芯に残っていた痺れも払拭され、体力も万全の状態へと戻った。


 ほっと息をついたオレは、アスミナに身振りで「大丈夫だ」と伝えると、素早くベッドを降りて姫陛下の前に跪いた。

「陛下御自らの治療、まことに恐悦至極にございます。報告すべき事柄は様々ございますが、まずはその前に、後ろの男がなぜこの場にいるのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 ちらりと背後を振り返り、微妙な表情になる陛下。

「ああ、影郎さんは知り合いでね。今回、この宮殿へ忍び込むのにあたり、自分から売り込んできたから雇ったんだよ」


「そういうことですわ坊ちゃん。あれも仕事、これも仕事ですので、悪気はなかったんで、悪く思わんでや」


 悪びれる様子もなく、ぬけぬけと言い放つ男に明確な殺意が沸くが、なんとか押さえ込むことに成功した。


「ですが、その男は宰相の手先となって、オレの仲間を殺した仇。ここで見逃すことなど……」


 オレの心からの叫びに、姫陛下は小さな顎の下に右手の拳を当てて、「ふむ」と一声唸って、背後の男を振り返った。

「影郎さん」


「なんでっか?」


 刹那、彼女の拳が電光のように男の鳩尾に叩き込まれた。

 なんらかの技――スキルといったか――が使われたのだろう、大きく痙攣した男の体が麻痺したように崩れ落ちた。


「ここまでくれば君は用済みだからね。油断しているうちに始末させてもらうよ」


「……お…嬢さん……それ、悪人の台詞や…正義じゃないで……」


 意識が無くなる寸前の男の呻きに、姫陛下は軽く肩をすくめた。

「正義の味方だったことは一度も無いねぇ」

 それから、再度オレのほうを向いた。

「で、どうする。()る?」


 床に転がる男を指されたが、さすがに意識のない無抵抗の相手を殺すのには躊躇いがある。

「………」


 悩んでいたところへ、横合いからオリアーナ皇女の声がかかった。


「お待ちください」


「ひ…姫様、危険です! お戻りくださいっ」


 侍女が止めるのも無視して、つかつかとこちらに歩いてくると、優美な仕草で白いドレスのスカートをつまんで(カーテシー)をした。

真紅帝国インペリアル・クリムゾンのヒユキ陛下でいらっしゃいますね。わたしはグラウィオール帝国皇女オリアーナ・アイネアス・ミルン・グラウィオールと申します。以後お見知りおきを」


 若干、毒気を抜かれた表情で、姫陛下も同じく黒のスカートをつまんで優雅に返礼をした。

真紅帝国インペリアル・クリムゾン国主の緋雪です。本日は尋ね人を探して、勝手にお邪魔させていただきました」




 ◆◇◆◇




 薔薇の姫君と鈴蘭の姫君との歴史的な邂逅の瞬間である。



「レヴァン義兄(にい)様、あの方とずいぶん親しげな距離に居ましたけど、浮気してないですよねぇ……?!」

「浮気も何も、お前とは乳兄妹なだけなんだが……」

「なんですか、それが心配して来たあたしへの言葉ですか!?」

「感謝はしてる。だけど、時と場所を考えろ!」


 ちなみにその背後でレヴァンとアスミナが痴話喧嘩を行い、オリアーナの足元には仔ライオンのシンがまとわりつき、緋雪は緋雪で影郎が息を吹き返して逃げないよう、片脚で背中を踏ん付けた体勢であった。



 偶然に巡り合った麗しき花同士として、後世の歴史家が様々に脚色して飾り立てた場面であるが――実体はこんなもんであった。

9/24 誤字訂正いたしました。

×切欠→切っ掛け

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